楯縫神社 (養父市)

兵庫県の 楯縫神社(養父市) を掲載しました。合計2085社。

兵庫県養父市にある。
八鹿駅の南15Kmほどの建屋に鎮座。
駅から円山川に沿って9号線を南下、
大屋川に沿って進み、6号線へ。
さらに建屋川に沿って70号線(養父朝来線)を南下。
建屋の集落あたりで、建屋川の支流・宮川に沿って
東へ1Kmほど遡る。
(文字で説明すると、こんな感じでわかりにくい)

宮川にかかる神橋を渡ると鳥居が建っており
鳥居をくぐり階段を上ると割拝殿のような籠堂。
籠堂のくぐると明るい境内がある。

境内の奥、階段上の社殿。
入母屋造の拝殿の後方に流造の本殿がある。
本殿の屋根には破風が付けられているが
破風の上にも男木があるのは珍しいかも。

『式内社調査報告』によると
境内東北から1.5Kmほど登った所に奥宮があるらしいが
道が無いので、今は行くことが出来ないらしい。

参拝はゴールデンウィークの晴天の午後。
桜も少し残っており、
深い新緑の木々の中には
赤い葉の木や黄色い葉の木も見られ、華やかな雰囲気。
天気が良くて明るい日だったので
そう感じたのかもしれない。

当社に参拝するなら、
桜が満開の頃か、紅葉の頃が良かったかも。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 11:09 午後

御崎神社 (甲府市)

山梨県の御崎神社(甲府市)を掲載しました。合計2084社。

山梨県甲府市にある。
甲府駅の北1Kmほどの美咲に鎮座。
甲府病院の南にあり、東隣には福寿禅院というお寺。

境内入口は南側。
入口を入ると、左手に「甲斐国 御崎神社」と刻まれた社号標。
社号標の側面には、当社の由来も刻まれている。

参道を進むと鳥居が建っており
さらに進むと立派な神門(楼門)がある。

神門をくぐると境内だが、
境内奥にある拝殿も破風付きで立派な構えだ。
拝殿の後方に朱の垣があり、
垣の中に流造・朱の本殿。

参拝は休日の朝。
境内の左手(西側)に「石玉垣奉納」の記念碑が立っている。
その東向きの記念碑に、昇ったばかりの朝日が輝いていた。

街中にある綺麗に維持管理されている神社で、
僕の参拝中にも、朝の参拝に訪れる近所の方々がいた。

中には犬の散歩コースにしていると思われる人もいたが…

『式内社調査報告』によると
式内社・宇波刀神社の論社として
「塚原村御崎明神」の名が記されている。

塚原村とは、今の甲府市塚原町のことらしいが
現在、塚原町に御崎と名の付く神社は見当らない。

当地は塚原町の南1Kmほどだが、
『平成祭データ』で確認すると甲府市内で唯一の御崎神社であり
当社が「塚原村御崎明神」なのかもしれない。

(でも、当社は「塚原村御崎明神」ではないのかもしれない。)



A. 掲…掲載 — gensyoushi 8:45 午後

伊伎佐神社 (余部)

兵庫県の 伊伎佐神社(余部) を掲載しました。合計2083社。

兵庫県香美町香住区にある。
山陰本線・餘部駅の北300mほどの余部に鎮座。
余部漁港の近くにあり、
178号線から御崎方面へ分岐して
西川を越えてすぐ。

というより、有名な余部鉄橋の近くにあり、
境内からも鉄橋を見ることが出来る。

実は当社に参拝するまで、
ここに余部鉄橋があるとは知らなかった。
当社を目指して178号線を走っている時、
多くの車が路肩に停車し、
多くの観光客がカメラを構えていたので
何があるのだろうかと、見上げると赤い鉄橋があったのだ。

ちょっとした渋滞になっており
邪魔だなぁと思いながら、当社へ参拝。

道に面して、東向きに白い鳥居が建ち、
西川に沿って参道を歩くと、
階段の上に社殿がある、簡素な境内。

社殿は拝殿の後方に本殿の覆屋が連結された形で
屋根が二重になっているように見える。

当社に参拝後、新温泉町方面をウロウロとし、
宿泊していた豊岡に戻る途中、
鉄橋にはあまり興味はなかったが、
せっかく来たので僕も車を停めて撮影。
結局、自分も邪魔な観光客の一人だった。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 12:02 午後

鹿島御児神社 (石巻市)

本日は二社掲載。
明日の掲載予定だったが、天気の悪い暗めの写真が続いたので
明日は天気の良い明るい写真の神社を掲載しようと、予定を変更した。

宮城県にある 鹿島御児神社(石巻市) を掲載しました。合計2082社。

宮城県石巻市にある。
石巻駅の南1Kmほど、
旧北上川の河口部近くにある日和山公園の上に鎮座。

境内までは車道が通じており、
入口前は広い駐車場になっている。
駐車場の南側、石巻港を見下ろす場所に鳥居が建っている。

鳥居から下を見下ろすと、階段参道が続いているので
南麓に、当社参道入口があるのだろうが、
参拝当日は小雨が降っており、下まで降りて確認していない。

社務所と車祓所の間を抜け、
境内入口の鳥居をくぐると広い境内。
正面に朱の社殿が建っている。
入母屋造の本殿は、拝殿の後方、垣の中にある。

小雨の朝だが、鳥居周辺には
朝の散歩をしている方がいたし、
体操をしている方もいた。

当社の社号は、資料には「鹿島御児神社」と記載され
地図にも、その名があるのだが、
拝殿の扁額には「鹿嶋御子神社」と書かれていた。

通称は鹿島大明神。俗称は日和山神社。
元は鹿島台にあったらしく、
葛西家(伊豆守清宗)が日和山に築城の際、
現在地に遷座したという。

伝承によると、往古、
関東の鹿島・香取の両神宮祖神の御裔神が
海路奥州へ下向して東夷征伐し、開拓を経営した。
その際、石巻の沿岸に停泊し、
錨を操作した際、石を巻上げたことから、
石巻という地名となったという。

つまり、当社祭神は、石巻開拓の祖であるという。

三代実録には、
鹿島大神の裔神八社が陸奥国にあると書かれているが、
当社は、その一つ。
式内社・鹿嶋御兒神社に比定されている古社である。

陸奥国式内社の中で、鹿嶋・香取と関連する社名は以下の通り。
黒川郡・鹿嶋天足別神社
曰理郡・鹿嶋伊都乃比氣神社
曰理郡・鹿嶋緒名太神社
曰理郡・鹿嶋天足和氣神社
牡鹿郡・香取伊豆乃御子神社
牡鹿郡・鹿嶋御兒神社(当社)
行方郡・鹿嶋御子神社
栗原郡・香取御兒神社

また、鹿嶋神社という式内社も、
信夫郡、磐城郡にそれぞれ記されている。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 10:29 午後

大生部兵主神社 (奥野)

兵庫県の 大生部兵主神社(奥野) を掲載しました。合計2081社。

兵庫県豊岡市にある。
山陰本線・豊岡駅の東6Kmほどの奥野に鎮座。
703号線(永留豊岡線)と160号線が合流する地点から
穴見川を越えて南へ渡った場所に境内がある。

コンクリートの橋を渡ると鳥居があり、
参道を入ると、もう一つの鳥居。
さらに参道を奥へ進むと、広い境内がある。
境内の西側に舞殿があり、
舞殿に向かい合う形で社殿がある。
拝殿は瓦葺・入母屋造、後方の本殿は瓦葺・流造。

砂地の境内の周囲は木々に囲まれ、
車道からは、こんな境内があるとは想像も出来ないだろう。
広く静かで、ゆっくりと穏やかな時間が流れているような
そんな感じ。

参拝は五月のゴールデンウィーク。
入口の鳥居脇には桜の樹があるのだが、
桜も終わりに近づいているのだろう、
わずかに残った桜花と緑の葉が良い塩梅。
参道には桜の花びらが散っていた。

創祀年代は不詳。
一説に、弘仁元年(810)、当地に兵庫を建て
在庫の里と呼ばれて兵主の神を祀り、
兵主神社と称したという。

後に、有庫兵主大明神とも称し、
奥野と穴見市場の二村の産土神であったが、
中古、二村が分離したため、
市場にもう一つの有庫神社を祀るようになった。

ということで、これが市場の有庫神社。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 7:25 午後

穴見郷戸主大生部兵主神社

兵庫県の 穴見郷戸主大生部兵主神社 を掲載しました。合計2080社。

兵庫県豊岡市にある。
豊岡駅の東5Kmほどの三宅に鎮座。
円山川の支流、穴見川の近く、
703号線(永留豊岡線)に面して、
南東向きに参道入口があり
入口の右手に「穴見郷戸主 式内 大生部兵主神社」と刻まれた
社号標が立っており、
左手に石の灯籠がある。

草の参道を少し歩くと鳥居がある。
鳥居の貫の部分が不安定なのか、
木材で補強されている。
こういう形で補強されているのは珍しい。

鳥居をくぐると、青い屋根の神門、というか割拝殿のような建物。
その建物をくぐると、狭く草の繁った石段の参道。
参道を登ると、木立の中にひっそりとした境内がある。

境内の奥、一段高い場所に社殿。
本殿は、この社殿の中にある。

創祀年代は不詳。
というか、当社に関する資料は未入手で、
御祭神すらわからなかった。

『兵庫県神社誌』には、当社の記載はなく
『平成祭データ』には、社名しか記されていなかった。

『式内社調査報告』によると、
当社を式内社・大生部兵主神社とする説があるらしい。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 9:44 午後