石門別神社 (岡山市大供表)

岡山県の石門別神社(岡山市大供表)を掲載しました。合計2066社。

岡山県岡山市にある。
JR宇野線・大元駅の北東1Kmほど、
岡山駅の南2Kmほどの大供表町に鎮座。
173号線から一本北へ入った道に面して境内入口がある。

入口を入ると鳥居の左手に塞神社(あしおうさん)があり、
参道に沿って幾つかの石碑が立っている。
中央の石碑には、五瓜紋に「日月奉星風」と刻まれている。

参道を進むと神門があり
神門をくぐると左手に社殿がある。
社殿は、拝殿・幣殿・本殿と並んでおり
本殿は入母屋造。

参拝は正月二日。
拝殿には大きな絵馬が飾られていた。
当社に到着した時には、数組の初詣客がいたので、
撮影をせずに、ブラブラと境内を散策。
参拝客が途切れた頃に撮影した。

創祀年代は不詳。

備前国神名帳に「従二位 天津石門別大明神 坐三野郡」とある古社。
ただし、三野郡(御野郡)には、石門別神社と称する式内社が二社あるので、
当社のことかどうかは不明。

古くは、伊福郷の大安寺山(矢坂山)に祀られていたのを
延喜六年(906)正月に現在地へ遷座したという。
一説には、もとは三門村にあったとも。
また、伊福村高御殿という場所に鎮座していたとも。
さらに、御神体は矢坂の宗社大明神拝殿に移したとも。
とにかく、イロイロな説があるらしい。

江戸時代初期には「春日宮」、その後「戸隠宮」と呼ばれており、
通称は、「とかくしさん」というらしい。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 11:15 午後

與須奈神社 (福井市)

福井県の 與須奈神社(福井市) を掲載しました。合計2065社。

福井県福井市にある。
福井駅の西5Kmほどの下市町に鎮座。
日野川に沿って走る115号線の側。
道路から少し入ったところに在る丘の上が境内。
道路の側に、『村社 式内 與須奈神社』と
刻まれた社号標があるので、それが目印。

参道の階段を上ると祠のような建物があり
階段を左折すると鳥居。
鳥居の扁額には「寄須奈神社」と刻まれている。

鳥居の奥が境内だが、下から見たときに想像したよりも広い。

境内奥に拝殿があり、拝殿の後方に本殿がある。

参拝中には気付かなかったが、
拝殿の前に築山があるらしい。
これは古墳であるといわれ、
昔、土地の人間が一部を掘ると灰のようなものが出てきた。
が、その人間が死んでしまい、
その後、これを掘るものは居ないという。
ちょっと怖い。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 10:51 午後

零羊崎神社 (牧山)

宮城県にある 零羊崎神社(牧山) を掲載しました。合計2064社。

宮城県石巻市にある。
石巻駅の東3Kmほどの牧山(250m)の上に鎮座。
旧北上川を渡り、398号線を1Kmほど走って左折。
山頂を目指して緩やかな坂道を登っていく。

地図には「牧山市民の森」とあるので
牧山は公園のように保護されているのかもしれない。
山頂付近に駐車場があるが、さらに進むと参道入口の鳥居。
正確には牧山の麓から参道が続いているのだが。
鳥居を行き過ぎてさらに上って、
参道を横切り進むと境内に到着する。

参拝は夏休みの雨の午後。
湿気の多い境内はひっそりとした佇まいだ。
ちょっと気温が低く、エアコンの効いた車内からでると
カメラのレンズが曇る。
少し曇ったレンズで撮影すると、
雨の中の雰囲気出るような、ちょっと幻想的になるような。
面白いので、そのまま、急いで撮影。

境内の右手に社務所があり、正面奥に社殿。
堂々とした拝殿で朱塗りの痕跡がみられる。
新築時は、鮮やかな朱の社殿だったのだろう。

拝殿の後方、垣の中に流造の本殿があり
垣の側面にも門が付けられている。

以前は白山神社とも称した神社。

式内社・零羊埼神社に比定されており
貞観元年従四位下に叙せられた古社。

応神天皇二年、神功皇后三韓征討の時
当社大神の御神託により出征を決意・
大神の御守護により無血にして征討がかない、
勅によって各地に御鎮祀あらせられた神社の一つ。
「涸満瓊別神」という名を賜り
東奥鎮護のため、龍巻山に鎮座したという。

その後、涸満瓊別(ひみつにさけ)が
零羊崎(ひつじさき)という文字になり
龍巻山の龍が除かれて牧山となったという。

仏教と習合し、坂上田村麻呂の奥州三観音の一つ
牧山観音を勧請。
鷲峰山長禅寺という山号も持っていた。

『真野風土記』によると
真野の鎮守宮(真野鎮座の零羊崎神社)では
寛永十二年六月二十三日から二十七日の洪水により
真野の地の人家も激減したため神事を続けることができず退転。
槇木山(牧山)の観音堂(当社)へ神輿を移したとある。

読みようによっては、
寛永年間に零羊崎神社を真野から遷座とも取れ、
真野の零羊崎神社を、当社の古地とする説もあるが、
素直に読めば、真野の鎮守宮を当社に合祀したとなる。
社伝の龍巻山の呼称からも、
元から牧山にあったものと思うが、
参考のために記しておく。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 2:03 午後

三嶋神社 (河津町川津筏場)

ついでにもう一つ三嶋神社。

静岡県の三嶋神社(河津町川津筏場) を掲載しました。合計2063社。

静岡県の河津町にある。
伊豆急行・河津駅の北西5Kmほどの川津筏場に鎮座。
河津川に沿って14号線を進み、
三養院あたりで佐野川に沿って2Kmほど北上。
地図によると河津浜病院の手前辺り。
佐野川方向へ向う小路に入ると、当社参道がある。

参拝は、正月二日の朝。
日出前に沼津のホテルを出発して
天城トンネルを抜けて下田へ向う途中。
そろそろ日が出てきたかどうかという時刻なので
木々の参道は暗いが、
佐野川側に在る参道の先の鳥居は神秘的な雰囲気。

鳥居をくぐると細い参道が続き
右手に佐野川を見下ろす小路。
ちょっとした憩いの広場のような施設になっているようだが。

参道の突き当たりに境内。
奥に社殿があり、社殿の左手に大きな岩。
社殿の中にコンパクトな本殿がある。

当社に関する資料は未入手で、
創祀年代や由緒に関してはわからない。

『式内社調査報告』によると
『特選神名蝶』に式内社・布佐乎宜神社の論社として
記載されているらしい。

布佐乎宜神社であれば、
『伊豆国神階帳』に「従四位上 おさめいわかはのみこ」とある古社だ。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 8:29 午後

三嶋神社 (河津町逆川)

昨日に続いて三島(三嶋)神社。

静岡県の三嶋神社(河津町逆川) を掲載しました。合計2062社。

静岡県の河津町にある。
伊豆急行・河津駅の西6Kmほどの逆川に鎮座。
稲梓川(稲生沢川)に沿って走る414号線
(天城街道・下田街道)のそば。
下田市との境に近い場所に、北向きの境内。

境内は丘の斜面にあり、鬱蒼と茂る木に覆われている。
階段を上ると木の鳥居。
その奥に、どっしりとした拝殿があり、
拝殿の後方に、丘を登る真っ直ぐな階段。
その階段の上に本殿がある。

苔生した階段を100段ほど上ると、本殿。
本殿そのものは流造のようだが
覆屋根が設置されて、大きな構えだ。

参拝は、正月二日の朝。
日出前に沼津のホテルを出発して
天城トンネルを抜けて下田へ向う途中の参拝。

創祀年代は不詳。

往古は稲生沢郷近隣の惣鎮守と称した大社で、
式内社・布佐乎宜神社の論社。
『伊豆国神階帳』に
「従四位上 おさめいわかはのみこ」とある古社だ。
鎮座地の逆川は、「おさめいわかは」から
転訛したものとする説も。
また、集落内に「布佐屋敷」という地名が残っている。

祭神・布佐乎宜命は三島大神の御子神と考えられており
「ふさをぎ」と読む。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 9:57 午前

三島神社 (南伊豆町入間)

静岡県の三島神社(南伊豆町入間) を掲載しました。合計2061社。

静岡県の南伊豆町にある。
136号線から石廊崎へ向う途中、
16号線から南下した入間漁港近くに鎮座。
集落の西側の小高い場所に境内がある。

ただし、社名を確認できるものが見当らなかったので
当社が三島神社かどうかは不安。
一応、付近の方に聞いてはみたが自信はない。

階段を上ると白い鳥居が建ち、
さらに階段を上ると境内。
正面に社殿があり、社殿の中に赤い本殿が鎮座している。
伊豆には、この形式の社殿が多いようだ。

当社に関する資料は未入手で、
創祀年代や由緒に関してはわからない。

『式内社調査報告』によると
『特選神名蝶』に式内社・穂都佐氣命神社の論社として
記載されているらしい。

穂都佐氣命神社であれば、
『伊豆国神階帳』に「正五位下 をつさわけの明神」とある古社だ。

境内の右手に赤い境内社があるが、詳細は不明。
境内の中央部、壁面に幾つかの穴が穿かれ
何かを祀っている気配。
この穴は自然石に空けたものだろうか
それとも自然石の穴をコンクリートで補修したものだろうか
ちょっと怪しい雰囲気を感じたので、
じっくりと見ていない。

伊豆旅行の最終日、日出前に下田を出発し
長野を目指す途中に参拝した神社。
時刻は、そろそろ町が動き出す頃。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 8:16 午後