若一王子神社 (大町市)

長野県にある、若一王子神社(大町市) を掲載しました。

長野県大町市にある。
大糸線・北大町駅の西500mほどの大町に鎮座。

地図を見ると31号線側(東側)からの参道が表参道のようで
東側に参道入口の鳥居がありそうな雰囲気だが
僕は147号線側(西側)から境内に入ったので東側は未確認。

境内は南向き。朱の両部鳥居の左手に手水舎があり、
鳥居扁額には「若一王子神社」。

鳥居をくぐると、正面に社殿、
境内右手には社務社などが並び、その前に大きな三重塔。
宝永八年(1711)、木食山居上人の勧進によって建立され、 県宝に指定されている。

拝殿の右手には、宝永三年(1706)、建立の観音堂。
仁科三十三番札所巡りの第一番札所になっている。

拝殿後方、垣の中にある本殿は、
戦国末期の弘仁二年(1556)仁科盛康によって造営され、
一間社・隅木入春日造で、国の重要文化財。
正面の破風に、ひょうきんな顔の赤い鬼面が付けられている。

参拝は十月の午後。
天気が良くて日射しの強い日だった。
できれば早朝、日の出前の朝靄立ち込める頃に参拝したかった。

穂高神社、仁科神明宮とともに仁科三大社の一つ。

創祀年代は不詳。社伝によると、
垂仁天皇の御代、この地の守りであった仁品王が伊弉册尊を祀ったのが当社の創祀。

後、当地を治めた仁科氏によって、祖神・仁品王と后の妹耶姫が合祀され
嘉祥二年(849)に創建されたという。

さらに、鎌倉時代初期、仁科盛遠宿禰が
熊野権現(熊野那智大社)に詣で、第五殿に祀る「若一王子」を勘請し、
若一王子の宮、若一王子権現と称するようになった。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 1:18 午後

熊野神社 (甲府市国母)

山梨県の熊野神社(甲府市国母)を掲載しました。

山梨県甲府市にある。
身延線国母駅の北東1Kmほどの国母に鎮座。
20号線の国母立体から国母通りを東へ300mほど進み、
少し南へ入った場所。社前に上小河原公民館がある。

境内入口は南東向き。
綺麗に刈り込まれた植栽の参道の奥に鳥居が立ち
鳥居の前に「熊野神社」と刻まれた社号標。

鳥居をくぐると、それほど広くない境内だが
清廉に保たれた、町中の鎮守の趣がある。

社殿は、瓦葺の拝殿と後方の垣の中に亜鉛板葺本殿。
ともに入母屋造りだ。

拝殿の右手前に、横向きに境内社の祠があり
中に3つの石祠が並んでいる。
その手前には、旧御神木だった樅の根。

拝殿の左手に、拝殿よりやや小ぶりな社殿があり
何かが祀られているようだ。
参拝している時は、神庫だと思い込んで、ちゃんと撮影していなかったが
鳥居を撮影した写真の一部に、かろうじて写っていたので
トリミングして掲載しておく。

境内で撮影できるものは、とりあえず撮影しておくようにしているのだが
たまに、ボーっと参拝して、撮り逃すことも多くて、
後から悔むことも多いのだ。

社伝によると、
大同年間(806~810)、紀伊からの勧請と伝えられ、
国の母の神と称されたらしく、本宮・新宮・那智の神を祀る古社。
鎮座地・国母の地名の起源なのだろうか。

『式内社調査報告』によると、
当社付近は、式内社・笠屋神社の旧跡と伝えられ
当社には、正応四年の笠屋神社の棟札が残されているとある。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 9:02 午後

織田神社 (美浜町佐田)

福井県の 織田神社(美浜町佐田) を掲載しました。

福井県美浜町にある。
東美浜駅の北2Kmほどの佐田に鎮座。
118号線を北に1.5Kmほど進み、東へ入った場所。

道路に面して大きな鳥居が立っており、
鳥居をくぐって東へ進むと、木々の聳える境内。
20段ほどの階段を上ると鳥居があり、
その鳥居の奥に社殿がある。

社殿は、拝殿のような舞殿のような瓦葺。
その後方、階段上に本殿があり、
本殿の前面に張り出した向拝で参拝。

後方の本殿は、銅板葺きの堂々とした流造。
本殿の屋根には、桐紋と巴紋が付いていた。
社殿全体は南西向き。

参拝は10年前の秋の夕方。
写真では判りにくいが、少し暗くなり始めた頃で
多くの写真が手ぶれしていたが、
静かな境内が良い感じだった。

社伝によると、景行天皇六年の創祀。
当所開闢の神を祀った神社。
織田二十八所大明神と称された古社で、
式内社・織田神社の有力な論社。
『若狭神名帳』には、正五位織田明神社とある。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 6:12 午後

后神社 (三宅島)

三宅島の后神社(三宅島) を掲載しました。

東京から180Km南にある三宅島にある。
当社は三宅島の北西部にあり、
三宅村役場の北5Kmほどの伊ヶ谷に鎮座。

三宅島を一周する212号線から、大船戸湾へ下りる道の途中に境内がある。

境内入口の階段を上ると石鳥居が立ち、鳥居扁額には「后神社」とある。

さらに階段を上ると社殿がある。
社殿は拝殿らしき建物の後方に、一段高く本殿らしき建物。
本殿は、『東京都神社名鑑』には、木造神明造、
『式内社調査報告』には、流造とあるので
この建物の中に、本殿が納められているのだろう。

拝殿の右側に、鳥居のある別の社殿があり
その鳥居の扁額には「長根八幡神社」とあった。

境内は一面の雑草に覆われており、しかも、その背丈は1m以上もあるので、
注意しながら境内に侵入。
南の島の、海に近い斜面にあるためか、植物の生育が速いのだろう。

創祀年代は不詳。
式内社・伊賀牟比賣命神社に比定されている古社。

参拝時には、知らなかったのでよく探していないのだが
本殿の脇に境内社の式内社・片菅命神社の論社の若宮神社があるはず。
本殿覆屋内にあるのか、あるいは、雑草に埋もれて気付かなかったのだろう。

また、式内社・南子神社の論社の祠か石もあるらしいが、これも気付かず。
というか、本殿まで近づく気にならなかった

普段なら境内の隅々まで、「何かあるのでは」と探索するのだが
たまに、気を抜いて参拝し、後で後悔してしまう。

本来なら、すぐに三宅島に再訪して確認するところだけど
プライベートにおいて大きな変化があり、未だに実現していない。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 7:13 午後

伊達神社 (亀岡市余部町)

京都府の 伊達神社(亀岡市余部町) を掲載しました。

京都府亀岡市にある。
亀岡駅の西1Kmほどの余部町加塚に鎮座。
亀岡駅から西へ進み、9号線と372号線の交差点から
少し北へ入った場所。曽我谷川のそばの小さな丘に小さな杜がある。

境内入口は東側、階段の上に石鳥居があり、
小さな社殿が二つ並んだだけの小さな境内。
『式内社調査報告』によると十七坪らしい。

鳥居奥の社殿が、当社・伊達神社のもの。
格子の覆屋の中に、小さな祠がある。

小さな境内なので、参拝もあっという間に終了。
なんだか勿体ないので、川を渡って境内の様子などを撮影。

神社の杜は、遠くからでも「何かある」という雰囲気がある。

創祀年代も由緒も不詳。

式内社・伊達神社の論社。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 8:33 午後

神益麻志神社 (伊豆の国市)

静岡県の神益麻志神社(伊豆の国市) を掲載しました。

静岡県伊豆の国市にある。
伊豆箱根鉄道田京駅の南西2Kmほどの神益に鎮座。
136号線を500mほど南下し、西へ進んで、
狩野川にかかる神島橋を渡り、300mほど南下した場所。

葛城山の東麓、狭い車道に面して東向きの境内がある。

境内全体は石垣の上にあり、階段を上ると鳥居。
鳥居扁額には「神益麻志」とあり、
鳥居の脇に「神益麻志神社」と刻まれた社号標。

鳥居をくぐると正面に社殿。
赤い屋根の拝殿の後方に、本殿を納めた覆屋がある。
境内には幾つかの石碑があり、文字が刻まれていたが
内容をメモしていない。
たぶん、僕には判読できなかったのだろう。

残念ながら、当社の由緒は未確認。

『静岡県神社誌』の「式内社考証集覧」に以下の記載がある。

竹村茂正の『豆州式社考案』に、
式内社・大朝神社に関して、
「神益村駒形神社ナルベシ」とあるらしい。

また、『静岡県神社誌』の「式内社考証集覧」には以下の記載もある。

竹村茂雄の『伊豆國式社考』に、式内社・伊加麻志神社に関して、
「中島村神益村ト同村ナリ コノ里ノ神社カ
又湯ケ島ノ神社カ 益山ノ神社カ」とあるらしい。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 8:38 午前