山名八幡宮 (高崎市)
群馬県の山名八幡宮(高崎市)を掲載しました。
群馬県高崎市にある。
上信電鉄・山名駅の近く、駅の北西2~300mほどの山名町に鎮座。
30号線に参道の入り口があり、大きな両部鳥居と社号標が立っている。
境内入口から西へ進むと、参道脇に「太刀割石」。
慶長五年(1600)、馬庭念流中興の祖・樋口定次が
天真流村上天流と試合と試合をするにあたり当社に参籠し、
満願の日に枇杷(びわ)の木剣で断ち割ったという石。
当社参道を上信電鉄の線路が横切っているので
線路の下をくぐって進むと神門があり、神門の奥が境内。
参道右手に手水舎があり、鮮やかな朱の鳥居が立っている。
鳥居の脇にはいくつかの境内社や神馬像、ムクやケヤキなどの立派な御神木。
鳥居をくぐり階段を上ると当社の社殿。
社殿は、入母屋造の拝殿と流造の本殿が連結した権現造。
本殿は十八世紀の建造だそうで、蜃・象鼻・鳳凰・
龍・獏・唐獅子などの神獣の彫刻が施されており、
平成になって極彩色に塗りあげられたそうで美しい。
社殿に置かれていたチラシには、夜、美しくライトアップされた
当社本殿の写真が載っている。
本殿後方の中門には裏神様を祀られているそうで、獅子頭が置かれている。
資料では、当社の正式名は「八幡宮」とあり、
拝殿扁額にも「八幡宮」とのみ記されているが
境内の由緒書きなどには「山名八幡宮」とある。
佐野山と呼ばれる山名丘陵は古代文化が栄えた地。
山名町には、多胡碑と同時代に造られ
「上野三碑」と呼ばれる山ノ上碑と金井沢碑がある。
が、行ってないので写真は無い。残念。
社伝によると、源氏の一族新田氏の祖・新田義重の子、
新田義範が山名郷を与えられ、山名氏を称して山名氏の祖となり、
安元年中(1175~1177)豊前国宇佐八幡宮を勧請したのが当社の起源。