御田八幡神社 (港区)

東京の御田八幡神社(港区) を掲載しました。

東京都港区にある。
JR田町駅、地下鉄三田駅の東500mほどの三田に鎮座。
15号線(第一京浜)に面して、南東向きに境内入口がある。

歩道から少し入ると鳥居が建っており、
鳥居の右手に「御田八幡神社」と刻まれた社号標が立っている。

鳥居をくぐり参道を進むと、十数段の階段があり、
階段を上ると、社殿のある境内。

正面に入母屋造銅板葺きのどっしりとした拝殿があり、
拝殿の後方に流造の本殿がある。
拝殿の額には「御田八幡宮」となっていた。

社殿の右手に社務所があり、境内の左手に神楽殿や境内社。
二棟を連結したような、朱の美しい社殿は五光稲荷神社と御嶽神社。
本殿の横には、多くの狛狐を持つ石祠(稲荷社)がある。

参拝は、東日本大震災の前日の午後。

社伝によると、和銅二年(709)八月の創祀。
牟佐志国枚岡(白金三田)に東国鎮護の神として鎮座。
古くは薭田神社と称し、式内社・薭田神社に比定される古社。

あるいは、寛弘年中(1004~1012)の創祀、
あるいは、寛仁年中(1017~1021)の創祀という説もある。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 5:14 午前

足次山神社 (井原市)

岡山県の足次山神社(井原市)を掲載しました。

岡山県井原市にある。
井原鉄道・井原駅の北1Kmほどの井原町に鎮座。
昔の資料では、井原町倉掛とある場所。
486号線の小田川にかかる井原大橋の西詰を
少し北に入ると境内入口がある。

境内入口は東向き。
境内は東西に長い形状のようだ。

「足次山神社」と刻まれた扁額のある鳥居をくぐると
大きな狛犬があり、池を通って参道を進む。
境内に入ってすぐの場所、左手に誰かの胸像があった。

参道を進むと、境内の鳥居が建ち、その奥に社殿。
瓦葺入母屋造の拝殿の後方に、同じく瓦葺の本殿。
『全国神社名鑑』には本殿権現造と書かれており
拝殿と本殿が石の間で繋がった「エ」の字形になっているのだろう。

参拝は、年末の十二月三十日の朝。
年越しを控え、そろそろ迎春準備を始める頃。
まだ、角松などは無かったが、静かで穏やかな境内だった。

「足次山」と書いて「アスハヤマ」と読むが、
古来、「アシツキノヤマ」「アシキノヤマ」「アスキヤマ」とも読まれ、
一般には「アシツグサン」と呼ばれているらしい。

創祀年代は不詳。

社伝によると、神武天皇御東征のおり、
吉備国に八年間滞留し、当社を五穀豊穣の神として祀られたという。
また、一説には貞観元年(859)十二月の創建とも。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 6:28 午前

阿毘地神社 (福知山市)

京都府の 阿毘地神社(福知山市) を掲載しました。

京都府福知山市にある。
山陰本線石原駅の東500mほどの興に鎮座。
8号線を進み、小さな踏切を渡ると、
社域の森が目の前にある。

境内入口は東側。
石造の鳥居をくぐると木々に覆われた境内。
外は炎天下の夏の日だったが、
木陰になっている境内は涼しくてホッとする。

参道を進むと正面に東向きの社殿。
右手に社務所、左手に神庫。
社殿は、瓦葺入母屋造の拝殿の後方に、銅板葺流造の本殿。
本殿は石組の上にあり、少し高い位置。
屋根の前方に向拝が付いている。

緑のドームの中の砂利の境内で
気持ちの良い鎮守様という感じ。

社伝によると人皇四十九代光仁光仁天皇の御代
宝亀年間(770~781)の創祀。

式内社・阿比地神社に比定される古社。

「阿毘地」と書いて「あびち」「あびぢ」と呼ばれているが、
『丹波志』には「神名アリヲチ」「天日大明神」。
古来、興地区では「テンニッツァン(天日様)」、
観音寺地区では「アベッツァン」と俗称されてきたという。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 7:14 午前

一瓶塚稲荷神社 (田沼町)

栃木県の一瓶塚稲荷神社(田沼町) を掲載しました。

栃木県佐野市にある。
東武鉄道佐野線・田沼駅の西100mほどの田沼町に鎮座。
115号線に面して、南向き(やや西寄り)に境内入口がある。

T字路の突き当たりに朱の大鳥居が建ち、
鳥居の右手に「一瓶塚稲荷神社」と刻まれた社号標。
参拝はゴールデンウィークの頃で、鳥居の脇に桜が咲いていた。

鳥居をくぐり参道を進むと、銅製らしき鳥居。
その鳥居をくぐり、階段を上ると社殿のある境内。

どっしりとした拝殿は銅板葺入母屋造。
拝殿の中に、金色の狛狐が置かれていた。

拝殿の背後、赤い垣の中の本殿は朱に塗られた流造だが、
本殿の背後に千鳥破風のある変わった形状。
本殿の後ろ、垣の中央に神門があり
門の両脇に狛犬、参道の階段や鳥居もあるので
背後から参拝しても違和感がないのが面白い。

本殿は、延宝三年(1675)、
寛政三年(1791)の火災後に再建され、
現本殿は寛政十年(1798)の再建で佐野市指定文化財。
境内右手にある西宮神社も本殿再建の頃の建物で
佐野市指定文化財らしい。

通称は、田沼稲荷神社

社伝によると、鎮守府将軍藤原秀郷(俵藤太)が、
天慶五年(942)、相州鎌倉松ケ岡稲荷大明神を詣で
関八州管領の地に四社を勧請し関東稲荷社と称した一社。

その四社とは、
武蔵国鴉森、武蔵国王子、上野国新禞院と下野国富士村。

その後、文治二年(1186)五月十五日、
秀郷の裔佐野荘司讃岐守成俊が唐沢城再興の際、
田沼の地に一丘を築き、
下野国富士村の稲荷大明神を勧請したのが当社。
佐野荘百数十郷の総社として崇敬された古社。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 6:54 午後

山邊八代姫命神社 (大代町新屋)

島根県の山邊八代姫命神社(大代町新屋)を掲載しました。

島根県大田市にある。
山陰本線・温泉津駅の南西約16Kmの大代町新屋に鎮座。
9号線を南下して32号線に入りさらに5Kmほど南下。
177号線に入って東へ道なりに6Kmほど進み、
46号線に入ってさらに東へ。
地図を見ると、八代というバス停がある場所。
46号線から少し北へ入った場所に境内。

階段を上ると石鳥居が建っており、
広い境内の奥に、どっしりとした社殿がある。

参拝は2004年の9月。ちょうど7年前になる。

実は参拝時には気付かなかったが、
どうやら、僕が参拝した社殿は拝殿だけらしく、
本殿は、山腹にあるらしい。
いつか再度参拝しよう、その時に掲載しようと思っていたが、
しばらく島根に行く予定がないので、とりあえず掲載しておく。

この拝殿のある社地は、もとは学校だったらしく、
校舎を改築して拝殿として使用しているようだ。

大江高山(808m)の麓にあり、高山大明神とも称された神社。
正式名は「山邊八代姫命神社」だが、通称は「山辺神社」。
境内にも「山辺神社」の名が見られた。

創祀年代は不詳。

社伝によると、
延暦二年(783)、大和国宇多郡山辺笹幡宮
(宇陀郡・篠畑神社、元伊勢の一社)より勧請された古社。

式内社・山邊八代姫命神社の論社の一つ。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 8:36 午後

八幡神社 (丸岡町猪爪)

福井県の 八幡神社(丸岡町猪爪) を掲載しました。

福井県坂井市にある。
北陸本線・丸岡駅の東南5Kmほどの丸岡町猪爪に鎮座。
北陸自動車道丸岡I.C.を降りて西へ300mほどの場所。

境内入口は東側。
なので、午後の参拝では太陽に向かって境内に入る。
よって、写真は逆光ぎみになってしまった。

鳥居の右手に「八幡神社」と刻まれた社号標。
石鳥居をくぐると、参道右手に手水舎。
手水鉢には三つ巴紋が刻まれていた。

参道を進むと正面に社殿。
瓦葺の拝殿の後方に、同じく瓦葺の本殿覆屋がある。

境内はあまり広くなく簡素。
松が数本あり、参道の左右は芝生のような緑。

創祀年代は不詳。

明治九年六月十日、村社に列した。

元は、「長畝村猪爪十七字南雁田十四番地」に鎮座していたが、
明治二十四年、許可を得て移転し、その後、
明治四十一年六月三日、丸岡町石城戸の国神神社に合祀されてしまった。

後年、猪爪の現在地に還御された。
つまり、元の鎮座地近くに戻ってきたらしい。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 4:12 午前