平内神社 (余部)

兵庫県の 平内神社(余部) を掲載しました。

兵庫県香美町香住区にある。
山陰本線・餘部駅の北西へ3Kmほどの御崎集落に鎮座。

壇ノ浦の合戦(1185)で敗れた平家の武将達が
隠岐や対馬へ逃れようとしたがシケのために因幡や但馬へ漂着。

御崎は、平家一門のうち門脇宰相平教盛を大将とし、
伊賀平内左衛門家長、その子光長、矢引六郎右衛門、
小宰相局など7人が流れ着き平家再興を願いながら住み着いた土地。

集落入口に駐車場があり、記念の石碑や墓石が立っている。

その駐車場から少し歩いた場所に境内。
境内の近くには、門脇宰相平教盛等の墓。

境内入口に鳥居が立ち、鳥居脇に大きな木。
境内には、御崎復興の石碑や石祠がある。

社殿は木造の本殿覆屋。中に小ぶりな祠が一つ。

通称は、平内さん(へいないさん)。

正治二年(1200)六月の創祀。
現在の祭神は野椎神だが
社名が示す通り、本来は当地に住みついた平家の武将
平教盛と伊賀平内左衛門家長の御霊荒神を祀る神社。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 2:35 午後

富岡八幡宮 (江東区)

東京の富岡八幡宮(江東区) を掲載しました。

東京都江東区にある。
東西線・門前仲町駅の東300mほどの富岡に鎮座。
西側には深川不動尊。

参道入口は南向き(やや西寄り)。
「富岡八幡宮」と刻まれた社号標と大きな灯籠が立っている。
参道を進むと、伊能忠敬の像。
このあたりに住んでいたそうで、
測量の旅の都度、当宮を参詣し無事を祈念したという。

さらに進むと、参道左手に大きな神輿庫。
参道の右手には、大関力士碑。
境内東奥には、横綱力士碑もある。
貞享元年(1684)当宮で初めての勧請相撲が行われ、
江戸勧進相撲発祥の地なのだそうだ。

参道を進むと、正面に大きな社殿。
二階建てで、「重層型準八幡造形式」というらしい。
後方に前後に並んだ本殿があるのだが、
木々が茂って、よく見えなかった。

参拝は、東日本大震災の前日の朝。
よく晴れた青空の下での参拝。
江戸最大の八幡宮ということで、
参拝客や観光客の多い明るく華やかな雰囲気のお宮だった。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 5:00 午後

佐波々地祇神社 (北茨城市華川町)

茨城県の 佐波々地祇神社(北茨城市華川町) を掲載しました。

茨城県の北茨木市にある。
常磐線・磯原駅の北西6Kmほどの華川町上小津田に鎮座。
北西に進み、常磐自動車道を越えてさらに北西へ。
69号線から10号線に入ってさらに進み、
華川小学校の裏側(北側)の道に入ったところ、
山の麓に、南向き(やや西寄り)の鳥居が立っている。

参道を進み、鳥居をくぐって階段を上ると境内。
ちょうど社殿の側面に出る。
ということで、社殿は東向き(やや南寄り)。
社殿の前方に、狭い山道が続いており、
少し歩いて見たが、山に登って行く感じだったので
先に進まず引き返した。
ひょっとすると、日本武尊が鏡を納めたという
山上の鏡塚へ通じる道だったかもしれない。

拝殿は入母屋造。本殿は流造。
拝殿の扁額には「佐波神社」とあり
本殿の扁額には「佐波大明神」とあるが、
寛政八年四月の棟札には「佐波波地祇神社」とあり
当社の正式名は「佐波々地祇神社」。
佐波神社は通称ということだろうか。

参拝は六月。
深夜、長野県を出発し、朝の四時前に到着。
真っ暗だったし、ガソリンも少なくなっていたので
ガソリンを補給しようと、周囲のGSを探し回ったが
このあたりのGSは夜は開いておらず、
結局、高萩市の国道沿いのGSで給油。
急いで戻ってきたら、完全に明るくなっていた。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 12:14 午前

三嶋田神社 (久美浜町)

京都府の 三嶋田神社(久美浜町) を掲載しました。

京都府京丹後市にある。
北近畿タンゴ鉄道宮津線・久美浜駅の南東7Kmほどの
久美浜町金谷にある。
312号線を南東へ3.5Kmほど進み、706号線を3Kmほど南下。
703号線を東へ300mほど進むと、当社境内がある。

周囲は田畑で、そこだけ鎮守の森。
西側入口の鳥居をくぐると、南向きの社殿がある。

拝殿は瓦葺入母屋造。
屋根瓦にいくつも小さなチャチホコが乗っている。
本殿は拝殿後方の覆屋の中にあり、なかなか立派な構えをしている。

参拝は夏休みの午前。朝日が登り始めた頃で、
境内東隅にある社殿は、ちょうど逆光になってしまうが、
長く延びた日射しが、ちょっと神々しかった。

三嶋大明神とも呼ばれた神社で
式内社・三嶋田神社に比定される古社。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 7:04 午後

賣布神社 (日高町)

兵庫県の 賣布神社(日高町) を掲載しました。

兵庫県豊岡市にある。
山陰本線・江原駅の北西1Kmほどの日高町国分寺に鎮座。
豊岡市役所日高総合支所の真北200mほどの位置に
南向きの境内がある。

境内は一段高く、数段の階段を上る。
階段上には「式内 賣布神社」と刻まれた社号標。

境内奥に瓦葺の社殿があり、
境内右手に境内社(三柱社)の祠が一つ。

創祀年代は不詳。
一説には、朱鳥三年(688)の創祀。

式内社・賣布神社に比定されている古社。
禰布ヶ森明神とも呼ばれた神社で、
もとは但馬国分寺跡のある禰布ヶ森遺跡に鎮座していたという。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 12:41 午後

水守神社 (いわき市)

福島県にある 水守神社(いわき市) を掲載しました。

福島県いわき市にある。
常磐線・いわき駅の東5Kmの平山崎辰ノ口に鎮座。
夏井川の南、6号線常磐バイパスから西へ進むと、
当社社域の丘が目の前に見えてくる。

境内入口は東向き。
丘の麓に鳥居が立ち、鳥居の右に
「愛谷江開削祖 水守神社」と刻まれた社号標。

鳥居をくぐると、多くの顕彰石碑。
鳥居の右奥に、当社祭神・三森治右衞門光豐の墓があるのだが
うっかり撮影を忘れてしまった。
鳥居の写真の隅にわずかに写ってはいるのだが。残念。

参道を進むと神橋。
当社祭神・三森治右衞門光豐が開いた
愛谷江筋と呼ばれる農業用水が流れている。
神橋を渡ると、長い参道階段。
とにかく長い階段を上ると、社殿のある境内。

境内中央に入母屋造の拝殿があり、
拝殿の後方に流造の本殿がある。

昭和二十六年の創祀。

当地の灌漑事業に尽力した三森治右衛門光豊を祀る。
三森治右衛門光豊(みもりじんえもんみつとよ)は、
水守治右衛門(みずもりじんえもん)とも呼ばれていたようで、
三森の名や、その業績から水守と呼ばれ尊崇されていたのだろう。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 4:35 午前