有賀神社 (水戸市)

茨城県の 有賀神社(水戸市) を掲載しました。

茨城県水戸市にある。
JR常磐線・内原駅の北2Kmほどの有賀町に鎮座。
50号線から52号線を北へ入り、
有賀町で北西に入るのだが、言葉では説明が難しい。

参道らしき道を北西に進むと鳥居が見えてくる。
鳥居の手前左手に駐車場があるが、
お店らしきものがあるので、当社の駐車場ではないかもしれない。

鳥居をくぐると、木々の茂った参道。
参道を進むと、もう一つの鳥居があり、
参道右手には、神池がある。

手水舎を過ぎて階段を上ると、社殿のある境内。
正面に立派な拝殿があり、拝殿後方に垣に囲まれて流造の本殿がある。

参拝は10月の休日。天気が良くて日射しが強く、
木漏れ日のコントラストが強いため、写真としては失敗例。

貞観元年、那珂国造建借間命によって創祀された古社。

当初は村内藤内という地に勧請され
藤内神社と称したという。
天正十八年兵火にかかり、爾後当地へ遷座し
鹿島明神と称するようになった。

『式内社調査報告』には、
当社を式内社・藤内神社の論社として記されていないが、
参考に掲載しておく。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 9:18 午後

大井神社 (笠間市)

茨城県の 大井神社(笠間市) を掲載しました。

茨城県笠間市にある。
笠間駅の北東4Kmほどの大渕に鎮座。
50号線から61号線を北に入り、
1Kmほど進んで涸沼川を越えて北へ進むと
田畑の向こうに社域の森が見えてくる。

後日、地図で確認すると境内への参道が幾つかあるようだが
僕は南東側の入口から参道を歩いて参拝。
入口には鳥居は建っていなかったが、他の入口にあるのだろうか。
数段の階段を上り、樹木の茂った参道を2~300m進むと社殿のある境内。
参道の途中には、御神木の「親子杉」が立っている。

境内に入ると、右手に宣命殿。
社頭の案内板によると、官幣使(宣命使)が派遣されていたらしく
官幣使のための設備なのだろうか。

境内の奥には、赤い屋根の社殿。
拝殿の後方、垣に囲まれて流造の本殿がある。
同じく案内板によると、
本殿は明和六年(1769)三月の造営。

参拝は秋の休日。いわゆる行楽日和で、
天気が非常に良く、境内の日差しも強かった。

社伝によると、大同元年の創祀。
太郎明神とも称される神社。
式内社・大井神社の論社であるが、これを否定する説もあり、
『新編常陸國誌』には
「式社巡拝ヲスル者、茨城郡大淵村神社ヲ大井社ト唱フレド、
其額ニ太郎宮トアリ、舊記社傳モナク、往古ヨリノ井ト云モナケレバ、
大井社ノ據ハ、更ニアル事ナシ、故今トラズ」とある。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 11:01 午後

松尾神社 (亀岡市)

京都府の 松尾神社(亀岡市) を掲載しました。

京都府亀岡市にある。
嵯峨野線・八木駅の東2Kmほどの旭町に鎮座。
477号線を、大堰川にかかる大堰橋を渡って東へ進み、
旭町あたりで、一本東の道路に入ると、
道路脇(東側)に、松尾神社御旅所がある。
灯篭と「延喜式内 松尾神社」と刻まれた石碑の立つ
御旅所近くの農道を東へ入ると
道路からは、土手に遮られて見えにくいが大きな池がある。

その池の土手に登り、まっすぐ進むと
獣避けのフェンスがあるので、扉を開けると
参道入口の鳥居が建っている。

鳥居から、森の中の参道を100mほど進むと階段があり
階段の上が、社殿のある境内。
樹木に覆われた空間で、まさに
「ひっそりと佇んでいる」としか表現できない境内。

神門をくぐると正面に拝殿。
拝殿の後方、階段の上に本殿がある。
現本殿は明応七年(室町時代)のもの。
明智光秀の丹波進攻による兵火から免れたものらしい。

社伝によると、和銅年間(708~715)の創祀だが、
境内の案内板には、秦川勝が聖徳太子の命を受けて祀ったとあるので
600年前後の創祀ということになる。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 10:13 午後

小川月神社 (亀岡市)

京都府の 小川月神社(亀岡市) を掲載しました。

京都府亀岡市にある。
嵯峨野線・千代川駅の東1Kmほどの月読に鎮座。
大堰川にかかる月読橋を渡ってしばらく進むと、
広い田地の中にポツンと社域が見えてくる。
砂利の農道を進むと、数本の樹木のある狭い境内に到着。
昔は、周囲の田地すべてが神域だったのかも。

境内には中央に鐘楼のような拝殿があり、
拝殿の後方、石垣の上に赤い垣に囲まれて本殿覆屋。
覆屋の中には、流造の本殿が安置されている。
本殿は白木の色を留めており、それほど古いものではないようだ。

参拝は八月の猛暑の日。
見事に晴れた青空の下。
とにかく暑かったことを覚えている。

創祀年代は不詳。

月読神社とも呼ばれている神社で
式内社・小川月神社に比定されている古社。
清和天皇貞観元年には従五位上に叙されている。

神代の頃から当地に鎮座していたといい、当時は大社だったが
応仁の頃、兵乱や洪水で流出し、廃絶して小祠となったという。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 9:20 午後

八溝嶺神社 (八溝山)

茨城県にある 八溝嶺神社(八溝山) を掲載しました。

茨城県と栃木県、そして福島県に跨って聳える八溝山(1022m)山頂にある。
山頂は、茨城県と福島県の境界だが、
当社境内は茨城県側にあり、住所も茨城県。

山頂までは舗装された道が延びており、車で行くことができる。
登り口は福島県側と茨城県側にあるが、
参拝した2008年10月には、
福島県側の道は通行止めとなっていた。

茨城県側の登り口は2か所あるようだが、
今回利用したのは、蛇穴にある林道。
こちらが表参道のようで、林道入口には大きな鳥居が建っている。
鳥居をくぐり、6.5Kmほどの林道をウネウネと上ると山頂。
山頂には10台前後駐車可能なスペースがあり、その横に、当社境内。
境内入口の鳥居脇には、白馬の像が置かれている。

階段を登ると正面に社殿。
左奥に天守閣のような形をした展望台がある。

一説には、第四十五代聖武天皇の頃、
伝教大師が湯殿山修行の時、
南方の八溝山を見渡せば、奇瑞雲が現れれたので
山頂に登り、山王二荒両社を建立したのが始め。

社伝によると、景行天皇四十年、日本武尊が八溝山に立てこもる賊を討ち
大己貴命・事代主命を祀ったのが当社の起源。

かっては八溝山から金が産出していたらしく
承和三年(836)、山中より採取された砂金が献上され
遣唐使派遣の資金となったという。

室町以降は茨城県は常陸国だが、
古代においては陸奥国に属しており、
当社は、陸奥国式内社・八溝嶺神社に比定されている神社。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 6:20 午後

長濱神社 (沼津市)

静岡県の長濱神社(沼津市) を掲載しました。

静岡県沼津市にある。
沼津駅から南へ13Kmほどの内浦長浜に鎮座。
伊豆半島の付け根の部分。
駿河湾に面して414号線を南下し、17号線へ入ってさらに南下。

内浦漁港の近く、富士見トンネルの上あたりに境内があり、
トンネルの南側出口付近から、北側へ丘を上ったあたりに
西向きの小さな境内がある。

参拝は年末の朝。
境内前に軽トラックが止まっていたが
社殿に国旗などを掲げて迎春準備をしている様子。
小さな境内に社殿が一つなので、
邪魔にならないように、サクッと参拝。

『伊豆国神階帳』に「正四位上 長瀬の明神」とあり、
式内社・長濱神社に比定されている古社。

大正の初め頃、
集落の南にある小比叡神社(白鬚神社)に合祀されたが、
その後、村内に疫病が流行し、死者が続出したので
元の社地に復帰させたという。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 12:15 午前