賀蘇山神社 (鹿沼市)

栃木県の賀蘇山神社(鹿沼市) を掲載しました。

栃木県鹿沼市にある。
東武日光線・樅山駅の西21Kmほどの入粟野に鎮座。
15号線を西へ進み、口粟野で246号線に入って北西へ。
石裂山(尾鑿山)を目指して進むと、当社の鳥居が見えてくるので
さらに進むと境内入口。

小さな石橋があり、階段を登ると神門。
神門の右手に鳥居があり、奥へ行くと山頂奥社の遥拝殿がある。
神門をくぐると、神楽殿のある境内。
横長の社殿があり、中央に賽銭箱がある建物で
参拝当初は、それが里社の拝殿だと思ってが、
『栃木県神社誌』を見ると、どうやらそれは社務所のようだ。

その社務所の右手奥へ進むと、
先ほどの鳥居の先の参道に合流し、奥に立派な遥拝殿がある。

尾鑿山とも呼ばれる石裂山(879m)の山頂直下に岩屋があり
そこに祀られている奥社を遥拝する社殿。
奥社までの山道はクサリ場などがある険しい道で
健脚な大人の足でも90分かかるらしい。
他にも回りたい神社があったので登っていないのが残念。

社務所から左手に行くと月山神社があり、その奥に当社の社殿があり、
先ほどの境内入口から、道路沿いに少し歩くと鳥居が立っている。

鳥居をくぐり、参道階段を登ると社殿。
拝殿の左手に、大きな杉の切株があり、大杉神社が祀られている。

樹齢1800年という日本一古い杉で神代杉と呼ばれていたが
大正時代に火災により類焼し伐採されてしまったらしい。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 11:36 午後

奈佐原神社 (鹿沼市)

栃木県の奈佐原神社(鹿沼市) を掲載しました。

栃木県鹿沼市にある。
東武日光線の樅山駅と楡木駅の中間にある奈佐原町に鎮座。
国道293号線(日光例幣使街道)から少し西へ入った場所に社域の森。

境内の周囲に車を停める場所が見当たらず
仕方が無いので、かなり離れた場所に停めて歩いて参拝。

奈佐原町は江戸時代、日光例幣使街道沿いの宿場町・奈佐原宿であった場所。
天領でもあり、楡木と鹿沼をつなぐ「間の宿」であったらしい。

境内入口は南側。
鳥居をくぐるって参道を進むと参道は二手に分かれ
直進すると当社の社殿、左手には境内社がある。
この境内社の名前は、参拝時には確認できなかったが、
『栃木県神社誌』などによると、愛宕神社だと思う。

拝殿は入母屋造、本殿は流造で、比較的新しい社殿だと思われる。
本殿の後方に、小祠や石祠の境内社が並んでいる。
左から弁財天、八坂神社、未確認の石祠、小出神社、
雷電神社、豊年神社、金比羅宮、稲荷神社。

当社参拝の目的は、この中央にある小出神社だ。
寛政年間に善政を行った小出大助大人が生祠に祀られたもの。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 11:25 午前

象山神社 (松代町)

長野県にある、象山神社(松代町) を掲載しました。

長野県長野市にある。
長野電鉄屋代線の松代駅から南へ500mほどの松代町松代に鎮座。
境内入口は南向き。
木造の大鳥居の左手に、馬に乗った祭神・佐久間象山の像がある。

鳥居をくぐり参道に入ると、
参道の左手に象山生誕の地である県史跡の佐久間象山宅跡がある。

参道を進むと正面の社殿。
入母屋造拝殿の後方に流造の本殿。

拝殿の右前には御神木のイロハモミジ。
当地は以前、松代初代藩主真田信之の寵臣で
信之に殉死した鈴木右近忠重の子孫の屋敷跡があった場所だが
その庭にあった木だそうだ。

境内右手には長野市指定文化財の高義亭。
松代藩家老望月主水貫恕の下屋敷にあったものを移築したもの。
佐久間象山がしばしば利用していた建物らしい。

今年(2011年)に放映された「JIN-仁」というドラマに
佐久間象山が登場していたのを見た。
そういえば、彼を祀った神社が松代にあったなぁと思い出し
調べると、今年は象山生誕200年の記念の年。
ということで、参拝して来た。

大正二年、象山殉難五十年祭を契機に神社建立が計画され
昭和十三年に県社として創建された新しい神社。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 10:20 午後

大國魂神社 (いわき市)

福島県にある 大國魂神社(いわき市) を掲載しました。

福島県いわき市にある。
常磐線・いわき駅の東5Kmの平菅波に鎮座。
夏井川の南、6号線常磐バイパスから西へ進むと、
水守神社社域の丘が目の前に見えてくる。

その社前で南下すると、左手田圃の中に円錐形の古墳。
国造建許呂命の墳墓と伝えられる国指定史跡の甲塚古墳だが
発掘調査されてないので正確なことはわかっていないらしい。
甲塚古墳を通過したあたり、道がカーブしている場所に境内がある

境内入口は南向き。
車道から少し南に参道を示す大鳥居が立っている。
境内入口の石橋を渡ると、右手に御神木の大杉。
鳥居の左右に社号標が立っており、左に「郷社大國魂神社」、
右に「延喜式内縣社大國魂神社」と刻まれれている。

参道は木々が茂って暗いが階段を上ると社殿のある明るい境内。
拝殿・本殿は銅板葺きの入母屋造。
拝殿前方に向拝が長く突き出た構造で、龍の彫刻が美しい。

参拝は東日本大震災から3カ月近く経過した6月始めだが、
特に震災の影響は残っていなかった。

境内右手に神楽殿があり、左手奥に宝物殿。
宝物殿への階段脇の草むらで
ガソゴソと何かが動いている気配にビビったが
草の中から数羽のニワトリが出てきた。

式内社・大國魂神社に比定され
岩城(磐城)の国魂を祀ると考えられる古社。
当社の南東2Kmにある根岸遺跡に石城国府があったとされ
当社の東そばに国造墳墓がある。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 9:56 午前

佐波々地祇神社 (北茨城市大津町)

茨城県の 佐波々地祇神社(北茨城市大津町) を掲載しました。

茨城県の北茨木市にある。
常磐線・大津港駅の南東3Kmほどの大津町に鎮座。

大津港の通りから北へ少し登った場所に境内がある。
北へ上らずに東へ進むと、東日本大震災で流出した六角堂がある。
そんな場所に鎮座。
境内横に砂利の駐車場があり、車ですぐそばまで行くことができる。

参拝は、東日本大震災から2か月経過した6月はじめ。
港のガレキは綺麗に処理されていたけれど、
路地に入ると崩壊した家がまだ残っていら、そんな頃。

参道階段を上ると、石造の神明鳥居が立ち、
さらに階段を上ると社殿のある境内だが、
境内の灯籠の多くは倒れ、石の記念碑や手水石も倒れていた。
社殿前の鳥居の島木(上端の横棒)も落ちていたが、
社殿には特に大きな被害は無い様子。
日本の木造建築の耐震性って凄いなぁと思いながらの参拝。

社殿は入母屋造の美しい拝殿と、
拝殿の後方、垣の中に入母屋造の華麗な本殿がある。

港に面した丘に鎮座しており、港の守護神なのだろう。
本殿の左手には、錆びた碇が多く奉納されていた。
この丘は、
宮平とも唐帰山(からかいさん)とも呼ばれる海抜55mの台地。
境内には、享保年間以前に地下30mから汲み上げた御神水がある。

社号の「佐波波地祇神社」は、
『平成祭データ』には「さわわちぎじんじゃ」とあるが
『全国神社名鑑』には「さわわくにつかみじんじゃ」となっている。

六所明神とも大宮明神とも称される神社。

創祀年代は不詳。
社伝では斎衡年間から天安年間(9世紀中ごろ)の創祀。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 5:30 午後

桙衝神社 (須賀川市)

福島県にある 桙衝神社(須賀川市) を掲載しました。

福島県須賀川市(旧長沼町)にある。
長沼町の西13Kmほどの桙衝に鎮座。
118号線を西へ12Kmほど進み、
南へ入ると亀居山の東麓に境内入口。

参拝は東日本大震災から2カ月経過した6月始め。
入口に社号標が立っているが、参道の灯籠は倒れていた。
境内や参道にも多くの灯籠があるのだが多くは倒壊していた。

参道を進むと、境内入口に鳥居。
鳥居をくぐって参道を進むと随神門。
今回の参拝から九年前の2002年に一度参拝しているが
当時は、この随神門が修築中で、真新しい銅板が輝いていた。

随神門をくぐって、さらに参道を進むと堂々とした社殿
入母屋造の拝殿の後方に流造の本殿があり、
本殿には覆い屋根が設置されている。

社殿から東へ進むと背後の丘へ続く道があり
その山道を少し登ると、幾つかの巨石があり、
要石と呼ばれる磐座がある。
資料には山頂突端部とあったが、山頂という雰囲気は無かったので
ひょっとすると、これは違う石かもしれないが、
石の近くに「町指定桙衝神社祭祀遺跡」という案内が立っていた。

参拝は6月初旬、曇天の早朝。
いわき市から会津へ向かう途中、羽鳥湖に寄って夜になったので
羽鳥湖の道の駅で車中泊をし、夜明け前に目覚めて参拝した。

社伝によると、日本武尊東征の折り
この亀居山(神居山)に柊(ひいらぎ)の八尋の矛をつきたて、
武甕槌神(建御雷命)を祀ったのは当社の創祀。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 8:59 午前