吉御子神社 (湖南市)

滋賀県の 吉御子神社(湖南市) を掲載しました。

滋賀県湖南市にある。
石部駅の南1Kmの石部西に鎮座。
JR線路の南側を走る118号線から南へ入る。

参道入口の左手に「内侍所御泊輦遺跡」と刻まれた石碑が建っており
右手には「吉御子神社」と刻まれた社号標。

鳥居をくぐり、砂利の参道を進むと突き当たりに広い境内がある。

参拝は年末、休日の午後。
すでに陽は山に沈んでいたので、写真は暗め。

境内奥、石組の上に拝殿があり、その後方、階段上に中門。
中門の奥に、垣に囲まれた流造の本殿がある。
元治元年、社殿が大破したため
山城国上賀茂神社の旧社殿を移築したのが現在の本殿らしい。

本殿の階段左右に、金銀の美しい狛犬が座っている。

社伝によると、
崇神天皇六十八年、石部山に神降り
垂仁天皇二年、宇加之彦の子が、吉比古・吉比女の二神を
黒の御前に祀ったのが、当社の起源。

嵯峨天皇弘仁三年、山崩れにより、現社地に遷座し
承平五年、吉御子神社と改称した。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 9:08 午後

春日神社 (網野町)

京都府の 春日神社(網野町) を掲載しました。

京都府京丹後市にある。
北近畿タンゴ鉄道宮津線・網野駅の北西3Kmほどの網野町島津に鎮座。
網野町の中心部から53号線を東へ。
663号線との交差点の100mほど西に、
53号線に面して、南向きの境内がある。

石垣に囲まれた砂地の境内で、
入口の鳥居の右手に「村社春日神社」と刻まれた社号標が建っている。
鳥居をくぐると、正面に社殿。
社殿へ続く参道には、狛犬と灯籠が交互に並んでいるが、
灯籠の背が高く、四角形の角柱の上に乗っていて面白い形だ。

拝殿は入母屋造のどっしりとした構え。
拝殿の後方には、流造の本殿が鎮座。

本殿の右手に、少し小振りの境内社・床尾神社がある。
床尾神社の右手に西向きに4つの祠が並んでいる。
左の3つには社名の他に「・・・之神」と書かれた木札が掲げられていた。
左から、宮垣神社(平和之神)、嶋森神社(幸福之神)、早尾神社(健康之神)。

一番右手には、社名のみで布留宝神社。
他の3社は、周辺地元地域に祀られていた神々だと想像できるが
「布留宝神社」とは興味深い社名だ。十種の神宝を祀っているのだろうか。

拝殿の左手に鳥居が建っており、奥には、御神木らしき木と社日。
そして東向きに小祠が一つあるのだが、社名を確認するのを忘れてしまった。

当社は、寛永十二年(1635)三月に再興された神社で、
明治六年村社に列した。

本殿右手の床尾神社は、
式内社・床尾神社に比定されている古社。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 3:12 午前

神崎神社 (神崎町)

千葉県の、神崎神社(神崎町) を掲載しました。

千葉県神崎町にある。
下総神崎駅の北西1.5Kmほどの神崎本宿に鎮座。
利根川のすぐ南、神崎大橋の近くに境内がある。

356号線の神宿交差点から当社境内へ入る車道があるが、
表参道入口は、交差点の少し東。
356号線に面して階段があり、階段上に鳥居が建っている。

階段を上り、木々に囲まれた参道を進む。
当社の境内は広大な森で、全域が天然記念物になっている「神崎の森」。
その森を抜ける参道を進むと、広い境内があり、
境内中央に大きな拝殿がある。

拝殿の後方に、流造の本殿。
拝殿の右手には、天然記念物の大樟「なんじゃもんじゃの木」が聳えている。
延宝二年(1674)四月、水戸光圀が当社へ参詣した折、
「この木は何というもんじゃろうか」と自問し感嘆したといい
それ以来「なんじゃもんじゃの木」と呼ばれるようになったという。
境内案内では「クス」とあるが、『明治神社誌料』では「山桂樹」。
昔は、湯津桂と記されていたようだが。

創祀年代は不詳。
社伝によると、白鳳二年、
常陸国・下総国の境、大浦沼の二つ塚より現在の地に遷座。
現在地は、小松村字神崎の双生山と云ったらしく、
当社は、三代実録記載の子松神(小松神)であるという。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 6:15 午後

須波阿湏疑神社 (池田町)

福井県の 須波阿湏疑神社(池田町) を掲載しました。

福井県の池田町にある。
池田町役場のすぐ南、476号線に面して境内入口がある。
476号線を挟んで向かい側の空き地に、
一里塚の保塁があり、その上に道祖神が祀られている。

境内入口は西向き。
小さな石橋があり、朱の大きな一之鳥居が建っている。
参道を東へ進むと、稲荷の赤山門とと呼ばれている赤い楼門。
さらに参道を進むと、社殿のある境内。
参道の長さは100m以上あるかもしれない。

二之鳥居をくぐり階段を上ると大きな拝殿。
元禄二年の建立で、池田町の文化財に指定されている。

拝殿の後方にも階段があり、階段上に鳥居が建っていて
その奥に、覆屋根に納まった三間社流造の本殿。
延徳三年の建立で、こちらは旧国宝、国の重要文化財になっている。

参拝は四月終りの連休だったが、
本殿の周囲には雪が解け残っており、
寒いと言うより、キリッとした空気の境内だった。

本殿後方、裏山の中腹に「稲荷の大杉」と呼ばれる御神木がある。

通称は、池田惣社、お稲荷さん。
池田郷四十八ヶ村の惣社として崇敬された神社で、
式内社・須波阿須疑神社三座の論社となっている古社。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 6:17 午後

靖国神社

東京に住んでいた頃、何度も前を通ったのだが、なかなか参拝できず、長野に引っ越して、東京出張の合間に、ちょこっと参拝した神社。
東京なので、また参拝することもあるだろう、その時に写真を取り直そう、などと思っていたのだが、すでに五年が経過。
サラリーマンを辞めてしまったので、東京出張も無いのだなぁ、などと考え、掲載しておくことにしました。

すでに掲載しているページの見直しを、ボチボチと行っているが、とりあえずこれで官国幣社はひと段落したことにするのだ。

東京の 靖国神社 を掲載しました。

東京都千代田区九段にある。
都営新宿線、半蔵門線、東西線の九段下駅の西側に表参道入口がある。
緩やかに上る坂道の上に大鳥居が建ち、参道を進むと、
参道中央に大村益次郎の銅像。
大村益次郎に見下ろされながら参道を進み
二の鳥居をくぐり、大きな神門をくぐると、
正面に大きな社殿が見えてくる。

明治維新達成において犠牲となった殉難者をはじめ、
諸事変・戦役において国事に殉じた英霊二百四十余万柱を祀る神社。

明治元年六月二日、東征大総督・有栖川宮熾仁親王が江戸城に於いて
幕府軍追討のため関東・奥州の各地で戦没した将兵の慰霊祭を行った。

明治元年五月に、京都東山に霊山招魂社(霊山護国神社)が設けられ
翌二年三月、東京遷都にともなって、各藩内に招魂社設立の機運が高まった。

東京では、軍務官知事仁和寺宮嘉彰親王の命を受けた
軍務官副知事・大村益次郎らは、九段坂上の旧幕府歩兵頓所跡を社地に選定。
明治二年六月二十七日、東京招魂社の仮本殿が竣工され、
これが当社の創祀。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 2:50 午前

談山神社

まだ二十世紀だった頃、十年前の参拝。
時間がなくて、駆け足で参拝し、御破裂山や談い山に行っておらず、
奈良だから、いつか必ずもう一度行くだろう、と思い続けて十年経ってしまった。

ということで、心残りだけれども、
奈良県の 談山神社 を掲載しました。

奈良県桜井市にある。
桜井駅から南へ7Kmほどの多武峰に鎮座。
37号線を南下し、155号線に入って西へ500mほど。

中大兄皇子(天智天皇)に協力して「大化改新」を成しとげた藤原鎌足を祀る神社。

藤原鎌足の長男定慧が、天武天皇白鳳七年(679)帰朝し、
弟不比等と相談の上、鎌足公生前のゆかり地である多武峯に改葬し、
十三重塔婆、講堂を建立して妙楽寺と称した。

後、文武天皇大宝元年(701)方三丈の神殿を建て、
鎌足公の御神像を安置したのが当社の創祀。

明治維新後、「かたらい山」の故事から「談山神社」と名づけられ、
明治七年、明治天皇の勅により別格官幣社に列せられた。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 5:39 午前