一國一社八幡宮 (富山市)

富山県にある、一國一社八幡宮(富山市) を掲載しました。

富山県富山市にある。
富山駅の北5Kmほどの八幡に鎮座。
富山駅から西へ進み、神通川を渡って北上すると、
1号線の八幡交差点の北西に境内がある。

境内は南東向き。
入口には大きな鳥居が建っている。
鳥居の脇にある社号標には「郷社 八幡宮」と刻まれており
鳥居扁額には「越の國一國一社 護國八幡宮」とある。
資料によると八幡宮が正式な社号のようだが、
八幡の宮、一国一社八幡宮、護国八幡宮などと通称されている。

鳥居をくぐると、参道正面に社殿。
参道の右手に手水舎。境内左手には社務所がある。

拝殿は大きな瓦葺神明造。扁額には「八幡宮」。
名前がわからないが、拝殿前に参拝用の大きな屋根が設置されており
拝殿全体は黒や褐色だけど、その屋根の柱だけが赤く、
ちょっとレトロモダンな感じだったのが印象的。
拝殿の後方には、銅板葺流造の本殿があるが
本殿の前面にガラスの扉が付けられていた。

参拝当日が晴天だったせいか、とにかく明るく綺麗な神社だった。

垂仁天皇八十四年、皇子・大若子(後の大幡主命)が
越の凶賊阿彦平定を終え、当社・八幡の宮を造営し帰落。
当地の住民が大幡主命を慕って、当社に祀ったという。

聖武天皇が各国に、一国一社八幡宮を創立した時、
当社に誉田別命・息長帯比賣命・玉依日女命を合わせ祀って八幡宮を建造。

弘仁二年八月十五日、越中護国八幡宮の神霊を奉載し、
護国八幡宮とも呼ばれるようになった。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 12:15 午前

国分神社 (上田市)

長野県にある、国分神社(上田市) を掲載しました。

長野県上田市にある。
しなの鉄道・信濃国分寺駅の北100mほどの国分に鎮座。
駅を出て18号線を渡った丘の上にあり18号線からも見える場所。
坂道を登ると石組の上に境内がある。

信濃国分寺駅のそば、18号線の横に信濃国分寺跡があり、
当社は、その国分寺跡を見下ろす位置に鎮座していることになる。
そのためか、境内入口は国分寺跡方向の北西向き。

階段を登ると石鳥居が建っており、扁額には「八幡宮」。
鳥居の左脇には「国分神社」と刻まれた社号標。

鳥居の奥に社殿があり、
拝殿は瓦葺入母屋造。後方の本殿は覆屋根の設置された流造。
本殿の右手には、上部が切断された御神木。
御神木にも屋根が設置されている。

明治初年まで、社殿の左右に高さ五丈の老松があったが
暴風の為、中ほどから折れてしまったという。その老松だろうか。

参拝は年末の晴天の日の午後。
境内を吹き抜ける風は冷たかったが、青空がとても綺麗だった。

創祀年代は不詳。
天平年間、信濃国分寺創建と同じ頃の創祀、あるいは再建と伝えられる古社で、
国分寺守護の国分八幡宮。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 6:09 午後

日宮神社 (富山市黒瀬北町)

富山県にある、日宮神社(富山市黒瀬北町) を掲載しました。

富山県富山市にある。
富山駅の南4・53Kmほどの黒瀬北町に鎮座。
41号線を4Kmほど南下し、掛尾町交差点で西へ進む。
神通川支流にかかる黒瀬大橋の手前、黒瀬交差点から南下すると
道路の東側に境内があるが、境内入口はその道路の一本東の道に面している。

境内入口は東向き。
鳥居の右手に「日宮神社」と刻まれた社号標が立っているが
境内側から見た裏面には以前の社号である「村社 手向神社」と刻まれている。

鳥居をくぐると芝の境内。参道正面に社殿がある。
拝殿は銅板葺き向拝付き神明造。
拝殿の後方に少し離れて、石組の上に前面の開いた本殿覆屋があり、
中に神明造の本殿がある。

富山市市街地にあり綺麗に維持されている神社。
『富山県神社誌』に載っている写真では拝殿は瓦葺で、
昔は社殿の周りには木々が茂っていて鬱蒼とした雰囲気だったようだ。

創祀年代は不詳。
『富山県神社誌』に簡単な由緒が記されているが良くわからない。

まず、御神体は金鏡で「五ケ山の瑪瑙山」から、当地の松に飛び移って来たと伝えられ、
村上天皇の勅により社殿を造営し神領四百石を賜った。
この「五ケ山の瑪瑙山」とは何処だろう。「五箇山」の山のことだろうか。
まさか長野県の瑪瑙山のことではないだろうと思うが、確認できていない。

ところで、『式内社調査報告』には、
当社が式内社・多久比禮志神社の論社の一つとして挙げられている。
「多久比禮」は白い



A. 掲…掲載 — gensyoushi 4:56 午後

土師神社 (藤岡市)

群馬県の土師神社(藤岡市)を掲載しました。

群馬県藤岡市にある。
八高線・群馬藤岡駅の南3Kmほどの本郷に鎮座。
当地の東には、埼玉県との県境の神流川が流れている。

境内入口は南側。
朱の両部鳥居に黒い扁額が「土師神社」とありシンプルでカッコ良い。
鳥居をくぐると100mほどは有りそうな砂の参道。
馬場になっているようで、流鏑馬などの神事が行われるらしい。

参道を進むと、右手の広場に塚のような伏せ鉢状の相撲辻がある。
屋外相撲壇(土俵)で、日本三辻の一つらしい。
あとの二つは大阪・住吉大社と能登・羽咋神社のもの。
住吉大社境内に土俵があるがそれだろうか。残念ながら写真をとってない。
羽咋神社の土俵は、少し南にある唐戸山(南中央町)にあるが見ていない。

参道を進むと参道左手に手水舎があり、
正面に割拝殿のような建物。左手に神楽殿。
割拝殿を進むと、当社の社殿。
拝殿は向拝付き入母屋造。拝殿後の垣の中に流造の本殿がある。
入口の鳥居同様、拝殿も本殿も赤を基調として黒い柱や屋根が美しい。
拝殿には奉納された相撲額が掲げられている。

参拝は秋、十月の中旬の日の午後。
太陽が西に傾いて、静かな境内だった。

通常、土師は「はじ」と読むが、当社では「どし」らしい。

創祀年代は不詳。
『上野国神名帳』に「正五位上 土師明神」とある古社。

祭神は天穂日命十四世の孫で土師部の祖・野見宿禰。
菅原道真の遠祖にあたる人物で相撲の元祖。

鎮座地の本郷は、『和名抄』の「土師郷」に比定される土地であり
当社の近くには埴輪窯址があることから、
当地に野見宿禰を祖とする土師部の集団が居住していたと考えられている。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 9:29 午前

相見神社 (宝達志水町)

石川県の相見神社(宝達志水町)を掲載しました。

石川県の宝達志水町にある。
七尾線・宝達駅の北東1Kmほどの麦生に鎮座。
小学校の東側の丘の上に境内がある。

境内入口は南東向き。
鳥居の左脇に「延喜式内相見神社」と刻まれた社号標が立っている。
鳥居をくぐり参道階段を上ると、階段途中右側に磐座らしき石がある。

階段を上ると社殿のある境内。
木々に囲まれた境内は厳かな雰囲気。
参拝は10月中旬だったが、木々は鮮やかな緑だった。

境内の奥に社殿。拝殿は瓦葺神明造。
拝殿の扉に菊紋の金飾りが付けられていたが、
拝殿に吊るされた釣灯籠には梅鉢紋。
どちらかが当社の神紋かもしれないが確認できていない。

拝殿の背後の本殿も神明造。
伝説では、当社に祈願して難破を免れた船人が
感謝してその帆柱で建てたという。

創祀年代は不詳。
相見という社号は大海の当て字だと考えられ
大海郷一の惣社として崇敬された神社で、
式内社・相見神社に比定される古社。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 1:03 午前

氣多神社 (射水市)

富山県にある、氣多神社(射水市) を掲載しました。

富山県射水市にある。
高岡-射水間を走る路面電車・万葉線の射水市新湊庁舎前から
南へ200mほどの西新湊に鎮座。

境内は道路に面して東向き。
境内入口の社号標や拝殿の扁額には「氣多神社」とあるが、
神社庁の資料には、当社の社号は「気多社」とあり、
気多社が正式な名前なのかもしれない。

鳥居をくぐると、参道両脇には丁寧に管理された植木が美しい。
参道を進むと松の枝が斜めに交差しており、
自然と頭をかがめて参拝することになって、
天然の鳥居となっているようで面白い。

拝殿は向拝の突き出た瓦葺。
背後の本殿は瓦葺覆屋の中にあり確認できなかった。

創祀年代は不詳。

『富山県神社誌』によると、
伏木鎮座一宮気多神社の本社であると口伝されているらしく、
気多神社に運慶作と伝えられる狛犬の立形像があり高岡市文化財となっているが
当社には同じく運慶作の狛犬の跪坐象があるらしい。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 8:54 午後