赤國神社 (綾部市)

京都府の 赤國神社(綾部市) を掲載しました。

京都府綾部市にある。
綾部駅の北西6Kmほどの舘町宮ノ前に鎮座。

由良川を北に渡り、9号線を北上し
舞鶴若狭自動車道を越えて500mほどで東に入ったところに境内がある。
当社から南を宮ノ前といい、当社の北は宮ノ後。
ということで、参道入口は南側。

鳥居の笠木(上部の横棒)が妙に湾曲した鳥居をくぐり、
参道を北上すると境内入口。
神門と社務所を一体にしたような建物を通ると広い境内。
境内北奥に、社殿があり、右手には神庫。

拝殿は入母屋造。拝殿の斜め前に神馬像。
三柱の神を祀っているためか、拝殿には三つの鈴と綱がぶら下がっている。
拝殿には大きな扁額が掲げられ
「正一位赤國大明神」と書かれている。

拝殿の後方、上屋の中に流造の本殿。

境内全体は、華美さは全くなく、
境内社の稲荷の鳥居以外は、渋めの色調で
静かで落ち着いた、懐の深さを感じさせる良い神社。

創祀年代は不詳。

神代の昔、瓊々杵尊御巡幸の際に宮を造り御滞在になり
村名を舘と名づけたという
往古は、丹波国一社であったため、丹国社と称したが
瓊々杵尊の御諱を丹仁尊(日丹仁命)と申すことから
丹の字を用いるのは畏れ多いと避けて、赤国社と変えたという。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 10:20 午後

粟谷神社 (足利市)

栃木県の粟谷神社(足利市) を掲載しました。

栃木県足利市にある。
両毛線・足利駅の北西10Kmほどの粟谷町にある。
67号線を北西に7Kmほど進み、219号線に入って北上。
粟谷町に入って、219号線から北へ入った場所だが、
言葉では説明しにくい場所に境内がある。

道路脇に駐車スペースがあり、そこが境内入口。
「粟谷神社」と刻まれた扁額のある鳥居をくぐり、
参道階段を上って行くと、新しい社殿。

拝殿の後方、階段の上に黒くて渋い本殿覆屋がある。
覆屋の扉が施錠されてなかったので中に入って参拝。
中には朱塗りの美しい流造の本殿がある。

本殿の左右に、境内社の祠があるが詳細は不明。

本殿覆屋の右手には、生駒神・日光神・浅間神の祠と
幾つかの石祠が並んでいるが、こちらも詳細は不明。

本殿覆屋の左手に新しい社殿があり
扁額には「機神宮」とある。
栲機千々姫命を祀る境内社で、
内部には小さな石祠が祀られている。

粟谷神社の創祀年代や由緒は不詳。

本殿覆屋横の機神宮には、
足利織物の祖・金井繁之丞命が合祀されている。

当社から西へ入って行くと、
足利市重要文化財の「金井繁之丞の石塔」がある。
案内板には、80mとあるが50mほどの場所。
車道脇に、小さな階段があり、階段を上るとある。

金井繁之丞が生前に建てた石塔だが、
死後は、金井繁之丞の墓塔となっている。
石塔の奥に進むと、金井家のものらしき墓が数基立っている。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 9:57 午後

男坂神社 (養父市)

兵庫県の 男坂神社(養父市) を掲載しました。

兵庫県養父市にある。
養父駅の西13Kmほどの大屋町宮垣にある。
9号線を西へ進み、大屋川と合流して6号線へ進入。
大屋川に沿って6号線を9Kmほど西へ進むと当社境内がある。

当社の北には琴弾峠があり、272号線の琴弾トンネルがある。
参道の左手に「式内 男坂神社」と刻まれた社号標が立ち、
参道を進むと、右手に境内社の祠。
さらに参道を進み、階段を上ると鳥居が立っている。
両部鳥居の扁額にも「式内 男坂神社」。

鳥居をくぐり参道を進むと手水舎があり、
さらに階段を上ると社殿がある。

拝殿は入母屋造。背後の本殿も入母屋造で銅板葺き。
どっしりとした重量の屋根で、荘厳な雰囲気。

境内全体が一つの丘になっているようで、
自然にあふれた神域だが、
社殿のある頂上部が少し狭い。

『養父郡誌』によると、
上古、少彦名命と大名持命の国土経営のおり、
当地にて六張の琴を奏でたことから
琴弾山と呼ばれるようになったという。

また、その縁より、少彦名命の神霊を留めて天神と称した。
鎮座の山は、小さな少彦名命が
神産巣日神の手の俣の間からこぼれ落ちた故事から
手間山と称していたが、
天神が、いつしか天満天神となり、
手間山も天満山と呼ばれるようになったという。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 6:20 午後

玉依比賣命神社 (松代町)

長野県にある、玉依比賣命神社(松代町) を掲載しました。

長野県長野市にある。
長野電鉄屋代線・松代駅の東2Kmほどの松代町東条に鎮座。
尼厳山(780.9m)の南西麓に境内がある。

蛭川を越え、小学校の前を通過して300mほどの位置に
参道入口の鳥居が立っており、鳥居脇に大きな木。
鳥居をくぐりケヤキの参道を進むと、山の斜面に当社境内。

木々に覆われた境内の中央部、石組の上に大きな社殿がある。
拝殿は、八棟造りの複雑な構造。後部の本殿は流造。

参拝は10月で、中途半端な季節。
初夏なら鬱蒼とした緑、11月なら紅葉が楽しめたかもしれない。
とにかく、気持ちの良い神社だった。

境内右手(東側)には、尼厳山・奇妙山トレッキングコースの
池田の宮登山口になっている。

社伝によると、
人皇八代孝元天皇十六年四月十六日、
斎川の地(現在の岩沢、東1Kmほど)に勧請。
あるいは、
十代崇神天皇の御宇、科野国造建五百建命が一川の地に創建し、
六十個の勾玉を納めて神宝とした。

当初の鎮座地から、後に磯並に遷座。
寛喜二年(1230)現在地に遷座。
式内社・玉依比賣命神社に比定される古社。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 11:46 午後

玉依神社 (亀岡市)

京都府の 玉依神社(亀岡市) を掲載しました。

京都府亀岡市にある。
亀岡駅の南西14~15Kmほどの東別院町湯谷に鎮座。
大阪府との県境に近い湯谷ケ岳(622.4m)の南東。
集落の奥に境内がある。

集会所の近く、道路に面して参道入口があり、
階段を登ると灯籠が二本立っており、
灯籠の右脇に「玉依神社」と刻まれた小さな社号標。
参道を進むと、京都らしい竹林の参道に鳥居があり、
さらに参道を緩やかに登って行くと広い場所に出る。

そこからさらに苔の参道階段を上って行くと当社社殿。
拝殿はなく、本殿に覆屋根を設置しただけのもの。
本殿は立派な流造。

周囲は鬱蒼と茂る森で、曇天のせいか、やや暗い境内。
本殿前に提灯をぶら下げる提灯台が二つあるが、
夜の境内に提灯だけが光ってたら、ちょっと怪しい雰囲気かもしれない。
などと考えながらの参拝。

京都府と大阪府の県境にあり、
京都からも大阪からも遠い集落の奥にある神社で
境内の様相も、遠い地にある神域といった印象だった。

残念ながら、当社に関する由緒等の情報は未入手。

式内社調査報告によると、『特選神名帳』に
式内社・神野神社の論社として記されているらしい。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 6:18 午後

白旗神社 (鎌倉市)

NHK大河の「平清盛」を見ていたら、昔、頼朝の墓に行ったことを思い出した。
ということで、
神奈川県の 白旗神社(鎌倉市) を掲載しました。

神奈川県鎌倉市にある。
鶴岡八幡宮の東500mほどの西御門に鎮座。
金沢街道から北上し、小学校の横を通ると当社境内に到着する。

その道をまっすぐ進むと階段があり、階段途中に鳥居があるが
当社境内は階段の下に、東向き。

境内入口の鳥居をくぐると正面に社殿がある。

境内前の道を北上し、階段を登ると
当社祭神の源頼朝公の墓があり、国指定史跡になっている。

墓の脇に「希義公の土と石」というものがある。
平治の乱の時に13歳の頼朝は平家に捕らえられたが
弟・希義(3才)も捕らえられ、以後、兄弟は再会する事が無かった。
そこで、平成になって兄弟の墓所の土と石を交換したらしい。
希義の墓は、高知市の介良にある。

この地は、もと源頼朝公居館(幕府)の北隅で持仏堂があり、
源頼朝が、石橋山の 合戦にあたって髻の中に納めて戦ったという
観音像が安置されていた。

頼朝没後には法華堂と呼ばれて、
明治維新の後、明治五年に白旗神社となったもの。

頼朝の墓から東へ行くと、
三つの洞窟のようなものがあり、
頼朝に仕えた大江広元、島津忠久、
大江広元の子で、戦国大名毛利家の始祖である毛利季光の墓がある。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 1:19 午前