久流比神社 (豊岡市)

兵庫県の 久流比神社(豊岡市) を掲載しました。合計2151社。

兵庫県豊岡市にある。
山陰本線・城崎温泉駅から南西3Kmほど
来日岳(556.7m)の南東麓、城崎町来日に鎮座。

円山川に沿って南下し、結和橋あたりで
来日川に沿って500mほど西へ。

道路を走行していると、
来日川の向こう、田の奥に社域の小山が見えてくる。
集落に入り、少し歩くと参道の小道。
道の奥、西向きに境内入口の鳥居が見える。

鳥居の脇には「式内 久流比神社」と刻まれた立派な社号標。
「タモの樹」と呼ばれる巨木のある参道階段を登ると境内。
階段の上に入母屋造の社殿が建っている。
拝殿の扁額には、丸い笠の付いた電球がつけられている。

創祀年代は不詳。

式内社・久流比神社に比定されている古社で、
祭神は闇御津羽神。

もとは来日岳に鎮座していたが
麓(宮代谷)に移されて後、宮代さんと呼ばれていた。
慶長十一年(1606)宮代の裏山が崩壊したため
現在地に遷座したという。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 5:14 午後

三國神社 (坂井市)

福井県の 三國神社(坂井市) を掲載しました。合計2150社。

福井県坂井市にある。
兵庫川と竹田川が合流し、九頭龍川に合流する手前。
えちぜん鉄道・三国神社駅の南500mの三国町山王に鎮座。
小山(山王山・旧三国山)全体が境内になっている感じで、
駅名になっているほど、当地では有名な神社。

当社の鎮座する三国は、日本海航路の要衝として
かっては三津七港に数えられたほど
古代より繁栄した土地。

境内入口は南側。
入口鳥居の脇には、大きな木が聳え、
左手には「縣社 三國神社」と刻まれた社号標。

参拝は、五月の連休の午後。
参拝時に結婚式が行われるようで、
鳥居の階段を、傘をさしかけられた花嫁が登っていた。

邪魔にならないように脇で待ち
一行が居なくなった頃に参拝開始。
鳥居をくぐり、階段を登ると随神門。
随神門をくぐると左手に宝物殿、神馬堂。

ゆるくカーブした参道を進むと、社殿。
拝殿の後方、垣に囲まれて入母屋造りの本殿。
本殿の後方、垣の間から見ると、本殿の軒下に一匹の猿の像。
山王宮と称していた頃の名残だろう。

男大迹天皇(継体天皇)が、坂井中高向から三国の地に移られ
治水・排水の難事業を克服され、開港の精華を得られたのは
宝亀四九年の頃。
その縁により、天皇崩御の後、
朝廷より天皇の御神霊を鎮め祀られたのが当社の起源。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 10:20 午後

佐佐牟志神社 (越前町)

福井県の 佐佐牟志神社(越前町) を掲載しました。合計2149社。

福井県の越前町にある。
鯖江駅の西、直線で6Kmほどの佐々生に鎮座。
三床山(334.9m)の北西麓、
和田川のそばにある小山全体が境内。
赤い欄干の橋のそばに、境内入口があり、
階段の脇には、「式内 佐佐牟志神社」と刻まれた社号標。

階段を上ると鳥居があり、
木々の茂る、良い雰囲気の境内。
境内中央に参道があり、参道の正面に社殿。
参道の左手に手水舎があり、右手に境内社の祠が一つ。

参道を歩き、数段の階段を上ると拝殿。
拝殿の後方に本殿がある。

拝殿には、龍を彫刻した扁額が掲げられているが、
龍の手には、龍玉のかわりに三つ巴。
当社の神紋だろうか。

創祀年代は不詳。
越前惣神分に正五位佐々牟志神とある古社。

佐々虫大明神とも称し、中古、八幡宮とも称していた。

往古は三床山山頂に鎮座していたが
弘仁十三年(822)、領主宮川出雲守要光によって
佐々生村内に壮麗な社殿が建立され、遷座。
保元・平治の乱に出雲守が破れ、滅亡したため
当社も衰微。

その後、大野藩主により社領が寄進され
さらに天正十一年(1583)秀吉による庇護により
社運を盛り返した。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 3:53 午後

御井神社 (養父市)

兵庫県の 御井神社(養父市) を掲載しました。合計2148社。

兵庫県の養父市にある。
山陰本線・養父駅から南西に、直線で10Kmほど。
道なりに進んで20Kmほどの大屋町宮本に鎮座。
大屋川に沿って6号線を西へ進む。
途中、6号線は明延川沿いの道になるが、
そのまま6号線を進み、
大屋町宮本で279号線に入って東へ進むと、
279号線が大きくカーブしている箇所にある小山の上、
御祓山(773m)の南西麓に境内がある。

参拝は、五月の連休。
参道入口の鳥居脇には、幟が掲げられていたが
例祭日が近い(あるいは終わった)頃なのだろうか。

「式内 御井神社」という扁額のある鳥居をくぐり、
参道坂道を上ると随神門がある。
山道の参道には、境内社の小祠が幾つか散在しており、
それぞれの小祠には社名が掲げられている。
確認したものは、厳島神社と諾册神社。
もう一つ、子安神社と思われる小祠があったが
撮影した写真のピントがボケていて
「子安」の「子」の字の部分が不鮮明なので確認できず。

さらに参道を進むと、
参道右手に階段があり、階段の上には八幡神社と小祠。

さらに参道を進むと、広い境内がある。
境内には、石灰だろうか、白い粉が撒かれていたので
足元に注意しながら、参拝開始。

境内左右にも幾つかの境内社があり、
中央奥に、当社の社殿。
拝殿の後方に、入母屋造の本殿がある。

創祀年代は不詳。

もとは現社地の北東2Kmにある
御祓山山頂に鎮座していたといい、
山頂付近には、宮屋敷・神子屋敷の小字が残っている。
当時は、
大屋谷十二ヶ村、建屋谷十四ヶ村の総社として崇敬された神社で、
岩井牛頭天王社とも称していた。

天文年間に火災にあい、社殿を喪失。
それを契機として、現在地に遷座したという。
当社の遷宮札には、
天文十五年(1546)四月八日に遷宮と記されているらしい。
ただ、伝承によると、天文以前にすでに現在地に移っており
現在地で火災にあったとも。

養父郡の式内社・御井神社に比定されている古社。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 4:51 午後

耳井神社 (豊岡市)

兵庫県の 耳井神社(豊岡市) を掲載しました。合計2147社。

兵庫県豊岡市にある。
山陰本線・豊岡駅の西2.5Kmほどの宮井に鎮座。
奈佐川の北、光雲寺の西側に、道に面して、
南向きに、民家の間に参道入口がある。

参道の両脇には、綺麗に刈り込まれた生垣。
参道の奥に鳥居が見えるが、
その先は霧の中。
五月の早朝、当日二社目の参拝だが、
周囲の山や畑には、朝霧が漂っていた。

参道を進み、鳥居をくぐり、さらに参道を進む。
参道階段を上ると、もう一つの鳥居があり、
さらに参道と階段を上ると、社殿のある境内。

参道正面に本殿を納めた覆屋がある。
戸の格子から中を覗くと、
本殿らしき祠の右側にも、もう一つの祠がある。

天武天皇白鳳三年六月、
城崎郡司・物部韓国連鵠が
黄沼前縣主・耳井命を祀ったのが創祀。

だが、現在の祭神は御井神で、
耳井命を祀ったという伝承は、後世の付会と考えられている。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 8:27 午後

十六柱神社 (和田山町)

兵庫県の 十六柱神社(和田山町) を掲載しました。合計2146社。

兵庫県朝来市にある。
JR・和田山駅の北2Kmほどの和田山町林垣に鎮座。
9号線を北西に進み、円山川にかかる糸井橋を越えて
10号線を北東へ進む。
郷土歴史館のある通りに入るとすぐ。
道の北側に参道の入口がある。

参拝は、五月の連休、晴天の青空の下。
陽射しの強い午後。

参道を進むと、背の高い木の傍らに石の鳥居。
鳥居をくぐり、さらに進むと、正面に拝殿がある。
拝殿の後方には、秀麗な造りの本殿。
『兵庫県神社誌』には「王子造」とある。

創始年代、由緒は不詳。
祭神も不詳。

式内社・更杵村大兵主神社の論社の一つ。
明治の神社改めの際に、
更杵神社が、社殿や境内の貧弱さから
式外社とされてしまい、
当社が更杵村大兵主神社として報告されたらしい。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 7:33 午後