美伊神社 (余部明神谷)

兵庫県の 美伊神社(余部明神谷) を掲載しました。合計2069社。

兵庫県の香美町余部にある。
余部鉄橋で有名な余部駅から北西へ3Kmほどの
御崎集落からさらに2Km近く進むと
日本一高い場所にあるという余部御崎灯台。
その灯台の側に参道入口の鳥居が立っている。

境内は断崖絶壁の上にあり、灯台の西側から眺めると
遠くの岩の上に、小さな瓦葺の社殿と鳥居を見ることができる。

境内は、参道入口から約1Kmの細い山道。
深い谷を回りこんで、灯台のある岬の西側の崖へ続く。
参道の中間地点には、二基の灯籠が立っている。

境内は狭いが、参拝が五月だったので
木々の葉で周囲はよく見えず、
断崖の上に立っているという雰囲気は無かった。
冬の葉が落ちる季節、風の強い日は怖いかもしれない。

通称は、お御崎さん。
御崎集落にある三つの神社の中で一番奥にあり、
伊笹岬に鎮座しているため、
そう呼ばれるのだろう。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 1:40 PM

久々比神社 (豊岡市)

兵庫県の 久々比神社(豊岡市) を掲載しました。合計2068社。

兵庫県豊岡市にある。
豊岡駅の北東3Kmほどの下宮に鎮座。
円山川を東へ渡り、178号線と312号線が合流するあたり。
少し北へ入った場所に南向きの境内。
境内前には、下ノ宮川が流れ、オレンジ色の欄干の橋を渡る。

鳥居をくぐり参道を進むと、さらに鳥居。
その先に、割拝殿というのか、潜門というのか
そういう建物があり、
その奥が社殿のある境内。

参道正面には、入母屋造りの拝殿。
拝殿の後方に、秀麗な流造の本殿がある。
この本殿は昭和四十六年一月から翌三月までかけて
大掛かりな解体修理が行なわれ、
永正四年(1507)に再建されたものと判明している
中世中期の特色を示すもの。
棟札によって、その後、
元禄十五年(1702)、正徳元年(1711)にも
一部の修理が行なわれたことも。

社号の「久久比」は、「鵠:くぐい」の意味で
コウノトリの古称らしい。
豊岡市は、コウノトリで有名な街なのだ。

創祀年代は不詳。

祭神は、久久比の社号からか、久久遲命とされている。

もとは胸形(宗像)大明神とも称した古社で、
多紀理比売命を祀るという説もある。

また、『日本書紀』垂仁天皇二十三年によると、
垂仁天皇の皇子・誉津別王は、
30歳になっても言葉を喋らなかったが、
ある日、空を飛んでいる鵠を御覧になり、
初めて何物であるかと仰った。

天皇は大いに喜ばれ、天湯河板挙命にこの鵠の捕獲を命じられた。
天湯河板挙命はこれを追い、出雲で捕えたとも
当地、但馬で捕えたとも伝えられ
その功績によって、鳥取造の姓を賜ったという。
その天湯河板挙命を祭神とする説も。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 1:37 PM