志那神社 (草津市)

滋賀県の 志那神社(草津市) を掲載しました。

滋賀県草津市にある。
草津駅の北西5Kmほどの志那町に鎮座。
草津駅から琵琶湖へ向かって進むことになるが、
どの道を通ったのかよく覚えていない。
とりあえず、志那漁港を目指して車を走らせると、
道の北側に参道入口の鳥居が見える。

鳥居の右手には「志那神社」と刻まれた社号標が建っており、
左手には案内板。

鳥居をくぐると、木立の参道が70mほど。
参道突き当りに、白壁に囲まれた境内があり、鉄の扉が付いている。
この扉がいつも開いているのかどうかはわからないが、
参拝した年末休日には開いていて、
境内には一台の軽トラックが停まっており、
迎春準備をしている様子だった。

境内の中央に拝殿があり、境内右手には藤棚がある。
この藤棚の由来は調べていないが、
当地方の神社境内には、よく藤棚がある。

この後参拝した三大神社には「老藤由来記」として
天武天皇の勅により、藤原鎌足の葬られた談峯の藤花に因んで、
藤原氏の隆盛を祈念して、倉橋山の藤を移植したとあり、
当社の前に参拝した惣社神社では「惣社大藤の縁起」として
天武帝の除病延命仏法興隆を祈念して藤が供えられたことに始まるとある。

当社の藤も、天武天皇の頃に起源を持つ藤の一つなのだろうか。

創祀年代は不詳。
社伝によると、当社が式内社・意布伎神社であって
いかなる理由によってか、社号が改称されたという。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 5:28 午後

富知六所浅間神社 (富士市)

静岡県の 富知六所浅間神社(富士市) を掲載しました。

静岡県の富士市にある。
富士駅の北東3Kmほどの浅間本町に鎮座。
東名高速・富士I.C.の南入口に近い場所。

139号線の吉原五丁目交差点から西へ400mほどの位置に参道入口があり、
中学校を越えた辺りから北上すると境内入口の鳥居が建っている。
木々に囲まれた境内で、鳥居をくぐると左手に手水舎、
正面に入母屋造の堂々とした社殿。

参拝は五月の連休前の休日。
街中の神社だが緑が多く、綺麗で気持ちの良い神社。

社殿の右手に、天然記念物の樹高15mの大クスがあるが
途中で二股に分かれていて、コブがあり、
まるで、Vサインのような形が面白い。

通称は、三日市浅間神社。

創祀年代は不詳。
社伝によると、人皇五代孝昭天皇の二年六月の創祀。

崇神天皇が建沼河別命を東国に派遣の際、
建沼河別命が当神社を崇敬したとあり、
平城天皇大同元年五社浅間を勧請するに当り、
五部の大磐若経を納め給いし時に当神社を首座としたとある。

『明治神社誌料』には、
景行天皇の御宇、日本武尊東征の時の勧請とあり、
式内社・富知神社であると記されている。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 2:06 午後

布制神社 (篠ノ井山布施)

長野県にある、布制神社(篠ノ井山布施) を掲載しました。

長野県長野市にある。
篠ノ井駅の北西、道なりに進んで9Kmほどの山布施に鎮座。
86号線をウネウネと上っていくと、道の北側に境内入口がある。

「延喜式内 ■社 布制神社」と刻まれた社号標が建っており
「郷社」の「郷」の字が埋められて消されている。
これは社格廃止に伴う処置で、各地の神社社号標にも見られるもの。
歴史の証なので、消さなくても良いと思うのだが、
神社の潔癖さのあらわれということだろうか。

木製鳥居をくぐると参道。
参道左右には木々が聳え、正面に社殿。
元は萱葺だったと思われる拝殿の後方に、
神明造の本殿が鎮座。
拝殿と比べて、本殿がやや小ぶりなのが印象的。

社殿の左手に、御神木らしき木があり、
その根本に境内社と思われる社殿や石祠があるが、詳細は不明。
『明治神社誌料』には、境内社として金刀比羅の名があるが
この境内社が金刀比羅社だろうか。とにかく未確認。

だが、生き物のように四方に延びた枝を持つ御神木の根元にあり
不思議な雰囲気を醸し出しているのが興味深い。

創祀年代は不詳。

社伝によると、
神護景二年(768)高橋朝臣国是之が、更級郡の大領に任じられ
下総国結城布制郷の人民を従えて当地に移住し、土地を開拓した。
後、宝亀八年(777)布施氏の祖・大彦命を勧請したという。

また『信州宝鑑』には、光仁天皇の御宇(708-782)、
宝祚長久国家安全を祈願して、伊勢神宮の分霊を勧請とある。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 4:31 午後

南洋神社

廃絶神社、南洋神社

現在のパラオ共和国のコロール島にあった。
パラオ共和国は、フィリピンの東にあるミクロネシア地域の複数の島からなる国。
第一次大戦後に、日本の委任統治領となっており
当時の中心地であったコロール島に、昭和十五年に創建された神社。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 8:46 午後

大宮神社 (伊豆大島)

伊豆大島の大宮神社(伊豆大島) を掲載しました。

伊豆大島にある。
大島の西部にあり、大島町役場の南2Kmほどの野増に鎮座。
208号線に面して参道入口があり、
「郷社大宮神社」と刻まれた社号標の横に
参道入口の鳥居が建っている。

参道の長い階段を上ると、もう一つの鳥居があり
さらに参道を進むと、広い場所に出る。
そこに社務所、あるいは参籠所らしき建物があり、
さらに鳥居が建っている。

その鳥居をくぐると、自然石を敷いた参道。
鬱蒼と茂るシイの樹林の中を、緩やかにのぼっていくと
石垣に囲まれた、社殿のある境内に到着する。

社殿は拝殿と、後方に神明造の本殿。
周囲には、小さな石祠が、いくつも祀られていた。

参拝は5月のゴールデンウィーク、新緑の頃。
参道や社殿周囲の樹林は
東京都の天然記念物に指定されているようで、
むせかえるほど濃密な植物の臭いを放っており、
社殿がまるで、ジャングルの中の小屋のような雰囲気だった。

創祀年代は不詳。

『三宅記』に
「三島の神大島に置き給ふ后を羽分の大后と申しける」とある「羽分の大后」は
大島南東部に鎮座する波布比咩命神社に祀られているが、
その「羽分の大后」には二人の王子があったという。

一人は「太郎王子おほい所」、一人は「次郎王子すくない所」。
この「太郎王子おほい所」が当社祭神である阿治古命。
「次郎王子すくない所」が大島北東部にある波知加麻神社の祭神だそうだ。

元は、現社地の東南の山中、三原山旧登山道にあり
三原山砂漠の近くの「阿治古」に鎮座していたが、
度重なる三原山の噴火によって、
室町時代頃、現在地に遷座したと考えられている。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 2:02 午前

平壌神社

廃絶神社、平壌神社

現在の朝鮮民主主義人民共和国の首都・ピョンヤンにあった。
大正二年の創建。
昭和になって、皇太子誕生を記念して社殿一新。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 12:08 午後