荒船山神社里宮 (佐久市)

長野県にある、荒船山神社里宮(佐久市) を掲載しました。

長野県佐久市にある。
長野新幹線・佐久平駅の南東11Kmほどの内山に鎮座。
佐久平駅から南下して小海線の滑津駅と中込駅の中間あたりで
254号線(富岡街道、コスモス街道)に入って東へ4Kmほど進み、
北へ入って集落の奥、車道脇に二基の石灯籠と赤い鳥居が建っている。

鳥居をくぐり100mほど進むと木々に囲まれた清浄な境内。
参道階段を上ると拝殿があり、拝殿の後方、階段の上に三扉の本殿があるが、
これは、正八幡宮の社殿。

荒船山神社は船を逆さにしたような荒船山(1423m)の西麓に鎮座し
荒船山頂の中央部の石祠奥宮に対する里宮にあたる。
長野と群馬の県境にある荒船山を祀る神社で
群馬県側にも別の里宮がある。

昔はもっと東、荒船山に近い場所にあったが
いつの頃かわからないが、『明治神社誌料』によると、
内山の東二里あまりで野火が発生し社殿を焼失。
大間(現在地)の無格社正八幡社境内の素盞鳴社を
遥拝所としたとある。

ということで、正八幡宮本殿右手にある入母屋造の社殿が
現在の荒船山神社里宮の社殿ということになる。
鳥居扁額には「荒船山神社」とあり、
まさに、 庇を貸して母屋を取られる状態になっている。

なお、当社の社号は正式に「荒船山神社」であり
当サイトでも荒船山神社と記すが、
荒船神社とも称される場合があり、地図などにも荒船神社とある。

里宮から荒船山方向へ5Kmの場所、
相立に荒船山の遥拝殿がある。一の鳥居と呼ばれていたようで、
鳥居扁額には「正一位荒船山大明神」と記されている。
里宮からの遥拝殿への神幸が行われ、探湯(くがだち)神事と舞を
荒船山を拝して奉納されているらしい。

境内奥の社殿の後方には扉があって、荒船山を遥拝する造りになっており
磐座が祀られている。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 8:03 午後

和爾坐赤阪比古神社 (天理市)

奈良県にある、和爾坐赤阪比古神社(天理市) を掲載しました。

奈良県天理市にある。
JR桜井線・櫟本駅の東2Kmほどの和爾町に鎮座。
言葉でうまく説明できないが、集落の中、
和邇公民館の横に境内がある。

境内入口は西向きだったような気がする。
参拝は10年近く前なので、間違っているかもしれないが。

境内入口の石の鳥居の右脇には
「式内村社 和爾座赤阪比古神社」と社号標が建っており
鳥居をくぐると正面に瓦葺の拝殿。
拝殿の後方に、赤い鳥居があり、社殿が三つ並んでいる。

中央の社殿は朱の春日造で、当社の本殿。
左手には、ひと回り小さな春日社。
右手にも、さらにひと回り小さな八幡社がある。

参拝はかなり昔で、今ほど撮影に気を使っていなかったので
いつか再訪して撮り直すつもりだったが、
その後、奈良へ行くたびに忘れてしまい
未参拝の神社を優先してしまうので、掲載しておくことにした。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 5:31 午後

荒船神社 里宮 (下仁田町)

群馬県の荒船神社里宮(下仁田町)を掲載しました。

群馬県下仁田町にある。
下仁田町役場から西へ14Kmほどの南野牧に鎮座。
群馬と長野を結ぶ254号線を進み、
南野牧に入って道平川ダムをあたりで、
254号線の一本南の道を進むと集落の西はずれに当社境内。
当社の西には「荒船の湯」という施設がある。

境内入口は南向き。
赤い鳥居の左脇には「荒船神社」と刻まれた社号標。
『平成祭データ』には「荒舩神社」と記されているが
他の資料でも「荒船神社」とある。

鳥居をくぐると、右手に手水舎があり
参道階段を上ると社殿のある境内。
社殿はコンクリート造のようで、屋根は瓦葺。
白い拝殿の後方に、流造の本殿が鎮座。

境内左手には神楽殿があり、
社殿の右手には「社殿復興記念碑」が建っている。

当社は荒船山(1423m)の北東麓に鎮座し
荒船山頂の石祠奥宮に対する里宮にあたる。
長野と群馬の県境にある荒船山を祀る神社だが
長野県側にも別の里宮がある。

長野県をドライブしながら長野県側の里宮・荒船山神社に参拝し、
荒船山の写真を撮影しようと山に近づいたのだが、
なぜか、荒船山周辺にだけ雲がかかり、
山がまったく見えない状態だったので、さらに近づくと雨が降っていた。

予定していなかったが、そのままうっかりと群馬に出てしまったので
せっかくなので群馬側の里宮にも参拝してみた。
ということで、船を逆さにした荒船山の写真は撮影できなかった。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 6:04 午後

高嶋神社遥拝所 (岡山市宮浦)

岡山県の高嶋神社遥拝所(岡山市宮浦)を掲載しました。

岡山県岡山市にある。
岡山駅の南東14Kmほどの宮浦に鎮座。
旭川に沿って南下し新岡山港、児島湾にかかる児島湾大橋を渡る。
宮浦に入って74号線を東へ進むと宮浦マリーナがあるが、
その南東の位置、74号線の南に境内がある。

境内入口は南側にあり、74号線を背にして鎮座。
といっても、当所は児島湾に浮かぶ高嶋に鎮座の高嶋神社の遥拝所なので
本殿は無く、社殿の後方に注連柱が立っているだけ。

以前は海際にあったが
破損が著しく、参拝困難になったため昭和六十三年頃に移転したらしい。

『式内社調査報告』に、式内社・田土浦坐神社の論社として
宮浦鎮座の竹島神社の名が載っており、宮浦をうろうろしている時に見つけた。
この竹島神社とは、高嶋の高嶋宮のことだと思うがどうだろう。

残念ながら高嶋には、船でしか行くことができず
定期便なども出ていないようなので、
当所で、沖の高嶋を遥拝した。

マリーナの脇に波止があり、その先端まで歩いて
可能な限り高嶋に近づいてみた。
青い空と青い海の間にある島はたしかに神々しい雰囲気。
しばらく潮風に吹かれながら眺めていた。

遥拝所の創建に関しては調査していない。

高嶋の高嶋神社は、神武天皇乙卯年三月の創建。
神武天皇が東征の時、当地に行宮を創設したのが始めであるという。

高嶋神社は、『古事記』記載の吉備の高島宮で
『古事記』では八年間、『日本書記』には三年間、神武天皇が滞在したとある。
文部省より、その高嶋宮伝説地として指定されたている。
ただし、候補地は他にも幾つかあるようだ。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 6:06 午後

諏訪神社 (南相木村)

長野県にある、諏訪神社(南相木村) を掲載しました。

長野県南相木村にある。
JR小海線の小海駅から南東に9Kmほどの位置。
山梨、群馬、埼玉にも近い場所。

相木川に沿って走る2号線を進むと小学校があり、
小学校を過ぎたあたり、道がカーブしている場所に境内。
もう少し進むと南相木村役場がある。

境内入口は南東向き。
境内入口には「郷社 諏訪神社」と刻まれた社号標があり
鳥居をくぐると狭い境内。
境内奥に拝殿があり、拝殿扁額には
「正一位諏方大明神」と書かれている。

拝殿の後方には、南相木村指定有形文化財になっている
流造の立派な本殿。
本殿の後ろに、御神木の巨木がある。

この御神木の後方に駐車スペースがあり
そこから相木川へ下りる遊歩道がある。
狭くて急な道を200mほど下ると、「おみかの滝」。
上ん渕、中ん渕、下ん渕と呼ばれる
三段の滝壺から、「御三甕」と呼ばれているのだろう。

参拝当日は小雨だったので、注意しながら遊歩道を下ると
ちょうど中ん渕を見下ろす位置に到着する。
その脇の岩にトンネルが掘られている。
真っ暗な岩のトンネルだが、人が近づけば内部に照明が灯るようになっており
トンネルを進むと、相木川にかかる橋があり、さらに遊歩道が続いているようだ。

そのトンネルの中程に、岩をくりぬいた滝見の穴があり
穴の脇に祠が祀られている。
滝見穴からのぞくと、ちょうど滝の正面からみることができ、
中ん渕と下ん渕が望まれる。
参拝は夏だが、秋の紅葉の季節に来ればもっと美しい眺めかもしれない。

ただし、あまり人が訪れないトンネルのようで
コウモリが舞っていたので、苦手な人は注意した方がいいかもしれない。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 5:56 午後

白鳥神社 (海野宿)

長野県にある、白鳥神社(海野宿) を掲載しました。

長野県東御市にある。
しなの鉄道・大屋駅と田中駅の中間。
東御市の観光地、海野宿にある。
18号線の海野宿入口から千曲川方向へ進むと
当社の社前に到着する。

海野宿は、古代の豪族海野氏の領地に
江戸幕府によって開設された北国街道の宿場町。
当時の本陣跡や明治時代の養蚕業などの建造物が並ぶ町並みが
重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。

境内は海野宿の東端にあり、
社前には道を隔てて千曲川がうねって流れ、河原になっている。
この「白鳥河原」は平家討伐のため木曽義仲が挙兵した地。
平家物語や源平盛衰記に「白鳥河原の勢揃」として記されているらしい。

鳥居をくぐると、正面に拝殿。
拝殿前には、大きな御神木のけやきが聳えている。
拝殿の後方には、流造の本殿。

境内右手には神池があり、
境内左手には、恵比須・大黒の彫刻が置かれている。

当社は、現在の自宅から近い場所にあり、
以前、早朝・夜明けの頃に参拝したのだが、
その時、海野宿の写真を撮っていなかったので、
今回、掲載にあたって追加撮影のため、平日の昼に参拝をやり直し。
早朝で閉まっていた授与所も開いていたので
御朱印もいただいてきた。

創祀年代は不詳。

治承五年(1181)木曽義仲が「白鳥河原」で挙兵したことから
平安時代にはすでに現在の地にあったものと考えられる古社。

主祭神は日本武尊。
第十二代景行天皇の第二皇子・日本武尊は、東征の帰りに
当地、海野郷にご滞在になったと伝えられ、
その後、伊勢の国でお亡くなりになり、白い鳥に化身された。
海野にもこの白い鳥が舞い降り、里人が遺徳を偲んで祠を建てて祀り、
仲哀天皇の二年、勅命により 白鳥大明神と御贈号されたという。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 6:43 午後