妙見社 (妙見寺鎮守)

群馬県の妙見社(妙見寺鎮守)を掲載しました。

群馬県高崎市にある。
前橋駅の西5Kmほど、国分寺跡の近く、引間町に鎮座。
17号線を西へ利根川を渡り、127号線に入って関越自動車道を越えて北上。
染谷川を渡った場所に境内入口がある。

境内入口には、左に「妙見尊」、右に「妙見寺」とあり、
当社境内の西側が妙見社、東側が妙見寺が隣り合わせにある、そんな神社。

参拝は晩秋の午後。境内中央に黄金色に輝くイチョウの木が聳えていた。

妙見社は妙見堂とも呼ばれており、社殿は、お堂のような寄棟造。
背後の本殿は天保十年に再建された入母屋造。
前橋市の総社神社と同じ大工の作であるらしい。

妙見社、および妙見寺の創祀年代は不詳。
霊亀年間から天平年間(715~730)の頃と考えられている。

『式内社調査報告』の式内社・小祝神社の項によると、
上野国神名帳に、「小祝」と称される神社が三社あり、
一つは「従一位小祝大明神」で、高崎市石原町鎮座の式内社・小祝神社。
一つは、「従四位上小祝明神」とある、冷水の石祠である小祝神社。
一つは、「従三位息災寺小祝明神」とある社で、息災寺(現在の妙見寺)の鎮守神であるという。
ということで、当社・妙見社は「息災寺小祝明神」と呼ばれた古社ということになる。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 5:39 午後

中川神社 (中津川市)

岐阜県の中川神社(中津川市) を掲載しました。

岐阜県中津川市にある。
中津川駅の北100mほどの北野町に鎮座。
JR線路のすぐ北側に境内がある。

境内入口は南向き。鳥居の扁額に「中川神社」とある。
鳥居をくぐり長い参道階段を上るともう一つの鳥居。
境内左手に手水舎があり、右手には神楽殿。
正面の階段を上ると、当社の社殿。
境内に「平成の大改修」の石碑が立っており、社殿も比較的新しい印象。

拝殿は銅板葺き。拝殿後方の本殿も銅板葺きで流造。
本殿の周囲の垣が、サッシの枠に透明な合成樹脂で面白い。
本殿の左右に御神木の若い梛の木が植えられている。

社殿の左手に西側参道があり、「御神木(高野槇)120m」との案内。
その案内から、舗装された道ではなく、山道に入って行くと御神木があるのだが、
僕は、うっかり舗装路を進んでしまい迷子になった。
付近の方に、西側から森に入る御神木への道を聞き、なんとか到着。
森の中に秋葉社の石祠があることも教えていただいたので、
迷子になって良かったのかもしれない。

創祀年代は不詳。

手水鉢に白山大権現と刻まれており、江戸時代までは白山社(菊理媛命)と称していた。
相殿に熊野社(伊邪那美命)、富士社(木花咲耶媛命)を祀る。
また、薄野社とも呼ばれていたらしい。

『美濃国内神名帳』に「従四位 中津河明神」とあり、
式内社・中川神社に比定されている古社。
つまり、中津川の中心的な明神ということだろうか。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 9:06 午後

御嶽神社里社本社 (黒沢口)

長野県にある、御嶽神社里社本社(黒沢口) を掲載しました。

長野県の木曽町にある。
中央本線の木曽福島駅から西へ12Kmほどの三岳に鎮座。
木曽福島駅から19号線を南下し、木曽川と王滝川が合流するあたりで西へ。
王滝川に沿って20号線を進むと、木曽町役場の三岳支所があり、
さらに西へ1Kmほど進み、王滝川の支流、西野川を渡ると正面に当社の社域。

道路の北側には「太陽の丘公園」「お祭り広場」などがあり、
入口付近に当社の社務所。広い駐車スペースの奥に木曽御嶽本教総本庁や御祓殿がある。

参拝は十一月二十九日の早朝。車を降りると冷たい空気に身が引き締まる。

境内入口には二基の灯籠が立ち、鳥居の右手に「御嶽神社」と刻まれた社号標。
左手に手水舎があるが、小さな氷柱が出来ていた。
冬には凍ってしまうんだろうな、などと考えながら階段を上ると、社殿のある狭い境内。
拝殿・本殿は神明造。現在の社殿は、明治七年に関東巴講により造営されたもの。

簡素というか、とてもシンプルな境内だった。

当社は御嶽山(3067m)を奉拝する里宮の一つ。

御嶽山への一般的な登山口は、黒沢口と王滝口にあり、
黒沢口側では、御嶽山頂上剣ケ峰の頂上奥社と里社若宮、
そして里社本社である当社の三社を総称して御嶽神社(奥里三社)と呼び、
王滝口側では、王滝口頂上本社と里宮の二社。
だが、他にも別殿や遥拝所など、御嶽山全体に多くの関係社や史跡が点在している。

黒沢口御嶽神社の由緒によると創祀は光仁天皇宝亀五年(774)。
信濃国内に悪疫が流行した際、信濃守石川朝臣望足が御嶽に登山し、
大己貴命、少彦名命の二神を祀り、疫病除祓を祈ったのが起源。

翌年の宝亀六年(775)に黒沢口に当社・里社本社が造営された。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 12:15 午前

御嶽神社里社若宮 (黒沢口)

長野県にある、御嶽神社里社若宮(黒沢口) を掲載しました。

長野県の木曽町にある。
中央本線の木曽福島駅から西へ12Kmほどの三岳三つ屋に鎮座。
木曽福島駅から19号線を南下し、木曽川と王滝川が合流するあたりで西へ。
王滝川に沿って20号線を進むと、木曽町役場の三岳支所があり、
さらに700mほど進むと、「御嶽神社」と刻まれた社号標の立つ当社の参道入口。
そこから車道を上って行くと、当社境内の入口に到着する。

ただし、その入口は裏口になるようで、境内に入ると社殿の後方。
正面から参拝したかったので、社殿の横を通過して東側の参道を少し戻り参拝開始。
11月の晩秋の早朝、桧の林の中を歩くと、昇ったばかりの朝日が差し込んで気持ち良い。
当地はブッポウソウの繁殖地らしいので、上を眺めながら歩くが見当たらず。
社殿の前に到着。大きな拝殿のような神楽殿のような社殿の後方に、
拝殿があり、「御嶽神社」の扁額が掲げられている。
拝殿の後方には幣殿と流造の本殿。

境内の左手に祖霊殿があり、右手に土俵。
本殿の左手には境内社の豊受社、長田社、諏訪社、

長野県に引っ越してきた頃から、いつかは御嶽山に登ってみたいと考えていたが、
いつになるかわからないので、まず里宮をと、参拝してみた。
とにかく広く清々しい林の中の境内で、とても気持ちの良い神社だった。

当社は御嶽山(3067m)を奉拝する里宮の一つ。

御嶽山への一般的な登山口は、黒沢口と王滝口にあり、
黒沢口側では、御嶽山頂上剣ケ峰の頂上奥社と里社本社、
そして里社若宮である当社の三社を総称して御嶽神社(奥里三社)と呼び、
王滝口側では、王滝口頂上本社と里宮の二社。
だが、他にも別殿や遥拝所など、御嶽山全体に多くの関係社や史跡が点在している。

黒沢口御嶽神社の由緒によると創祀は光仁天皇宝亀五年(774)。
信濃国内に悪疫が流行した際、信濃守石川朝臣望足が御嶽に登山し、
大己貴命、少彦名命の二神を祀り、疫病除祓を祈ったのが起源。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 4:10 午後

坂本神社諏訪社 (中津川市)

岐阜県の坂本神社諏訪社(中津川市) を掲載しました。

岐阜県中津川市にある。
美乃坂本駅の南、直線距離で2.5Kmほどの茄子川字津戸井に鎮座。
19号線から北へ入った場所、東へ行くと中津川公園がある。

参道の入口は北向き。
大きな鳥居が立っており、鳥居の奥は木立の参道。
参道を抜けると小さな橋。橋を渡った森が当社の境内。
境内入口に鳥居が立ち、鳥居の脇には
「式内坂本神社」「坂本天満宮」と記された社号標がある。
鳥居扁額にも「坂本神社」とあるが、
当社の正式名は諏訪神社。ただし、境内入口の由緒石碑などには
「坂本神社諏訪社」とあるので、当サイトでも坂本神社諏訪社としておく。

境内入口の鳥居をくぐり参道を進むと、もう一つの鳥居。
さらに進むと直会殿があり、直会殿の前から左手に参道階段を登って行く。
階段上には神楽殿があり、さらに階段を上った場所に当社の社殿が並んでいる。
つまり、社殿の向きは西向きなのだ。
拝殿は壁の無い形式で、拝殿の奥に流造の本殿がある。

参拝は晩秋の朝。
枯葉の散った境内は茶色くて美しい。
境内には何本もの立派な御神木があり、根元の苔も美しい。

社伝によると、文武二年(698)の創祀。
当時は豊城入彦命を祭神とする坂本神社として、
現在地の北1Kmほどの深沢に鎮座していたという。

延喜式にも記載される大社であったが、
延文二年(1357)三月野火のために焼失し、現在地に遷座。
建御名方神外二柱を奉斎し、江戸時代の延宝・慶長以降修復を加へて
諏訪神社と称するようになったという。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 7:26 午後

春日神社 (砺波市高波)

富山県にある、春日神社(砺波市高波) を掲載しました。

富山県砺波市にある。
JR城端線・砺波駅の北西5Kmほどの高波に鎮座。
48号線に面して北北西向きに境内入口がある。

鳥居の左脇に「春日神社」と刻まれた社号標。
鳥居をくぐると、左手に東宮森公民館。
境内は、雑草が刈り取られ、参道には花が植えられており、
地域の方々によって、綺麗に維持されている神社だとわかる。

拝殿は瓦葺入母屋造。後方の本殿は覆屋の中。
拝殿の前面に鉄の門扉が設置されており、輪宝紋が付けられていた。
拝殿屋根の上部にも輪宝紋があり、当社の神紋だと思う。

参拝は晩秋の日の午後。夕方近く。
社殿にオレンジ色の夕陽があたっていた。

創祀年代、由緒は不詳。
『式内社調査報告』に、式内社・長岡神社の論社として宮森の社が挙げられており、
東宮森の春日社か、西宮森の八幡社の何れかを長岡神社とする説があるらしく、
この「東宮森の春日社」が当社のことだと思う。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 1:11 午前