子松神社 (田村市)

福島県にある 子松神社(田村市) を掲載しました。

福島県田村市にある。
磐越東線・船引駅の東8Kmほどの町常葉中町に鎮座。
288号線から少し南へ入った場所。
田村市役所常葉行政局(旧常葉町役場?)の西に、
道を隔てて東向きの境内がある。

境内入口に「延喜式内郷社子松神社」と刻まれた社号標。
数段の階段を上ると鳥居があり、
参道の右手に手水舎。左手に縁起石碑。
石造の鳥居の後ろに木製の鳥居が立っている。

鳥居をくぐり参道階段を上ると社殿のある境内。
東日本大震災の影響か、参道や境内の灯籠が数基倒れていた。
また、境内右手にある神楽殿の基礎の石組も崩壊していた。

拝殿は入母屋造。拝殿後方に本殿覆屋があり
内部を確認できなかったが、本殿は流造らしい。

参拝は大震災から3カ月経過した2011年6月始め。
いわき市から北上して午後に到着。
参道を進むと、ちょうど西日に向かう形になった。

社伝によると、
桓武天皇の御宇延暦二十年(801)、
坂上田村麻呂が夷賊(悪路王?)討伐のため、祇園社にて祈願し、
無事、天嶽根山にて賊を平定した後、祇園社の加護に感謝し
麓に神殿を設けて素盞鳴尊を祀ったのが創祀。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 6:44 午後

三島神社 (下田市柿崎)

静岡県の三島神社(下田市柿崎)を掲載しました。

静岡県下田市にある。
伊豆急下田駅の東2Kmほどの柿崎に鎮座。
135号線を東へ進み、柿崎の交差点から南東へ200m。
下田港沿いの道路に面して南西向きに境内入口がある。

鳥居をくぐり参道を進むと
境内左手に柿崎公民館があり、正面に社殿。
参拝は正月だったためか、境内には提灯がぶら下がっていた。

拝殿の後方に本殿覆屋があり、
覆屋の中に流造の本殿と、一回り小さい境内社がある。

境内左手に厄神社があり、
その後方の崖が、ちょっと味のある岩。
岩の麓に小さな赤い小祠があるが、
稲荷社だろうか。

当社に関する創祀年代や由緒は調べていない。

『式内社調査報告』の記述によると、
当社に、式内社・多祁富許都久和氣命神社に比定された
旧無格社・武峯神社が合祀されているらしい。

武峯神社は、寝姿山の南にある武山に鎮座していたらしいが
明治十七年暴風により社殿が倒壊し、
さらに大正五年の下田火災によって所在不明となったようだ。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 8:38 午後

飛鳥田神社 (伏見区下鳥羽)

京都府の 飛鳥田神社(伏見区下鳥羽) を掲載。


京都府京都市の伏見区にある。
名神高速の京都南I.C.の南1Kmほどの下鳥羽城ノ越町に鎮座。
京阪国道の西側に少し入った場所。
城ノ越公園の北にあるマンションの駐車場に小さな境内。

境内周囲は生垣に覆われ、西側に入口がある。
入口は西側だが、境内の鳥居や社殿は南向き。

狭い境内に社殿が一つと灯籠が立っている
鳥居や社殿の扁額には「飛鳥田神社」となっているが
灯籠には「安須加多神」と刻まれている。

竹田駅から城南宮を経由して、当社まで歩いてきた。
予定では、もっと南まで歩くつもりだったが
前日、歩き回って足を痛めたようで、
しばらく公園で休んだが復帰せず、
仕方がないので戻ることにしたが、
バスがなかなか来なくて、結局伏見駅まで歩いた。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 8:21 午後

薭田神社 (大田区)

東京の薭田神社(大田区) を掲載しました。

東京都大田区にある。
京急蒲田駅から北へ500mほどの位置に東向きに鎮座。
京急蒲田駅の西側に蒲田八幡神社があるが、
そこからほぼまっすぐに北へ進むと当社境内に突き当たる。

境内入口に「延喜式内薭田神社」と刻まれた社号標。
東向きなので、午後の参拝だと逆光になってしまう。

鳥居をくぐり参道を進むと、左手に社務所、正面に社殿。
拝殿は入母屋造。拝殿の後方に幣殿と、流造の本殿。
社殿はいずれもコンクリート造のようだ。

周囲はお寺と住宅地で、静かな境内。
社殿の左手に桜などが植えられ綺麗な花が咲いていた。

参拝後、社務所で御朱印をお願いすると
京急蒲田駅前の蒲田八幡神社でいただけると教えていただいた。
京急蒲田駅から狭い路地を勘を頼りに当社に来たので
戻る道に自信がなく、蒲田八幡神社までの道も教えていただいた。

社号は「薭田神社」。
ブラウザによっては表示されない漢字かもしれないが、
草冠の下に稗という字だ。

創祀年代は不詳。
式内社・薭田神社に比定される古社で、
薭田は蒲田の古字(あるいは誤字)と考えられている。
つまり現在は蒲田神社が正しいということだろうか。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 12:26 午前

蒲田八幡神社 (大田区)

東京の蒲田八幡神社(大田区) を掲載しました。

東京都大田区にある。
京急蒲田駅の西側数十mの場所に鎮座。
正式名は「八幡神社」らしいが、
蒲田にあるので、通称、蒲田八幡神社。

境内入口は南側。
生垣の奥に赤い鳥居があり、参道が北に延びている。
参道右手に神輿庫らしき車庫のような建物があり
氏子の町内会や自治会の名前が付いていた。

参道の左手には、東向きに満願火伏稲荷神社が鎮座。

参道をまっすぐ進むとコンクリート造の社殿。
拝殿の後方に、二つの屋根を前後に並べた八幡造の本殿があり
本殿の右手に、天照皇大神と日本武尊を祀る天祖神社。

以前、羽田から早朝の飛行機に乗るため蒲田のホテルに泊まり
日の出の頃に参拝したことがある。
それほど広い境内ではないが、
町の中の綺麗な神社という雰囲気。
商店街なども近いので、大事にされているような感じだ。

社伝によると、慶長五年(1600)の創祀。
豊前国宇佐八幡宮から勧請された神社だが
境内に小円墳などがあり、古くから開かれた蒲田の地で
なんらかの聖地であったと思われる。

慶長五年(一説には平安の頃)の新宿分村に際し、
薭田神社に納められていた神体像三体の中から
春日の像を移し、神体として鎮祭したという。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 12:25 午前

矢彦神社 (辰野町)

長野県にある、矢彦神社(辰野町) を掲載しました。

長野県辰野町にある。
中央本線・小野駅の北800mほどの小野に鎮座。
153号線(三州街道)に面して南東向きの境内入口がある。
当社境内の北には小野神社が鎮座。
小野神社と矢彦神社が、同じ規模の境内で並んでいる
というより、両社の間に垣や塀などはなく、社地境界標の石柱のみ。
通称を「頼母の森」「憑の里」と呼ばれる、一つの境内に
並んで鎮座しているような状態が面白い。
昔は両社合わせて「小野南北大明神」とも称されていた。

「憑の里」は「たのめのさと」と読み、万葉集にも
「信濃なる伊那の郡のおもふにも たれか憑の里といふらん」
と歌われた有名な地らしい。

当社は辰野町に鎮座しているが境内周囲は塩尻市。
天正十九年(1591)、松本領と飯田領の間で領地争いが起こり
小野盆地は、北小野と南小野に分割された。
小野・矢彦両社の鎮座する森は、北小野(現塩尻市)地籍となり
境内は南北に分断され、当社矢彦神社は南小野の飛び地となったという。

鳥居をくぐり参道を進むと、正面に神楽殿。
神楽殿の後方に勅使殿があり、その奥に拝殿。
拝殿の左右に回廊があり、垣に囲まれて本殿などがある。

本殿などの社殿は、正殿、副殿、南殿、北殿、明治宮とあるらしいが
垣に囲まれてよくわからなかった。
拝殿の格子からのぞいてみると、正面に四棟並んだ社殿があり
その後方に幾つかの社殿がある様子。
前方の四棟並んだ祠は境内社だろうか。

拝殿、左右回廊、神楽殿、勅使殿の五棟が県宝に指定されている。

創祀年代は不詳。
社伝によると、
日本武尊東征のおりの行在の地であり、
延暦年間、坂上田村麻呂東北征伐の際にも戦勝祈願したという。

小野神社と共に信濃国二之宮として尊崇された神社で、
当地開国の四神を祀り、本郡五十四カ村の総鎮守。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 12:29 午前