兄子神社 (越前市)

福井県の 兄子神社(越前市) を掲載しました。合計2216社。

福井県越前市にある。
武生駅から西へ15Kmほどの安戸町に鎮座。
19号線を西へ12Kmほど進み、
3号線を南下して1.5Kmほどの地点から。
西へ300mほど進むと、
道の北側、民家の間に
「式内 兄子神社」と刻まれた社号標が、
ポツンと立っている。

社号標から、緩やかな参道の階段を上ると鳥居。
鳥居からさらに参道を登ると境内がある。

雑草等が綺麗に刈り取られているせいか
あっさりとした印象の境内。
社殿もあっさりとして、
拝殿の後方に、本殿の覆屋がある。
『福井県神社誌』によると、中の本殿は切妻造らしい。

当社の社号「兄子」の読み方は
『福井県神社誌』によると「えこ」。
他の資料では「あにこ」「せこ」などの読みがある。

創祀年代は不詳。由緒も不詳。

式内社・兄子神社の論社の一つで
祭神は穴穂尊(安康天皇)。
穴穂尊を主祭神としている神社は珍しく
『平成祭データ』によると
全国に三社(千葉、福井、岡山)しか見当らない。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 12:02 午前

大虫神社 (越前市)

福井県の 大虫神社(越前市) を掲載しました。合計2215社。

福井県越前市にある。
武生駅の西4Kmほどの大虫町に鎮座。
365号線から190号線へと、
とにかく西へ真っ直ぐ進むと、当社参道入口に到着。

参道入口には大鳥居が建っており
大鳥居をくぐって、参道を北上すると、もう一つの鳥居。
さらに参道を進み、大虫川にかかる神橋を渡ると
垣に囲まれた境内がある。

境内入口の鳥居の右脇には
「縣社 式内名神大社 大虫神社」と刻まれた社号標。
鳥居をくぐると正面に社殿がある。

社殿は、拝殿の後方に流造の大きな本殿。
本殿の左右に、外側から見ると白壁の塀があるのだが
その内側には四十八の扉があり、四十八社の末社が祀られている。

境内の左手に、大岩神社という境内社。
「お岩神」と呼ばれる大きな岩が祀られている。
案内によると、大岩神社は当社の奥社あたるらしい。
伝承によると、この岩は自ら動いて山を上り下りするとか。

その岩の左手には池があり、「石神の湧水」という御神水をひいている。

本殿の背後に廻ると、収蔵殿。
本殿に安置されていた御神像を納めている。
普通、収蔵庫や宝物殿は境内の横にあるものだが
御神像を納めているのなら、本殿の後が相応しい。

社伝によると、国開闢の神として
丹生嶽(鬼ケ岳533m)に鎮座せしを
崇神天皇七年に社地を定め、大蒸大神と称えた。
垂仁天皇二十六年、国中に蝗(イナゴ)が蔓延したため
この神に祈願したところ、悉く退滅し五穀豊作した。
そお神徳を尊み、今の宮地に遷して
虫除守護の神として大虫神社と称えたという。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 3:35 午前

鷲頭神社 (沼津市)

静岡県の鷲頭神社(沼津市) を掲載しました。合計2214社。

静岡県沼津市にある。
沼津駅の南東5Kmほどの大平に鎮座。
狩野川の南側、大平集落にある小山(天満山)山頂に境内がある。

参拝は、年末十二月三十日の朝、日の出の頃。
参道を南に進むと、朝日を浴びた鳥居が見える。
鳥居をくぐり参道階段を上ると、平坦な境内。
公園のように整備されている。

境内奥に社殿。
拝殿は、通常の神社拝殿と雰囲気が違い
前面をトタンで覆っていて良くわからないが、
屋台のような舞殿のような、そんな感じ。
その拝殿の後方、石積みの上に木造本殿が鎮座。
屋根の形状は、流造というより
神明造の前方に庇を付けた形式。

山頂周囲は木々で囲まれているが
少し疎らになっており、
朝日が差し込んで、冬なのだが暖かく
気持ちの良い境内だった。

社伝によると
文明元年(1469)、伊予の金刀比羅神社からの勧請という。

はじめは、鷲頭山山頂に鎮座していたが
しばしば山焼き等により延焼。
明治になって、現在地(天満山)へ遷座。
その際、天満山に鎮座していた天神社や
周辺の神社を合祀した。

当社の南西にある古社地・鷲頭山頂(392m)には、
当社の奥宮が鎮座しているらしい。
登ろうかとも思ったが、沼津には神社が多いので
他の神社の参拝を選択した。
が、せっかくなので登っておけば良かったと
いまさらながら、後悔している。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 10:07 午後

大朝神社 (沼津市)

静岡県の大朝神社(沼津市) を掲載しました。合計2213社。

静岡県沼津市にある。
沼津駅の南3Kmほど、下香貫に鎮座。
牛が伏せたような形の牛臥山(50m)の東麓に境内がある。

境内入口は東側。
「延喜式内 大朝神社」と刻まれた社号標があり
垣に囲まれた境内に入ると、石の鳥居が建っている。

参拝日は、年末十二月三十日の朝。
境内では、氏子の方々が年始準備の清掃中だった。
枯れ枝を集めて焼いていたが、
立ち昇る煙が朝日でオレンジ色だったのが印象的。
「大朝」の名に相応しい、などと考えながら、
邪魔になら無いように参拝。

境内奥の階段を上ると社殿。
社殿はコンクリート造で、拝殿と本殿覆屋が繋がっている形式。
多分、このコンクリートの中に、本殿があるのだろうが
確認していない。
周りで氏子の方々が清掃していたので、ちょっと遠慮。

創祀年代は不詳。
式内社・大朝神社の論社の一つ。

当社は古来、山宮と称されており、
牛臥山は山宮山とも呼ばれ、鎮座地の字名も山宮前。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 8:27 午後

養父神社 (養父市)

兵庫県の 養父神社(養父市) を掲載しました。合計2212社。

兵庫県養父市にある。
養父駅の北西1.5Kmほどの養父市場に鎮座。
円山川の南側、JR線路の脇を走る狭い道に境内入口がある。

参拝当日、社前の駐車場にパトカーが停まっていた。
なにか事件でもあったのかと思ったが、
社前の狭い道が、抜け道になっているようで、
速度違反の取締りをしていたようだ。

階段を上ると鳥居。
丁度、昼時の参拝だったため、
北面する鳥居の真上に太陽が昇っており
鳥居を見上げると、ムチャクチャ眩しかった。
太陽に向かって参道の階段を登ると神門。
神門をくぐると境内。

正面に社殿があり、
拝殿の後方、垣の中に立派な入母屋造の本殿がある。
拝殿の扁額には「山野口大明神 養父大明神」の名が記されていた。

創祀年代は不詳だが、
社伝によると崇神天皇三十年の鎮座。

仁明天皇承和十二年従五位下の神階を授けられ
清和天皇貞観十一年正五位下、同十六年正五位上に叙された神社。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 5:11 午後

須義神社 (出石町)

兵庫県の 須義神社(出石町) を掲載しました。合計2211社。

兵庫県豊岡市にある。
出石町から八鹿町へ向かう2号線の北側、
426号線から西へ2Kmほどの出石町荒木に鎮座。
2号線と菅川が交差する場所の近くに、
参道入口があり、社号標と大きな木が目印。

参道入口を北へ進むと、鳥居が建ち、
さらに進むと階段。
階段を登ると、社殿のある境内がある。

社殿は、拝殿と本殿覆屋。
覆屋の中には流造の本殿があるが、
覆屋の下からのぞいても良く見えなかった。

境内の左手に、少し下る階段があるが
階段の下は、何も無い空き地。
以前は、何かの建物があったような雰囲気だが
詳細は不明。

社伝によると、応神天皇四十年の創祀。
一説に、神功皇后が熊襲征討のため
出石神社に戦勝祈願をした時。

式内社・須義神社に比定されている古社で、
『三代実録』に、貞観十年十二月二十一日に
正六位上から従五位下に昇進した「菅神」が当社。
吉野朝時代、当社付近を菅庄と称し、
八幡宮領となり、八幡神を併せ祀ったという。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 12:43 午後