隠津島神社 (木幡山)

福島県にある 隠津島神社(木幡山) を掲載しました。合計2121社。

福島県二本松市にある。
東北本線・安達駅の東12Kmほどにある木幡山の中腹に鎮座。
というより、木幡山全域が当社の神域。

木幡山の東にある、349号線から西へ登る車道を進むと
当社駐車場に到着するが、
当社の表参道は木幡山の西側を走る117号線(二本松川俣線)から入る道。

参拝は夏休みの初日。
宮城へ向かう途中に福島周辺を回る予定の最初に参拝。

いつも、神社参拝旅行の最初の神社と
最後の神社への参拝は、ちょっと特別な感じがする。
どの神社を最初にするか、最後にするかは
単にルート設定上での偶然に過ぎないのだが。

特に最初に参拝する神社へは期待が大きいのだが
当社は、その期待以上に良い雰囲気の神社。
境内も広大で、木々も豊富。
一日ゆっくりと時間を過ごしたい場所だが、
「最初」の神社なので、ゆっくりと過ごすことはできなかった。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 2:06 午後

内宮 (岡山市)

岡山県の内宮(岡山市)を掲載しました。合計2120社。

岡山県岡山市にある。
岡山駅の南東3Kmほどの浜野に鎮座。
旭川の西側を走る道の側に境内がある。

境内入口は東向き。
製紙工場の横に鳥居が建ち、
数十mの参道が西へ延びている。
鳥居の右手には
「伊勢皇大神宮御聖跡 内宮」と書かれた案内。
参道の先にある神門の額には「内宮」と書かれている。

神門をくぐると境内。
参拝日は、曇天の正月二日。
どんよりとして空で、境内もやや暗め。

境内左手に授与所があり、御守り等を売っている。
参拝終了後に御朱印をいただこうと思っていたが、
参拝している間に忘れてしまい、御朱印はなし。
以前は、御朱印目当てに参拝することも多かったが、
早朝日出前(つまり社務所が開く前)の
参拝を好むようになってから、
御朱印に対する執着が薄れてきたようだ。
ということで、御朱印を
いただく/いただかない/いただけない
は、運というか縁なのだ。と思う。

境内の奥には拝殿があり
拝殿の前には百度石が二つ立っている。
拝殿の後方には神明造の本殿がある。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 12:19 午後

杜内神社 (養父市)

兵庫県の 杜内神社(養父市) を掲載しました。合計2119社。

兵庫県の養父市にある。
山陰本線・八鹿駅の南13Kmほどの森に鎮座。
八鹿駅から円山川の沿って南下し、
大屋川に沿って南西へ。
さらに建屋川に沿って70号線を5Kmほど南下。
そこから建屋川の支流に沿って
大屋町方向へ抜ける279号線を西へ300mほど。
道の北側、川の向こうに丸い土地が見えてくるが
そこが社域。

神橋を渡ると鳥居が建っており
境内の奥(北側)の高い場所に社殿が並んでいる。

階段を登ると正面に拝殿。
拝殿の後方には、覆屋に納まった本殿がある。

創祀年代は不詳。
一説には、聖武天皇天平二年の創祀という。

式内社・社内神社に比定されている古社。
延喜式にのみ「社内」と記されているが
他の資料には、すべて「杜内」となっている。

祭神は、杜内大明神だが、
ようするに祭神不詳。
「但馬式社考」には多遅摩毛理命・浅尾大明神とあり、
「養父郡神名帳」には大碓命(杜公の祖)とある。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 8:40 午後

紀倍神社 (春江町)

福井県の 紀倍神社(春江町) を掲載しました。合計2118社。

福井県春江町にある。
北陸本線・丸岡駅の西7Kmの木部西方寺に鎮座。
九頭竜川河口部から8Kmほど遡った場所で、
九頭竜川の東岸。

参道入口は南側。
実際は、社前を道路が走っており
長い参道を通らなくても参拝は出来るのだが、
せっかくなので参道入口から参拝を開始。

鷲排水路あたりに鳥居が建っており、
200mほどの長い参道が北へ延びている。
この辺りの地図を見ると排水路などが多いのが特徴だ。

で、この長い参道は、「西方寺城馬場通り」といい
もとは西方城の馬場であったらしい。
紀倍西方寺城は、新田義貞に従って鎌倉攻めで軍功をあげた
由良越前守光氏の居城だったらしい。

参道を進むと境内入口。
入口の左手には「式内 紀倍神社」と刻まれた社号標。
境内は明るく広いが、まず目に付くのは
社殿前の「オニヒバ」の巨木。

式内社・紀倍神社の論社の一つ。

創祀年代に関しては、
十九世紀初頭までは、一條天皇の寛弘年中とされていたが
現在は延暦の頃という。

当時、この辺りが湖沼地帯であり、
芦が茂り、水鬼が出没。
勅命により、芦原を拓き、七堂伽藍を建立して
山城国加茂宮より勧請し、祈願所とした。

その後、政道坊と名乗る僧侶が
水鬼を龍剣で退治し、鬼の胴を境内に埋め、
その上にヒバを一対植えたという。
ゆえに、境内のヒバをオニヒバという。

そのオニヒバは、天正三年、織田信長の兵火にかかり焼失。
そのあとに植えたのが、現在のオニヒバらしい。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 9:06 午後

石部神社 (出石町)

兵庫県の 石部神社(出石町) を掲載しました。合計2117社。

兵庫県の豊岡市出石町にある。
出石城跡の東700mほどの出石町下谷に鎮座。
谷山川に沿って東西に走る、253号線の北側に境内がある。
狭い253号線に面しており、境内の向きは南向き。
西隣には高校、谷山川を挟んで南には吉祥寺がある。

境内入口の右には「式内 石部神社」、
左に「皇大神宮」と刻まれた社号標が建っている。

参道を進むと、意外と広い境内。
御神木の大きな欅の樹が聳えている。
案内板によると樹高30mらしい。

境内北側の高い位置に三つの社殿が並んでいる。
参道正面の社殿は、当社の社殿。
拝殿の扁額には「礒部大明神」と書かれている。
拝殿の後方には、春日造のような本殿がある。

左手にある同じ規模の社殿は、皇大神宮のもの。
よく読めない扁額は、たぶん「神明宮」と書かれている。
その右横には、「多茂宮」「稲荷宮」という
縦書きの扁額があるが、これらは合祀された神社のものだろう。
皇大神宮と当社の間には、小振りの祠。
天満宮のものだろう。

出石町は、出石藩の城下町だが、出石そばでも有名な町。
出石町の神社参拝のあと、
そばでも食べようかと考えていたが
参拝途中に、そのことを忘れてしまい。
結局、食べていない。残念。

出石そばは、宝永三年(1706)、
信州上田から国替えになった仙石氏が
そば職人を連れてきたことにはじまると言う。
上田市に住んでいる僕としては
どんなそばか興味があったのだが。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 8:25 午後

軽野神社 (伊豆市)

静岡県の軽野神社(伊豆市) を掲載しました。合計2116社。

静岡県伊豆市にある。
伊豆半島の中央部のちょっと北。
伊豆箱根鉄道・修善寺駅の南西4Kmほどの松ケ瀬に鎮座。
狩野川の西側、136号線(天城街道)の側に境内があるが
道路を走っていても境内は見えない。

136号線から少し東、川の方へ入ると
松ケ瀬多目的集会場があるが、その正面に境内。
つまり、136号線と狩野川の間にある丘(石山)を背にして
狩野川へ面して境内がある。

参拝は、大晦日の朝。
東に流れる狩野川に面した境内は
朝日を浴びて光っていた。

境内の西側に大きな社殿があり
後方に神明造の本殿がある。
正確にはわからないが、社殿は北東向きだろうか。

創祀年代は不詳。

当社は、狩野郷全体の総鎮守であり
式内社・輕野神社に比定されている古社。

古来、笠離明神とも笠卸(はずし)明神とも称され
社前を通る人々は、神威を恐れて
笠をはずして通っていたという。

『日本書紀』に、
応神天皇五年(274)十月、
伊豆国に命じて船を造らせた。
長さ十丈の船が出来た。
試しに海に浮かべてみると、
軽くて、走るように進んで行く。
よって、その船を「枯野」と名付けたとある。

当社は狩野川流域に豊富にある
良質の船材・楠の集積地であり、
「枯野」を造った時も当社の神前で祭祀を行ったという。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 9:50 午後