伊伎神社 (三国町)

福井県の 伊伎神社(三国町) を掲載しました。合計2182社。

福井県坂井市にある。
えちぜん鉄道・あわら湯のまち駅の北西2Kmほどの三国町池上に鎮座。
地図を見て気付いたが、三国競艇場のすぐ北にある。

境内入口は南東向き。
鳥居の脇に、「式内 伊伎神社」と刻まれた社号標があり
鳥居をくぐり階段を登ると境内。

境内の左手に広い場所があったが
ゲートボール場だったか広場だったか、記憶は曖昧。
とにかく、その広場と境内の間に
土が盛られた感じの土手があり、
大きな木が聳えていたのだけは覚えている。

境内、参道の正面に、ガラスの雪除けのある
千鳥破風付きの立派な拝殿。
その後方に、入母屋造りの本殿が基礎の上に載せられている。

参拝は五月の連休の午後。
天気の良い晴天の下で参拝。

宝亀六年(775)の創祀と伝えられる古社。

創建当初は壮大であったが、
保元平治の乱により衰微し、以後栄枯盛衰を繰り返した。

元は白山神社と称しており、
境内に日本武尊・男大迹天皇・安閑天皇を祭神とする
伊伎神社が存在していたといい、
この境内社が、たぶん式内社・伊伎神社の論社。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 9:30 午後

面沼神社 (新温泉町)

兵庫県の 面沼神社(新温泉町) を掲載しました。合計2181社。

兵庫県の新温泉町にある。
JR浜坂駅の南東5Kmほどの竹田に鎮座。
岸田川に沿って47号線を南下し、
9号線と合流する地点。
岸田川にかかる出会い橋の北に境内がある。

9号線から北へ入ると、山の南麓に鳥居が見える。
参道を進み、小川にかかる橋を渡ると境内。
鳥居前には「式内社 郷社 面沼神社」と刻まれた
新しい社号標が建っている。

神社社格制度が廃止されたため、
通常、神社境内入口にある社号標は
「村社」「郷社」などの旧社格は刻まないか
昔の痕跡を消していることが多いのだが。

鳥居をくぐると階段上に社殿。
拝殿の後方に覆屋に納まった本殿がある。

創祀年代は不詳。
式内社・面沼神社に比定されており、
二方郡の総社であった古社。

鎮座地の字は、米持(めじ)といい、
当社の鎮座する山麓の丘は面治山と呼ばれており、
当社も、米持大明神とも、面治(めじ)大明神とも称していた。

境内左手には、「めぬ池」るいは「茗荷池」と呼ばれる小さな池。
毎年、陰暦正月七日辰の刻、
この池の中にある小島に茗荷が三茎生えるといい、
これを摘んで、神前に供え、
その後、庶民に拝観させる古式があったようで
当社の通称は、「茗荷さん」。
その茗荷の色で、その年の豊作を占ったそうで
当日は女人の参拝は禁止されていたという。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 12:04 午前

久刀寸兵主神社 (豊岡市)

兵庫県の 久刀寸兵主神社(豊岡市) を掲載しました。合計2180社。

兵庫県豊岡市にある。
江原駅の西2Kmほどの日高町久斗に鎮座。
482号線の久斗トンネルの南に境内がある。
地図を見ると、社前を東西に走る道路が
本来の482号線だったのかもしれない。
住宅も多く、生活道路らしき雰囲気がある。

その道路に面して、南向きに境内入口がある。
鳥居の左側には「八幡神社」と刻まれた社号標。
右側には「式内 久刀寸兵主神社」と刻まれた社号標。

「久刀寸兵主」は、
『平成祭データ』には「くとすひょうず」と記されているが
『兵庫縣神社誌』には「クドワヒャウズ」となっている。
延喜式に「久刀寸兵主神社」と記載されているのだが
鎮座地名も久斗村であり、
この「寸」は、「村」の略字という説があり、
「す」と読むべきではないのかもしれない。

鳥居をくぐると、正面奥(北側)に美しい社殿がある。

参拝日は、朝からの雨で、写真が暗めなのが残念。

社伝によると、孝徳天皇大化三年、
気多郡の軍団に兵庫を設け、
その鎮守として祀られたという。

式内社・久刀寸兵主神社に比定されている古社で
中古以来鳴瀧大明神と称していた。

祭神は、素盞嗚尊とするもの
大国主命とするものなど、諸説ある。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 9:42 午後

八幡神社 (東河原)

福井県の 八幡神社(東河原) を掲載しました。合計2179社。

福井県福井市にある。
JR越美北線・美山駅の南5kmほどの東河原町に鎮座。
足羽川に沿って、2号線を南下し、
476号線との分岐点(河原)あたりで
足羽川(池田川)の東の道を南下する。

民家の横に、参道入口があり、
参道を(東へ)進むと、
扁額に「八幡神社」と刻まれた鳥居が建っている。

鳥居をくぐり参道を進むと正面に社域の林。
林に入ると灯籠が建っており、境内だとわかる。
境内に入った正面には、
石組の上に置かれた石塔がある。
社殿は、境内右手にある階段の上。
階段を登ると、正面に拝殿らしき社殿があり、
後方に社殿があるのだが、
後方にも拝殿らしき社殿と本殿がある。

社殿の側面は、雪囲いの板で覆われているが、
下からのぞくと、「式内 樺神社」と書かれた扁額がある。

社殿はすべて板で覆われており、
周囲の地面と同化して、褐色一色の境内だった。

創祀年代は不詳。

式内社・椛神社の論社の一つ。

『越前国名蹟考』には、
「足羽川は今立郡では池田川と謂い、
角間、魚見、水海、広瀬、樺原、品長瀬を経て
足羽の東郷に至る」とあり
鎮座地名・河原(こうばら)は、
樺・椛(かば)からの転訛であると考えられている。

また、明治初期まで、境内には大きな樺の木が聳えていたという。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 5:49 午後

樺八幡神社 (中手町)

福井県の 樺八幡神社(中手町) を掲載しました。合計2178社。

福井県福井市にある。
九頭竜線・越前大宮駅の南4kmほどの中手町に鎮座。
476号線から少し南へ入った場所にあり
上味見川に野津又川が合流する地点の近くに境内がある。
境内側を流れる上味見川は、
当社に因んで、御手洗川とも櫻川とも呼ぶらしい。

境内入口に高い木が聳え、木々の中に鳥居がある。
鳥居をくぐると境内。

鳥居扁額には「八幡宮」とあり、
境内の社号標には「式内 樺八幡神社」。
正式名は八幡神社のようだが、通称は樺八幡神社らしい。

参道を進むと、正面に拝殿があり、
右手に、文化財に指定されている古拝殿がある。
古拝殿の周りにはブルーシートが敷かれていたが
修築中なのだろうか。

拝殿をくぐると、正面に本殿。
本殿の正面を側面にはトタンで雪囲いされている。
本殿は三間社流造。

参拝は五月の連休の午後。
天気の良い晴天の下で参拝。

創祀年代は不詳。

一説には、養老年中、越の大徳泰澄大師、
白山禅定の際に建立。

当初は、神功皇后、誉田別尊、武内大臣の三座を祀っていたが
中古、武内大臣を野津又に遷し
神功皇后を河原に遷したという伝承があり、
現在の祭神は、誉田別尊一柱。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 2:14 午後

美伊神社 (三川山)

兵庫県の 美伊神社(三川山) を掲載しました。合計2177社。

兵庫県の香美町三川にある。
JR佐津駅の南12Kmほどの三川山(887m)中腹に鎮座。
佐津川を、どんどん遡る。

道路は綺麗に舗装されているので、迷うことはない。
とにかく、上っていくと、三川山蔵王大権現があるのだが
その少し手前(北側)に、小さな赤い欄干の橋がある。
「じんじゃはし」と名前の在る橋の横に、
「式内 美伊神社」と刻まれた社号標が建っており
参道入口がある。
参道といっても、狭い山道の階段。
少し登ると、竹林の中に、石組みの跡があるが、
昔の姿を想像しながら登ると境内。

少し広い平地に、倉庫のような社殿がある。

社伝によると、人皇十代崇神天皇の二十八年四月、
美伊縣主武額明命が、美伊谷山に、その祖神を祀ったという。

鎮座地に関しては、当初、麓の米地(上美伊谷)にあったが、
人皇二十一代雄略天皇の十七年四月、
贄土師連吾筍命の命により、土師の氏人等が埴土を求めて
本見塚(土生谷)へ移動し、当社も遷座。

人皇四十九年光仁天皇の宝亀元年、
現在地・三川山清庭峰へ遷座したという。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 9:26 午後