阿彌神社 (阿見町阿見)

茨城県の 阿彌神社(阿見町阿見) を掲載しました。

茨城県の阿見町にある。
土浦駅の南5Kmほどの阿見に鎮座。
125号線バイパスと231号線の交わるあたりに境内がある。

社殿そのものは231号線のすぐ近くにあるのだが、
参道入口は、125号線の中郷交差点付近。
境内は、南北に200mほどの長さがあるが、ほとんどが参道。
参道入口に社号標が建ち、参道には綺麗な刈込が続いており、
氏子の方々の配慮がうかがえる。そんな境内。

参拝は、10月の休日。雨後の朝。
参道にはまだ雨水が残っており、
周囲は交通量の多いバイパス道路なのだが、
参道には樹木の匂いが満ちていた。

参道の中程に鳥居が建っており、
さらに参道を歩くと、社殿のある境内。
境内左手に、神庫らしき社殿。
正面に黒塗りの拝殿があり、拝殿の右手に稲荷社。
拝殿の後方に流造の本殿が鎮座。
本殿の左手には、小さな石祠が並んでいる。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 4:16 午後

阿彌神社 (阿見町竹来)

茨城県の 阿彌神社(阿見町竹来) を掲載しました。

茨城県の阿見町にある。
土浦駅の南東6Kmほどの竹来に鎮座。
霞ヶ浦側を走る125号線と、
125号線バイパスの間を東西に走る231号線に面して境内がある。

石垣に囲まれた広い境内だが、
石垣の中は原生林のような樹叢で、道路からは中がよくわからない。
境内入口は南西向き。
道路から少し奥まった位置に鳥居が建っており、
鳥居をくぐると、樹木の茂った暗い参道。
茨城の古社には、こんな雰囲気の神社が多いよなぁ、
などと考えながら参道を歩く。

参道の途中に、いくつか脇にのびる小道があり
それぞれの小道の奥には、小さな石祠が祀られている。
が、詳細は不明。

参道の突き当りに、社殿のある広い空間が開け、
右手に境内社の立派な祠、左手に神楽殿がある。
この神楽殿は、昔の神宮寺らしい。

明治以前は、二の宮として崇敬された古社で、
式内社・阿彌神社の論社となっている。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 9:55 午後

何鹿神社 (京丹波町)

京都府の 何鹿神社(京丹波町) を掲載しました。

京都府の京丹波町にある。
山陰本線・下山駅の南6Kmほどの曽根に鎮座。
京丹波町役場の西1Kmほどにあり、丹波自然運動公園の南、
444号線(桧山丹波線)に面して境内の森がある。

鳥居をくぐり、木々の茂る参道を歩くと、正面に拝殿。
拝殿の奥、垣に囲まれた場所に、本殿覆屋がある。

社頭の案内板によると、平成十一年不審火により社殿が焼失し
現在の社殿は、平成十三年に完成したもの。
というわけで、境内の砂利も、草木も
社殿も新しく、開けた明るい境内で気持ちが良い。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 8:50 午後

冨知神社 (富士宮市)

静岡県の 冨知神社(富士宮市) を掲載しました。

静岡県富士宮市にある。
西富士宮駅の北東500mほどの朝日町に鎮座。
浅間大社の北西500mほどの位置にあり
浅間大社の境外摂社となっている。

社前を小川が流れており、小さな橋を渡ると境内。
地図で確認すると、この小川は浅間大社の湧玉池につながっているようだ。

境内奥に社殿があり、赤い屋根の入母屋造拝殿の後方に
流造の本殿がある。

鳥居をくぐって左手に大きな木が聳えており
周囲の方々が、朝の散歩や体操をしていた。
そんな境内。

当社の社号は、拝殿扁額には「冨知神社」とあり
資料によっては「富知神社」。
古記録には「不二神社」「富士神社」「福地明神」とも。

『富士本宮浅間社記』には、
浅間大社が鎮座した大宮は、もとは福地明神(当社)が鎮座していた地、とあり
浅間大社が鎮座した、平城天皇大同年間以前から、
当地の地主神として崇敬されていた古社ということになる。
案内板によると、坂上田村麻呂によって、
浅間大社が大宮の地に移され、
当社は、大宮の地から現在地へ遷座させられたらしい。

『駿河国神名帳』には「正五位下 福地天神」とあり
式内社・富知神社の論社である。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 8:59 午後

横林神社跡 (高島市)

滋賀県の 横林神社跡(高島市) を掲載しました。

滋賀県高島市にある。
JR安曇川駅の西4Kmほどの武曽横山に鎮座、していた。
大清寺の近くの山腹にあったが、当社はすでに廃絶しており、
現在は、周囲は散策道になっている。(2003年当時)

散策路入口に、冠木門が建っており
整備された山道を歩くと、境内跡がある。

当社・横林神社は、麓と中腹の二社構成だったようで、
案内図にも「下の横林神社跡」「上の横林神社跡」と記されている。

昭和五十六年(1981)発行の『式内社調査報告』には
小祠の写真が載っているのだが、
僕が訪れた時(2003)には、その残骸しかなかった。

『式内社調査報告』には「竹藪の中」となっており
僕は気付かなかったが、ひょっとすると、
散策路の周囲の竹藪の中に、小祠があるのかもしれないが。

創祀年代や由緒は、不詳。
式内社・宇伎多神社の論社の一つである古社。

『特選神名牒』には、
「横山村ハ字横林山ニアリテ享保以来山王ノ宮と云ヒシヲ
明治二年横林神社ト改ムトアルノミ」と記されている。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 3:10 午後

稻田神社 (笠間市)

茨城県の 稻田神社(笠間市) を掲載しました。

茨城県笠間市にある。
稲田駅の西500mほどの稲田に鎮座。
50号線から少し北へ入った場所にあり、
参道入口、車道に大きな鳥居が建っている。
鳥居の横には「縣社稻田神社」と刻まれた社号標。
鳥居をくぐって100mほど参道を進むと階段があり、
階段の中腹にも鳥居。

階段を上ると社殿のある境内。
正面に大きな入母屋造の拝殿があり、
左手の建物(神饌所だろうか)と、長い渡り廊下で繋がっている。
拝殿の後方には、垣に囲まれて流造の本殿がある。

境内は右手に広く、脇道から車で境内まで入ることができるようだ。

参拝は秋の休日。いわゆる行楽日和で、
天気が非常に良く、境内の日差しも強かった。

創祀年代は不詳。

出雲国造と同祖であった新治国造が奉斎した神社で
式内名神大社・稻田神社に比定されている古社。

江戸時代の『稲田姫神社縁起』によると
当地の邑長武持という人物の家童が、
稲田好井の水を汲もうとしたところ
井戸のそばに美人が立っていた。
急ぎ帰って主人・武持に報告、武持が礼拝して問うと
「吾は奇稲田姫である。かってこの地の地主神であった。
汝は昔、吾に仕えた者の子孫である」と告げ、
「ここに、吾が父母の宮、夫婦の宮を建て、
好井の田の稲を以って祀れ」と神託したのが当社の起源。

よって、境内の父母の宮(母神・手摩乳神社、父神・脚摩乳神社)と
夫婦の宮(本社、夫神・八雲神社)は「四宇の神籬」として
当社の中心として重視されている。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 10:37 午後