新海三社神社 (佐久市)

長野県にある、新海三社神社(佐久市) を掲載しました。合計2046社。

長野県佐久市にある。
小海線・臼田駅の東2Kmほどの田口に鎮座。
雨川に沿って東へ進むと、五稜郭で有名な龍岡城跡がある。
その城跡を過ぎて、しばらく進むと、当社の境内入口。

木製の鳥居が建っており、右手に社号標。
参道は、鳥居から北上するのだが、
鳥居から東へ進むと、東幸殿と御神木。
西へ戻ると、西幸殿があり、
当社駐車場へは、西幸殿の横の道を入っていく。

鳥居から参道を北上すると、
鬱蒼と茂る木々の奥に社殿が見えてくる。
参道を突き当たり、階段を上ると
正面に拝殿。右手に神楽殿。
拝殿の後方に、二棟並んだ本殿があるが、
この二棟は、西本社と中本社。
境内の右手、本殿の東側にもう一つの本殿・東本社がある。

創祀年代は不詳。

興波岐命を主神として東本社に祀り、
その父神・建御名方命を中本社に、
伯父神・事代主命を西本社に祀る。
このように、当社には3つの神殿があり、
よって新海三社神社と呼ばれている。

興波岐命は佐久地方開拓の祖神。
延文年間の『諏訪大明神画詞』には
「新開(にいさく)」の神と記され、大県の神とも称した。

この「開(さく)」が、佐久の地名となり。
「新開(にいさく)」から、新海という社号になったようだ。
また、鎮座地の田口は、佐久地方で初めて田が開かれた場所とも。

当地から西へ進むと上野国(群馬県)だが
伝承として、諏訪の建御名方命が、日光二荒山の母神を訪れる途中、
上野貫前の女神(荒船大明神)と契り、
興波岐命が生まれたとある。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 6:47 午後

國中神社 (越前市中津山)

福井県の 國中神社(越前市中津山) を掲載しました。合計2045社。

福井県の越前市にある。
JR鯖江駅の東5Kmほどの中津山町に鎮座。
鞍谷川の西側、105号線から少し入った場所。
参拝した時には気付かなかったが、
地図を見ると、中津山公民館がすぐ側にあるようだ。

境内に入った場所は広場になっており、
奥の階段を上ると社殿のある境内。
参道階段脇には、ブランコなどが置かれているので、
普段は子供達の遊び場になっているのかもしれない。

社殿には雪囲いの木枠が設置されている。
冬になれば、テント地のシートかトタン板なので囲われるのだろう。
拝殿の後方に、流造の本殿。
もちろん本殿にも木枠がある。

境内の右手の斜面に石造の層塔がある。
もとは中津山と国中の境界にあり、「法印様」と呼ばれていたが、
明治時代に当社境内に移転されたもの。
鎌倉末期から南北朝時代の作と考えられ、
現在は四層(117cm)だが、かっては七層か九層だったらしい。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 8:59 午後

國中神社 (越前市国中)

福井県の 國中神社(越前市国中) を掲載しました。合計2044社。

福井県の越前市にある。
JR鯖江駅の東5Kmほどの国中町に鎮座。
鞍谷川の西側、105号線から少し西へ入ると、
社域の森が見えてくる。

参道の正面には赤い鳥居。
鳥居の左手には、「式内 國中神社」と刻まれた社号標。
階段を上ると広い境内、
というか境内前の広場になっており、
参道をまっすぐ進むと、また階段が上まで続いている。
参道階段を上ると、正面にコンクリート造の白い社殿。

境内は一面苔の覆われて良い雰囲気。
緑の苔と、白い社殿が美しい神社。

創祀年代は不詳。

式内社・國中神社二座に比定されている古社。

元は、当社の北西にある三里山の山上に二座が鎮座しており
七堂伽藍を具備し、奉仕の社僧も多かったという、
当郡一の大社であった。

現在は、二つの神社にわかれており
一社が当地国中の神社、
もう一つは400m離れた中津山の国中神社。

両社は、旧南北中津山村に位置しているが、
中津山とは、「中ツ山」。
当地が越前国の中央にあるため、社号は国中神社という。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 9:13 午後

鴨神社 (吉備中央町)

岡山県の鴨神社(吉備中央町)を掲載しました。合計2043社。

岡山県の吉備中央町にある。
岡山駅から北西に20~30Kmほどの上加茂に鎮座。
加茂川に沿った429号線に面して、
東向き(やや南東か)に参道入口がある。

参道入口に鳥居はなく、二本の石柱が立っており、
石柱の上部に縄が張られている。
これは、注連柱と呼べばよいのだろうか。
石柱の右手に「式内郷社 鴨神社」と刻まれた社号標。

松木立の参道をまっすぐ進むと境内。
境内入口には、石の鳥居。
数段の階段を登ると隨神門がある。
隨神門の奥、境内の中央に社殿があり
後方の高い場所に本殿がある。
周囲の森の木々が湾曲して
本殿を取り囲んでいるような感じ。
拝殿の左右に階段が設けられ、
本殿まで続いている。

参拝は、年末大晦日の午後。
参道や隨神門には、「初詣」の幟が立てられ、
拝殿前には松飾り。

創祀年代は不詳。

社伝によると、弘仁年中、
人皇第五十二代嵯峨天皇の御宇、
山城国賀茂大明神を勧請とし、
別鴨命を祀る。

『日本書紀』応神紀に
「以波區藝縣封御友別弟鴨別。是笠臣之祖也」とあり、
『吉備温故秘録』には、
上古、津高郡は鴨縣といい、
笠臣(笠国造)が、その始祖である鴨別命を祀ったものとある。

式内社・鴨神社に比定されている神社であり、
『備前国神名帳』に「津高郡 従四位下 鴨明神」とある古社。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 11:20 午前

大和神社 (吉備中央町)

岡山県の大和神社(吉備中央町)を掲載しました。合計2042社。

岡山県の吉備中央町にある。
伯備線・備中高梁駅の東10Kmほど、
総社駅の北15Kmほどの宮地に鎮座。
岡山道の賀陽I.C.からは南東へ2Km。
472号線(槇谷北線)の西側に社域の杜があり
境内入口は東側。
ちょっとした森の中に入るような感じだ。

鳥居の奥に、木々のトンネルがあり、
その先、数段の階段の上に神門が見える。
参道の脇に、鳥居の扁額らしき石版が落ちており
「八幡宮」と刻まれていた。

参拝は、大晦日の午後。
ちょっと寒い日が続き、雪もチラホラ見える季節。

神社の周囲や道路にはまったく雪は無かったのだが、
参道を歩き、神門をくぐると、境内一面の残雪。
なぜ、ここにだけ雪が残っているのか不思議だった。
周囲の木々に風が遮られ、冷気が逃げないからか。
雪の境内だが、中央の参拝のための道には雪が無い。

境内奥、一段高い場所に社殿があり、
後方には、立派な入母屋造の本殿がある。

社伝によると、建久年間(1190~1198)の創建。
ちょうど鎌倉幕府が出来た頃。

その後の由緒はわからないが、
明治四十三年四月十四日、大和村の各所の神社を合祀し、
大和神社と改称したという。

その合祀された神社の中、
大和岨谷字野俣に鎮座していた野俣神社は、
式内社・野俣神社の論社だという。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 9:37 午後

國柱命神社 (松崎町)

静岡県の國柱命神社(松崎町) を掲載しました。合計2041社。

静岡県の松崎町にある。
松崎町役場から、南へ2Kmほどの岩科南側に鎮座。
岩科川に沿って121号線(南伊豆松崎線)を南下し、
岩科のJAの前にある宇治橋を渡る。

当社は丘の上にあり、
121号線からでも、当社の杜を見ることが出来るが、
当社への道は、なかなかわかり難い。
というか、説明しにくい。
とにかく、路地に入って、坂道を登ると、
参道入口に立つ、立派な白い鳥居の前に到着する。

鳥居の扁額には、『神明宮』と書かれており、
地図にも神明神社と記載されているが、
当社の社名は、國柱命神社。
「くにはしらみこと」とも「くにのみはしらみこと」とも読むらしい。

参道を進むと、丘の上の木々に囲まれた境内に到着。
中央に大きな拝殿があり、後方の覆屋の中に本殿がある。

創祀年代は不詳。
社伝によると、三島神が白浜から伊豆半島を開拓しつつ北上の途次、
属神である当社祭神が、当地を開拓したという。

古くは、岩科の宮とも称し、俗称として神明宮とも。

『伊豆国神階帳』に「従四位上 国原姫の明神」とある古社で、
式内社・國柱命神社に比定されている神社。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 9:08 午後