久々比神社 (豊岡市)

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兵庫県豊岡市にある。
豊岡駅の北東3Kmほどの下宮に鎮座。
円山川を東へ渡り、178号線と312号線が合流するあたり。
少し北へ入った場所に南向きの境内。
境内前には、下ノ宮川が流れ、オレンジ色の欄干の橋を渡る。

鳥居をくぐり参道を進むと、さらに鳥居。
その先に、割拝殿というのか、潜門というのか
そういう建物があり、
その奥が社殿のある境内。

参道正面には、入母屋造りの拝殿。
拝殿の後方に、秀麗な流造の本殿がある。
この本殿は昭和四十六年一月から翌三月までかけて
大掛かりな解体修理が行なわれ、
永正四年(1507)に再建されたものと判明している
中世中期の特色を示すもの。
棟札によって、その後、
元禄十五年(1702)、正徳元年(1711)にも
一部の修理が行なわれたことも。

社号の「久久比」は、「鵠:くぐい」の意味で
コウノトリの古称らしい。
豊岡市は、コウノトリで有名な街なのだ。

創祀年代は不詳。

祭神は、久久比の社号からか、久久遲命とされている。

もとは胸形(宗像)大明神とも称した古社で、
多紀理比売命を祀るという説もある。

また、『日本書紀』垂仁天皇二十三年によると、
垂仁天皇の皇子・誉津別王は、
30歳になっても言葉を喋らなかったが、
ある日、空を飛んでいる鵠を御覧になり、
初めて何物であるかと仰った。

天皇は大いに喜ばれ、天湯河板挙命にこの鵠の捕獲を命じられた。
天湯河板挙命はこれを追い、出雲で捕えたとも
当地、但馬で捕えたとも伝えられ
その功績によって、鳥取造の姓を賜ったという。
その天湯河板挙命を祭神とする説も。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 1:37 午後