宇佐八幡宮 (南砺市)

富山県にある、宇佐八幡宮(南砺市) を掲載しました。

富山県南砺市にある。
城端線福光駅の西1Kmほどの福光に鎮座。
304号線を西へ進み、小矢部川を渡って10号線(本町通り)を南下すると、福光公園に隣接して、東向きに石鳥居があり、石鳥居の右脇に「郷社宇佐八幡宮」と刻まれた社号標が立っている。

鳥居をくぐり、参道を進むと木製の鳥居。
その鳥居の奥に、東向きの社殿がある。
拝殿は銅板葺き入母屋造。本殿は拝殿の後方に内包されている形式。
拝殿扁額には「宇佐八幡宮」と記されている。

境内の右手に、お堂のような建物があるが、何なのかは未確認。
以前は寛仁寺が支配していたらしいが、その名残りだろうか。
『平成祭データ』には境内社として火伏神社、医王権現社、刀利神社の名が記されている。

社殿の後方、というか境内の周囲をお濠のような池があり、その東側が福光公園。
福光公園を少し歩いてみたが、緑と水が豊富な公園で気持ち良い。
ひょっとすると昔は当社の境内だったのかも。

社伝によると、人皇四十五代聖武天皇の御代、天平勝宝二年(750)大友家持が当国守に任ぜられた時、その子・大伴持豊が福光城にて、石黒庄総社として、宇佐より分霊を勧請。

古来、痘瘡の守護神として崇敬され、寛仁元年(1017)、寛仁寺が建立され、爾来社僧の奉仕するところとなる。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 4:19 午後

加須夜神社 (伊勢市)

三重県の加須夜神社(伊勢市) を掲載しました。

三重県伊勢市にある。
近鉄明星駅の北東1.5Kmほどの柏町に鎮座。
大堀川の東方に、社域の杜がある。

境内入口は西側、社域の杜に入ると左手に石造の鳥居が立っており、鳥居の右手に「加須夜神社」と刻まれた社号標。
鳥居をくぐり参道を北上すると木造の鳥居があり、参道の奥に拝殿。
拝殿の奥に、垣に囲まれた神明造の本殿がある。

現社地には昭和になって遷座したもので新しく、境内社などは見られないが、雰囲気のある杜は印象的だ。

創祀年代は不詳。
柏集落の産土神で、式内社・加須夜神社に比定されている古社。

鎮座地である柏は、『神鳳鈔』に「糟屋御薗」とあり、「カスヤ」から「カシワ」に変化したもの。

祭神の出雲笠夜命は、出雲臣の祖・佐比祢足尼の孫で、成務天皇の時、勅により島津(志摩)国造となった人物。

式内社・加須夜神社の鎮座地に関しては、諸説柏町で一致しているが、その該当社、あるいは古跡については、柏殿、古殿、産神社などの候補があった。
だが、現在は当社にすべて集約されているようだ。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 3:08 午後

杵衝神社 (笛吹市)

山梨県にある、杵衝神社(笛吹市) を掲載しました。

山梨県笛吹市にある。
石和温泉駅の南東7Kmほどの御坂町尾山に鎮座。
中央道の一宮御坂I.Cから南に3Kmほどの場所。

境内入口は北西向き。
当社は北西3Kmにある甲斐国二之宮・美和神社の古社地と伝えられており、美和神社の方向を向いているようにみえる。

入口の鳥居をくぐり、参道を進むと、美和神社同様、参道の中央に立石が立っている。

拝殿は瓦葺入母屋造。後方の本殿は銅板葺流造。本殿の後ろに立派な御神木がある。
本殿は比較的新しい印象だが、最近改築されたのだろう。
境内社は見当たらなかったが「八幡大神」と刻まれた石が祀られていた。

参拝は四月の後半。
境内の緑が瑞々しくて気持ち良い神社だ。

創祀年代は不詳。『甲斐国社記・寺記』によると、景行天皇の御宇、国造塩海宿禰によって勧請された美和明神の古廟。
『山梨県神社誌』には、当社は式内社(桙衝神社だろう)であり甲斐国二之宮・美和神社の古社地であるとある。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 5:58 午後

佐伎栗栖神社跡地 (明和町)

三重県の佐伎栗栖神社跡地(明和町) を掲載しました。

三重県の明和町にある。
松阪駅の東9Kmほどの志貴に鎮座(していた)。
23号線(南勢バイパス)から中村の交差点で南下した志貴の集落の中。
志貴公民館の裏側(北側)に東向きの小さな境内。
境内の北側にはお寺がある。

境内入口には石鳥居が立っており、境内右手に「須賀神社 佐伎栗栖神社 遥拝」と刻まれた社号標。

境内奥に小祠が一つあるだけの簡素なもの。
境内左右に「山神」と刻まれた石がいくつも並んでいた。
伊勢周辺の神社境内には「山神」が多いようだ。

社号標にあるとおり、当社は須賀神社・佐伎栗栖神社の遥拝所。

明治までは、二社相殿に祀られていたが、明治四十一年三月二十七日、許可を得て、北藤原鎮座の畠田神社に合祀され、同年八月十三日、中村へ移転した。

須賀神社に関する由緒は未確認。
佐伎栗栖神社は志貴の産土神で、式内社・佐伎栗栖神社二座に比定されている古社。
鎮座地の「志貴」が「佐伎」と通じるという説らしい。
異説として、「佐伎」は「前(さき)」であると考え、志貴の東南にある前野地区にあったとする説もある。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 4:45 午後

石前神社 (松阪市)

三重県の石前神社(松阪市) を掲載しました。

三重県松阪市にある。
紀勢本線の相可駅の北2Kmほどの中万町に鎮座。
42号線を北上し櫛田川を渡り、中万町交差点で東へ701号線に入り500mほどで、北側に境内が見えてくる。

境内入口は南東向き。
鳥居の両脇に燈篭が立っており、左手に「石前神社」「延喜式内」と刻まれた石碑。
鳥居をくぐると右手に手水舎があり、手水鉢には神紋の三つ巴。

参道を進むと、境内左手の穴に何かが祀られている。
伊勢周辺の神社境内には、こんな感じで祀られていることが多いのだが、なんだろう。

参道階段を上り、参道を進むと二基の鳥居があり、さらに進むと社殿。
拝殿は壁の無い形式で、拝殿奥に垣に囲まれて神明造の本殿がある。

拝殿内に扁額が二枚あり、一枚には「石前神社」、もう一枚には「五社宮」とある。

参拝は三月、小雨が降ったり止んだりの曇天の日の朝。
水分を多めに含んだ境内の空気は瑞々しい。

創祀年代は不詳。
式内社・石前神社に比定されている古社。

古来、当地、乳熊郷には、上之社と下之社の二社が奉斎されていた。

上之社は五社宮と称し、石前神社、神明社、三熊社、宇氣比社、秋葉社が天台宗乳熊寺境内に祀られていた。

下之社は蛭子神社と称し、牛頭天王二祠とともに天台宗護念院心光寺内に祀られていた。

寛文十二年(1672)九月、氏子山上長兵衛淨山(一説には山上源左エ門)の寄付により、上之社、下之社を現在の社地に合祀。
心光寺住職琮譽上人賢宿和尚は、氏子と相図って、牛頭天王の心光寺の鎮守とし蛭子神社を当村の産土と定め、以後、当社の遷宮式には心光寺住職が参列するのが恒例となったが
明治以後は廃絶したという。

明治に入って村社に列したが、県訓令により、明治四十一年、戸笠の若宮神社、八幡神社、八之坪の朝長神社とともに伊佐和神社に合祀された。
その後、氏子の要望により、昭和六年伊佐和神社の飛地境内として諸社とともに古社地に遷祀され、昭和五十四年十一月十二日、合祀以前の状態にも戻し「石前神社」と改称した。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 6:41 午後

御嶽神社里宮 (王滝口)

長野県にある、御嶽神社里宮(王滝口) を掲載しました。

長野県の王滝村にある。
中央本線の木曽福島駅から西へ22Kmほどの場所に鎮座。
木曽福島駅から19号線を南下し、木曽川と王滝川が合流するあたりで西へ。
王滝川に沿って20号線を進み256号線に入ってさらに西へ進むと、御岳湖があり王滝村役場付近で北上すると、左手に当社の大鳥居が立っている。

大鳥居の前を通過して駐車場に車を停めて参拝開始。
大鳥居から続く参道を上ると、境内入口の鳥居があり、鳥居の右手に社務所、左手には霊神社や合併神社の祠が並んでいる。

参道の石階段を少し登ると、左手に里宮大黒天。
さらに石段を登って行くと、右手に瀧の口龍神があり不動尊像が祀られている。
さらに石段を登りきると、講祖殿。
講祖殿から右手に進むと、御神水、岩戸不動尊があり、その右手が当社の社殿。
拝殿前のスペースが狭くて、拝殿全体を撮影するのは難しい。

拝殿には「御嶽神社」と書かれた扁額があり、幕には神紋「山に丸三」が染められている。

参拝は2013年の11月。
昨日、2014年9月27日、午前11時53分頃、御嶽山が噴火。
現在、山頂付近で火山灰に埋まった人達の救助作業が行われている(2014年9月28日 記す)。

当社は御嶽山(3067m)を奉拝する里宮の一つ。

御嶽山への一般的な登山口は、王滝口と黒沢口にあり、王滝口側では、王滝口頂上本社と当社里宮の二社。
黒沢口側では、御嶽山頂上剣ケ峰の頂上奥社と里社若宮、里社本社の三社を総称して御嶽神社と呼ぶ。

だが、他にも別殿や遥拝所など、御嶽山全体に多くの関係社や史跡が点在しており、王滝口登山道には一合目講社本社、二合目一心堂、三合目大又三社、
三合目半清滝、新滝、四合目十二大権現、五合目八海山神社(国狭槌尊)、
七合目三笠山神社(豊斟渟尊)田ノ原大黒天、七合目半大江権現、
八合目金剛童子、九合目中央不動尊が祀られている。

王滝口御嶽神社の由緒によると創祀は光仁天皇宝亀五年(774)。
信濃国内に悪疫が流行した際、信濃守石川朝臣望足が御嶽に登山し、
疫病除祓を祈ったのが起源。

ついで、延長三年(925)白川少将重頼登山して社殿を再建。
応保元年(1161)後白河上皇の勅使が登山参拝。

当社一合目里宮は寛正年中(1460)、文明十六年(1484)、文亀三年(1503)の再建再興の記録が残っているらしい。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 11:21 午前
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