白川八幡社 (氷見市)

富山県にある、白川八幡社(氷見市) を掲載しました。

富山県氷見市にある。
氷見線・氷見駅の北10Kmほどの白川に鎮座。
能越自動車道の灘浦I.C.から西へ1Kmほど。
宇波川の北側、70号線の脇にこんもりと茂った杜がある。

境内入口は西向き。
数段の階段を上ると鳥居があり、鳥居の右手に
「村社 八幡社」と刻まれた社号標。
鳥居をくぐると参道に大きな木が立っており階段が見えるが奥は見えない。
参道を進み、階段を上ると樹木に囲まれたドーム状の境内。
境内奥に、どっしりとして風格のある拝殿があり、
拝殿の後方、階段上に本殿を納めた覆屋がある。
拝殿にはテント地のシートが設置されているが雪除けだろうか。

拝殿の前に氷見市指定工芸品である鰐口がぶら下がっている。
明暦三年(1657)九月鋳造と銘があり、
鋳物師、加賀の宮の宮崎彦助藤原朝臣吉智。
紀念銘のある鰐口では県内最古だそうだ。

鳥居には「八幡社」とあり、拝殿の扁額には「八幡宮」。
神社庁の資料にも八幡社とあるので、正式な社号は八幡社。
ただし、入口にあった鰐口の説明には白川八幡社とあり
氷見市内の他の八幡社と区別するため、
このページでも白川八幡社としておく。

創祀年代は不詳。
天明六年の明細帳に白川村産神古来よりの神地とあるらしい。

境外末社の楯鉾神社は、三代実録に、貞観六年(864)三月廿三日
「授和泉國從五位上積川神從四位下。遠江國正六位上筑紫對馬神。
越中國正六位上楯桙神並從五位下」とある楯桙神で、式外の古社。

楯鉾神社の祭神は『富山県神社誌』や『平成祭データ』にも記されておらず
楯鉾神としかわからないが、八幡神と同様に武神であるのかもしれない。
ただ、神名に楯を持つ神や、鉾(桙・矛)を持つ神はいるが
両方を持つ神は、僕は知らない。

個人的には「矛盾の神」であったら面白いのに、
などと考えながら参拝した。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 7:53 PM

荏柄天神社

神奈川県にある荏柄天神社 を掲載しました。

神奈川県鎌倉市にある。
鎌倉駅の北東2Kmほどの二階堂に鎮座。
鎌倉駅から当社へ向う時は、まず鶴岡八幡宮を目指すと良い。
鶴岡八幡宮から東へ進み、鎌倉宮へ向かう道の途中で
当社参道を横切ることになる。
当社の参道入口は204号線にあり、
鳥居と社号標が立っているらしいが、僕は見ていない。

参道の途中、鎌倉宮へ向かう道との交わる場所に、、
木が交差して鳥居状態になった場所があり、そこにも社号標。
木の鳥居をくぐると赤い鳥居が立っており、
参道を進むと階段上に神門がある。神門の横に立て札があり、
開門しているのは午前八時半より午後四時半のようだ。
(平成十四年時点の情報)
参拝客が多そうな神社へは日の出の頃や夕方に参拝することが多いので
夜は閉門する神社の場合、参拝できないこともある。

参道入口、境内入口は南向き。
神門をくぐると正面に鮮やかな朱の社殿。
銅板葺入母屋造平入の拝殿の後方には流造の本殿。
本殿は鎌倉最古の木造建築として鎌倉市指定文化財。
拝殿は関東大震災の復旧工事の際、
鶴岡八幡宮の仮殿を移築したもの。

当社に到着した時には参拝客は僕だけで、
拝殿の扉は閉じていたが参拝中に扉が開けていただいたようだ。
(たんに開ける時間になっただけかもしれないが)

社伝によると、堀川天皇長治元年(1104)の創祀。
菅原道真公を祀る日本三天神の一つ。
(他の二社は、福岡の太宰府天満宮と京都の北野天満宮)

晴天の空が一転にわかにかき曇り雷雨とともに
黒い束帯姿の「天神画像」が天から降って来た。
神験を畏れた里人が社殿を建ててその画像を納め祀ったのが当社の起源。
「天神画像」が天降った地を踏まれないように、
その場所に御神木の大銀杏が植えられた。

参拝は平成十四年の晩秋。
このページの掲載は平成二十五年の春。
十年以上前の参拝で記憶も薄れ始めているが、
こうしてページを作成している間に、どんどんいろんなことを思い出す。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 2:19 PM

鵜ノ木八幡神社 (大田区)

東京都にある鵜ノ木八幡神社(大田区) を掲載しました。

東京都大田区にある。
東急多摩川線・鵜の木駅の東500mほどの南久が原に鎮座。
東急池上線・久が原からも南へ500mほどの位置。

境内入口は西向き。
境内入口の数段の階段を上ると石鳥居が立ち、
鳥居の右手に「鵜ノ木八幡神社」と刻まれた社号標がある。

鳥居をくぐると参道左手に手水舎があり、参道正面に美しい社殿。
昭和六十一年発行の『東京都神社名鑑』に載っている写真は
瓦葺平入の質素な社殿だが、現在は銅板葺入母屋造。
平成に建て替えられたものらしい。

拝殿の扁額には「八幡神社」とあり、
賽銭箱には八幡の代表紋である三つ巴紋。
拝殿の後方に幣殿・本殿が接続している様式で本殿は流造。
街中の神社に多いのだが、社殿の左手は駐車場になっている。

参拝は三月の曇天の朝。
日射しが無くて写真は全体的に暗めになってしまった。

鵜ノ森明神とも称された神社。

社伝によると、延徳元年(1489)、
天明伊賀守光信の子・天明五郎右衛門光虎が
下野国からこの地に移り住み、当社を勧請し、
以後、天明一族により崇敬維持されてきたという。

ただし『式内社調査報告』には、
当社は式内社・薭田神社の論社の一つであるという。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 2:55 PM

比賣神社 (小矢部市)

富山県にある、比賣神社(小矢部市) を掲載しました。

富山県小矢部市にある。
石動駅の北3.5Kmほどの宮中に鎮座。
32号線を北東へ2Kmほど進み、桜町交差点で左折して74号線へ。
74号線を道なりに進んで、宮中で少し南へ入ると
ちょうど小矢部川の支流・子撫川が湾曲しているところ、
稲葉山の南西麓、集落の奥に東向きの境内がある。

垣に囲まれた境内の入口に石鳥居が立っており
鳥居の右手に「郷社比賣神社」と刻まれた社号標。
参拝は十月の晴天の日の夕方。
社殿の後方から、西に沈みかけた夕陽が射しており
完全な逆光で写真では暗い境内だが、肉眼ではもっと明るい雰囲気。

境内の中央に立派な木が聳えており参道正面に社殿。
ガラス張りの雪除けが設置された瓦葺入母屋造拝殿の屋根には
シャチホコが乗っている。
拝殿の後方にも鳥居があり、鳥居の奥に瓦葺の本殿。
拝殿の横から本殿へ進むと、拝殿に設置されている照明が灯っていた。
ひょっとすると人感センサーが付いていて僕に反応かもしれない。

創祀年代は不詳。
式内社・比賣神社の論社の一つ。

往昔は小矢部川の川上に鎮座していたが、
雄神川(庄川)・小矢部川の洪水で流出して当村に遷座。
『富山県神社誌』に「宮島と称し、郷内の中央に鎮座されたため、
村名を中村と称したという」と記されている。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 5:42 PM