玄松子のぶろぐ http://genbu.jp/ 当ブログは、『玄松子の記憶』( http://genbu.net/ )専用ぶろぐです。 ja 2010-07-28T15:54:13+09:00 八幡神社 (伊豆市) http://genbu.jp/201007/28-1554.php 静岡県の八幡神社(伊豆市) を掲載しました。

静岡県伊豆市にある。
伊豆半島の西側、土肥温泉の北にある小土肥に鎮座。
小土肥大川の河口付近。
17号線(沼津土肥線)が湾曲している場所に、
道路に面して西向きの境内がある。
当社の北100mほどの小土肥大川のそばには、
式内社・國玉命神社に比定される國玉神社がある。

境内は石の垣に囲まれており、
「八幡宮」と刻まれた扁額の鳥居をくぐると、正面に社殿。

社殿の周りにも背の低い石の垣。
新しい狛犬の後方に瓦葺の拝殿があり、その後方に本殿覆屋。

境内には数本の大きな木があるが、印象としては簡素。
ただ、周囲は田園なので國玉神社からも境内の木々は良く見える。

創祀年代は不詳。

式内社・青玉比賣命神社の論社となっている古社で、
伊豆国神階帳に「従四位上 青玉姫の明神」とある神社。

]]>
GenSyouShi 2010-07-28T15:54:13+09:00
長岡神社 (米原市) http://genbu.jp/201007/23-2030.php 滋賀県の 長岡神社(米原市) を掲載しました。

滋賀県米原市にある。
近江長岡駅の北西200mほどの長岡に鎮座。
天野川に面して、南東向きの狭い境内がある。

参拝は、小雨の年末で、
入口の鳥居には角松が飾られていた。

参道を進むと、牛像や神馬像があり、
神馬像の後ろに大きな木が立っている。
境内の公孫樹は天然記念物なのだそうだが、この木だろうか。

さらに参道を進むと、鳥居があり、鳥居の奥に瓦葺の拝殿。
拝殿の後方、垣に囲まれて流造の本殿がある。

社伝によると、天平宝宇六年四月の創祀。
中古、現在地に遷座して、岡神社、牛頭天王社とも称し
式内社・岡神社であるという。

]]>
GenSyouShi 2010-07-23T20:30:27+09:00
エアコン故障。暑い。 http://genbu.jp/201007/20-1137.php 先週土曜日、梅雨明けで急激に暑くなったのでエアコンを入れた。
だが、まったく涼しくならず、しばらくすると、運転ランプが点滅し始めた。

2年前、暖房を入れ始めた頃にも似たような現象があり、富士通ゼネラルに修理依頼をしたのだが、同じ感じ。

で、富士通ゼネラルのサイトから修理依頼をしたところ、その日(土曜日)の内に連絡があり、連休明けに修理すること、火曜日(今日)の朝10時までに訪問時間を連絡するということだった。

今朝、早めに起きて連絡を待っていたが、11時になっても連絡が来ず、再度、富士通ゼネラルのサイトから状況を説明、先ほど11時30分頃に担当者から連絡が来て、

「忙しくて忘れていた」

らしい。こちらから連絡しなければ、ずっと忘れられてしまったのだろうか。
忘れていたのは、富士通ゼネラルではなく、長野県の下請け工事業者なのだろう。

先週、宅配便を受け取った。午前中指定していたのに、届いたのは午後2時前。
郵便局の再配達も、指定時間内に届いたことが無い。

長野県民の県民性なのか、僕に運が無いのか。
エアコンが同じような故障を繰り返すのは、やはり、僕の運の無さなのかもしれないが、今、かなりムカついている。

こんなにムカついているのは、昨夜のコンタドールのがっかりアタックのせいかもしれない。暑いし。

]]>
GenSyouShi 2010-07-20T11:37:19+09:00
富賀神社 (三宅島) http://genbu.jp/201007/18-1936.php 三宅島の富賀神社(三宅島) を掲載しました。

東京から180Km南にある三宅島にある。
三宅島は火山の島で、2000年の噴火から5年間全島避難が続いていた。
2005年に避難解除され、島民は島に戻り、
そろそろ神社参拝も可能だろうと、2008年5月に訪問した。

当社は三宅島の南西に鎮座。
島を周回する212号線に参道の入り口があり、鳥居が建っている。
鳥居をくぐり、200mほど進むと境内。
このあたりは噴火の影響で、時折ガスが発生するらしく
参道車道脇には警告が出されていた。
一応、港の売店で簡易のガスマスクを購入していたが
参拝当日には、ガスは出ていない様子。
ちょっとどきどきしながら参拝開始。

2007年に境内社殿は修復されており
参道も綺麗に整備されていたが、背後の丘の木々は禿山の雰囲気だ。

境内中央に新しい拝殿があり、右手に神輿殿。
拝殿の後方に階段があり、階段の両脇に境内社が2社ずつ祀られている。

階段を上ると本殿があるが、木々も疎らで、まだまだ寂しい。
いづれ木々が繁茂して、鬱蒼とした森になるのかもしれない。

創祀年代は不詳。
三島大明神(事代主命)が、天照大神の詔をもって
伊豆諸島をお造りになられた時、三宅島は、火力によって造り固めたが
威力が凄まじく、数十年毎に噴火や地震が発生。
島民が、神威を畏れて祀ったものと思われる。

嘉祥三年(850)従五位下、仁寿二年(852)従五位上の神階を受け、
古来より、伊豆七島総鎮守三島大明神として崇敬された神社で、
式内社・阿米都(和)氣命神社に比定されている古社。

]]>
GenSyouShi 2010-07-18T19:36:55+09:00
龍王神社 (下関市吉見) http://genbu.jp/201007/13-2112.php 山口県の龍王神社(下関市吉見)を掲載しました。

山口県下関市にある。
山陰本線吉見駅の北東1Kmほどの吉見下に鎮座。
龍王山(614m)の麓に境内があり、
境内参道入口から龍王山を仰ぎ見ることができる。

鳥居の前数十mの位置に横向きの鳥居が建っおり
台座のようなものがある。御旅所だろうか。

境内入口は西向き。鳥居をくぐり、参道を進むと見事な楼門。
楼門の奥が、社殿のある境内。
拝殿は入母屋造で、後方に幣殿・本殿と続く。
本殿も入母屋造平入りだ。

本殿の左右に尾崎神社と河内神社。
境内右手に池があり、池の中に貴船神社。
池の横に赤い鳥居が数基並び、奥には稲荷神社。
境内右手には、御薬師社がある。

当社は、大正六年(1917)に旧郷社・乳母屋(ちもや)神社に
旧村社・大綿津見神社(龍王社)を合祀して龍王神社と改称した神社。

乳母屋神社は、第八代孝元天皇の御代に御鎮座され
第二十七代安閑天皇の頃、現在地にに社殿が建立され、
奈良時代、元明天皇の御代に再建されたという古社。
長門国第三鎮守(長門国三ノ宮)として崇敬された神社。

合祀された大綿津見神社も、
第十二代景行天皇の御代に鎮座したという古社。
一時期には、乳母屋神社が大綿津見神社の摂社であったこともある。

]]>
GenSyouShi 2010-07-13T21:12:55+09:00
アメリカンダンスアイドル シーズン5 http://genbu.jp/201007/11-1916.php アメリカンダンスアイドル シーズン5の本選が始まった。

前シーズンで初登場したボリウッドが、今シーズンも登場。
インド映画に登場する群舞なのだが、ボリウッドが登場すると審査員は絶賛する。

たしかに面白いダンスなのだが、絶賛するほどじゃない。
アジア人としては、アメリカ人に東洋の精神性を表現したダンスを見てもらいたい。
日本舞踊は受け入れにくいかもしれないが、中国舞踊なら大丈夫だろう。ボリウッドよりも芸術性があり、しかも技術的難易度の高いダンスも多いだろう。

などと考えていたら、今日、CSでヤン・リーピン(楊麗萍)のシャングリラをやっていた。凄い。
ヤン・リーピンは中国では国宝級のダンサーなのだそうだ。中国ドラマ「射鵰英雄傳」では梅超風を演じていたので知っている人がいるかも。
とにかく彼女のダンスが凄い。

]]>
2. 好…はまりました GenSyouShi 2010-07-11T19:16:53+09:00
つぶやき http://genbu.jp/201007/10-1959.php 意味や結論を求める僕としては、気軽な twitter に、あまり魅力を感じられませんでした。
とりあえず試しては見ましたが、人のつぶやきを読むのが苦痛になったので、「玄松子のつぶやき」は停止。

更新のつぶやきだけ残しておきます。

http://twitter.com/genbu_net

]]>
GenSyouShi 2010-07-10T19:59:11+09:00
末廣稲荷神社 (下関市稲荷町) http://genbu.jp/201007/08-2249.php 山口県の末廣稲荷神社(下関市稲荷町)を掲載しました。

下関駅から東へ3Kmほどの赤間町に鎮座。
唐戸市場の北にあり、9号線から300mほど入った場所。
ホテルの裏側、路地の奥、階段上の狭い境内に朱の社殿がある。
参道には稲荷らしい朱の鳥居が数基並んでいる。

現在の住所は赤間町だが、昔は稲荷町と呼ばれた遊郭街。
一説には壇ノ浦で敗れた平家の女官たちが平家一門の菩提を弔い
遊女となったという。

幕末の志士たちが闊歩したと言われる繁華街にあり
大きな神社だったようだが、空襲によって焼失し
その後復興されたが、往時の様子は留めていない。
社伝によると大同四年の創祀。
赤間関(下関)最古の稲荷神社だそうだ。

正式社号は稲荷神社だが、末広稲荷として親しまれている様子。

]]>
GenSyouShi 2010-07-08T22:49:51+09:00
鍬山神社 (亀岡市上矢田) http://genbu.jp/201007/06-0029.php 京都府の 鍬山神社(亀岡市上矢田) を掲載しました。

京都府亀岡市にある。
亀岡駅の南3Kmほどの上矢田町に鎮座。
6号線を南下して行くと、当社の大鳥居が建っている。
そこから右手に入ると、東向きの境内。

木々の茂った境内には赤い鳥居。
境内の右手、北参道の脇には百太夫神社という境内社が一つ。
鳥居をくぐると右手にも境内社が並んでいる。

鳥居をくぐって直進(西)へ進むと広い境内。
境内中央に拝殿があり、その後方には同規模の社殿が並んでいる。
向かって左手(南)が、当社・鍬山神社の本殿、
右手(北)は八幡宮の本殿だ。

ともに垣に囲まれた向拝付きの美しい本殿で
金細工の装飾が付けられている。
左手鍬山神社の向拝には、神紋である二羽の兎が遊び、
右手八幡宮の向拝には、同じく神紋である二羽の鳩。

社伝によると和銅二年(709)の創祀。

式内社・鍬山神社の比定される古社で
鍬山大明神とも矢田社とも呼ばれた神社。

往古、当地は大蛇の住む泥湖であった。
そこで祭神・大己貴命が、八神を黒柄山に集めて協議し、
みずから鍬を持って浮田峡(保津峡)を切り開き、肥沃な農地としたという。
里人は、その神徳を慕い、天岡山の麓に大己貴命を祀ったのが起源。

]]>
GenSyouShi 2010-07-06T00:29:45+09:00
高向神社 (坂井市丸岡町) http://genbu.jp/201007/02-0124.php 福井県の 高向神社(坂井市丸岡町) を掲載しました。

福井県坂井市にある。
JR春江駅の東5.5Kmほどの丸岡町高田に鎮座。
160号線をひたすら東へ進む、北陸自動車道を越えて200mほど。
160号線脇に境内があるのだが、160号線は境内の裏手を走っている。

境内入口は南側。
空き地のような境内で、鳥居の脇に「式内高向神社」と刻まれた社号標。
鳥居をくぐり、参道を進むと石の垣に囲まれて本殿が鎮座。

当地高田は「高向の宮跡」と呼ばれる史跡。
武内宿禰六世の孫高向氏が統治した高向の郷で、
継体天皇の母・振媛命が、継体天皇を育てた宮の跡なのだそうだ。

拝殿も無く質素な境内。
これは、昭和五十五年に再建されたものらしい。

欽明天皇の御代の創祀。

境内の案内によると、五世紀の中頃
近江国高島郡三尾に住んでいた応神天皇の後裔・彦主人王は、
越の坂名井から振媛命を妻として迎えた。
振媛命は男大迹王(後の継体天皇)を生んだが。
まもなく彦主人王が亡くなったので、
幼い男大迹王を連れて故郷 の高向に帰り養育したとある。

]]>
GenSyouShi 2010-07-02T01:24:15+09:00
岡神社 (米原市) http://genbu.jp/201006/28-0651.php 滋賀県の 岡神社(米原市) を掲載しました。

滋賀県米原市にある。
近江長岡駅の北3Kmほどの間田に鎮座。
248号線を北上し、365号線と合流して西へ100mほど。

境内入口は南向き。
鳥居の右手に「式内岡神社」と刻まれた社号標。
参拝が年末だったので、
鳥居の脇には角松が飾られ迎春準備が整えられていた。

鳥居をくぐり50mほどの参道を北上すると境内。
境内のアチコチに石があるのだが自然のものだろうか。
拝殿の左手に大きな岩が祀られている。

入母屋造拝殿の後方に垣に囲まれて流造の本殿。
本殿の左手にも、石が祀られている。

境内の案内に「岡神社庭園解説」とあり
巨石を組んだ庭園の解説があるのだが
なぜか、写真に撮っていない。
気づかなかったのか、見落としたのか。
白雉三年の創祀と伝えられる古社で
式内社・岡神社の論社の一つ。

白雉元年、出雲国の人々が当地に移住し
大原郷開拓に際し、伊吹山より姉川の水を引き養水の便を計り開墾地に灌漑。
工事の落成した三年五月、五穀豊穣を祈願し、岡山に祠を築いたのが当社の起源。

]]>
GenSyouShi 2010-06-28T06:51:40+09:00
岡山神社 (岡山市) http://genbu.jp/201006/23-1956.php 岡山県の岡山神社(岡山市)を掲載しました。

岡山県岡山市にある。
岡山駅の東1,5Kmほどの石関町に鎮座。
旭川の西岸にあり、対岸には後楽園がある場所で、
岡山城の北西。

県立美術館の交差点から東へ入ると、
道路に面して、南西向きに鳥居が建っている。
鳥居の左脇には「岡山神社」と刻まれた社号標が建っており、
右手に由緒等を記した案内板がある。

鳥居をくぐると、神門があり、
神門の奥、境内中央にコンクリート造りの薄いピンク色の社殿。
拝殿後方の本殿も、同色のコンクリート造。
市街地にある大社では、薄いピンクや黄色のコンクリートの社殿が多いが
漆喰のような白色じゃないのはなぜだろう。
ピンク色でも汚れは目立つし、個人的には、白い社殿であって欲しいのだが。

朱印の日付にある通り、参拝は正月二日。
曇天の朝八時頃だったが、すでに参拝客が多かった。
創祀年代は不詳。
社伝によると、清和天皇貞観年中の勧請と伝えられ、
備前国神名帳に「下宮明神」とある古社。

以前は大島(岡山、岡山城の位置)に鎮座していたが、
天正元年、宇喜多直家の岡山城築城に際し、現在地に遷座。
その後、金吾中納言秀秋によって拝殿以下の社殿が造営された。

]]>
GenSyouShi 2010-06-23T19:56:04+09:00
小槻大社 (栗東市) http://genbu.jp/201006/20-0516.php 滋賀県の 小槻大社(栗東市) を掲載しました。

滋賀県栗東市にある。
草津駅の南東4Km弱ほどの下戸山に鎮座。
名神高速を越えて数百mの地点に白い鳥居が立っており
車道を進むと、境内入口がある。
ここで参道は左手に進路を変える。

境内は鬱蒼と茂る森の奥、という雰囲気。
入口の鳥居をくぐってしばらく歩くと古墳がある。
古墳時代後期(六世紀後半)のものだそうで
古墳の上に、龍王社の小祠が祀られている。

さらに参道を進むと朱の鳥居、朱の社殿の境内社。
たぶん稲荷社だと思う。

さらに進むと社殿のある広い境内。
境内中央に入母屋造の拝殿があり、拝殿の後方に少し離れて
垣に囲まれた美しい一間社流造の本殿が鎮座。
社殿の向きは南東向きだ。
本殿の左右に、山王社と祇園社の小祠が祀られている。

大きくて綺麗な神社で、さすがに「大社」なのだ。
創祀年代は不詳。
小杖宮、小杖大明神とも称された神社。

当地方に勢力のあった小槻山公が
その祖・於知別命を祀ったのが創祀だと思われる。
於知別命は、祖別命、落別王とも記され、垂仁天皇の皇子。

]]>
GenSyouShi 2010-06-20T05:16:14+09:00
三野神社 (日高町) http://genbu.jp/201006/16-2310.php 兵庫県の 三野神社(日高町) を掲載しました。

兵庫県豊岡市にある。
国府駅の南東1Kmほどの日高町野々庄に鎮座。
国府駅と円山川の中間あたりに、道に面して南向きの境内。

境内は垣に囲まれておらず、オープンな感じ。
鳥居の左脇に「式内三野神社」と刻まれた社号標があり、
境内の奥に、社殿が一つ。本殿を納めた覆屋だろう。
社殿の前、左右に狛犬と灯籠があるだけのシンプルな神社。

境内の左手に赤い金属製の鳥居が一基あり
境内社の祠が一つ。稲荷社だろう。
創祀年代は不詳。
式内社・三野神社に比定されている古社。

雄略天皇三年(459)但馬国造黒田大連が、
天湯河板挙命の子孫である美務連嘉摩を召し抱え、
鳥取部として鳥を取らせ料理を作らせた。

その功績により、美務連嘉摩の祖先を祀らせて
美務神社としてのが、当社・三野神社であるという。

]]>
GenSyouShi 2010-06-16T23:10:48+09:00
志波加神社 (南丹市) http://genbu.jp/201006/12-1850.php 京都府の 志波加神社(南丹市) を掲載しました。

京都府南丹市にある。
日吉駅の西4Kmほどの日吉町志和賀に鎮座。
志和賀にあるため、地図には「志和賀神社」と記されている。

80号線を西へ3.5Kmほど進み、南下して500mほど。
道路がカーブしている場所に、道路に面して境内がある。

境内入口の鳥居には「志波加神社」と記された扁額。
鳥居の左わきに、小さな社号標が立っている。

鳥居の後ろ、すぐの場所に拝殿があり、
拝殿の後ろ、すぐの場所に階段があって、
階段の上に流造の本殿。

本殿の左右に、ずらっと境内社が並んでいる。

参拝は炎天下の夏の日。
強烈な日射しの中の参拝だったが
道路を走行していても社域であることがわかるほどの木が聳え、
境内は木陰となっていた。
そんな雰囲気が、写真では上手く伝わらないのが残念だ。
創祀年代は不詳。
社伝によると、慶雲二年(705)の創祀。

式内社・志波加神社に比定されている古社。
もとは、東組の奥(南西)の清水寺付近にあったとも伝えられている。
古社地とされる志津谷の東山には、3mほどの巨石があり、
昔は、岩の下に桧があり、そこに鎮座していたという伝承がある。

]]>
GenSyouShi 2010-06-12T18:50:01+09:00