大神社跡 (松阪市)

三重県の大神社跡(松阪市) を掲載しました。

三重県松阪市にある。
松阪駅の西5Kmほどの深長町、泉の森と呼ばれている公園のような場所にある。

伊勢道の松阪I.C.へ向かう59号線から少し南へ入った場所。
ここから西へ1,5Kmほどで伊勢道に到着する。

泉の森と呼ばれるこの森には、いくつかの泉があるようだが、雨が降っていたので散策はしておらず、肝心の泉の写真が無いのだ。

その森の入口に案内板があり、案内板のすぐ近くに小さな祠がある。
泉の森は大神社の境内地だったようで、この祠が大神社跡を示すもののようだ。

祠の中には石仏が安置され、祠の脇には石を組んだ祭祀跡が残されている。

当社の社号「大神」の正しい読み方が判らないので、とりあえず奈良の大神社と同様の読み方にしておいた。

創祀年代は不詳。一説には大宝年間以前であるという。

『式内社調査報告』によると、ここに鎮座していた大神社が、式内社・大神社の論社であるという。

当社の古い扁額には「大和大明神」とあり、大和社とも呼ばれており、飯南郡第一の大社であったが、明治になって村社に列し、明治四十一年四月、伊勢寺村内の二十七の村社とともに高福神社に合祀され、高福神社は伊勢寺神社と改称された。

当社境内の泉は、近隣の田畑を潤すだけでなく、茶の湯にも使用され、松阪城主から社領を給わったという。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 9:06 PM

伊佐和神社 (松阪市)

三重県の伊佐和神社(松阪市) を掲載しました。

三重県松阪市にある。
紀勢本線の相可駅の北1Kmほどの射和町に鎮座。
160号線を北上して櫛田川を渡り、射和町交差点付近から北東へ狭い道を入ると当社の前に到着する。

境内は、その道に面して南東向き。
石の鳥居の左脇に「延喜式内伊佐和神社」と刻まれた社号標が立っている。

鳥居をくぐり参道階段を上ると社殿のある境内。
拝殿は入母屋造瓦葺で、後方に一段高く、神明造の本殿。

参拝は3月の雨の日の朝。
砂利の境内に落ちる雨音が心地よく響く、静かで清涼な神域。

かつて射和町は、産土八王子(上社)と産土牛頭天王(下社)という一村二社の産土神を持つ形式であった。
明治になって上社を射和神社と、下社を八重垣神社と改め、明治四十一年、八重垣神社に射和神社を合祀して、伊佐和神社となったらしい。

この合祀された上社・射和神社が式内社・伊佐和神社に比定されている古社。
かつては、射和寺薬師堂の境内に射和社として存在していたが、文化十二年(1815)、洪水によって、射和町の字会下前(射和小学校の裏付近)に遷座したという。

射和社を八王子と称するのは、境内に八王子社があったためだそうで、射和の地名は、日本書紀に神武天皇が大和へ向かう途中、兄磯城、弟磯城の宅へ
頭八咫烏を遣わした時、烏が「天神子召汝。怡奘過(いざわ)、怡奘過(いざわ)」「天神の子がお前を呼んでおられる。さあさあ」と鳴いた故事によるらしく、本来の祭神は、建津奴身命(八咫烏)。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 7:51 PM