四方神社 (富山市)

富山県にある、四方神社(富山市) を掲載しました。

富山県富山市にある。
富山駅に北8Kmほどの四方一番町に鎮座。
神通川を西へ渡って北上し富山湾の四方漁港へ。
その四方漁港のそばに境内がある。

境内入口は東向き。
入口の石鳥居の脇に「四方神社」と刻まれた社号標が立っている。
参道を進むと、右手に瓦葺の手水舎があり、
正面に銅板葺き入母屋造の堂々とした拝殿。
後方の本殿は、同じく銅板葺きの流造で幣殿・拝殿と連結した構造。

社殿の右手に、垣に囲まれて栂野彦八顕彰碑が立っている。
四方漁民のために自らの命を犠牲にした、江戸時代の義民。
各地の神社に見られる顕彰碑は、その文字が読みにくく、
当サイトでも、あまり取り上げることはないんだけど、
中には悲惨な歴史や物語が刻まれていることもある。

『富山県神社誌』によると、往古は五社の社殿が立っていた大社であったが、
たび重なる波の害で海中に沈没し、現在でも沖合に五社宮という網場があるという。
その後、貞享年間(1684~1688)石動山別当職・堪寂浮喜法師が、
宝永年間(1704~1711)社殿を改築し、海中に没した五社宮を相殿とした。

明治になって、伊須流岐比古神社と改称し、
明治四十年六月、境内社天満宮、同都賀比古神社、
中坪鎮座の恵比須宮、四方新村の稲荷社と神明社などを合祀して四方神社と改称した。

元境内社都賀比古神社の祭神・四方建比古神が栂野彦八。
寛政年間、振り売り(天秤棒を担いで売り歩くこと)を禁じられた四方漁民は生活に困窮し、
切羽詰まって集団で郡奉行に乗り込もうとした時、
彼らを説得して、単身で直訴におよび自刃して果てた当時の町年寄。
彼の死後、振り売りは黙認されることとなり、
彼の遺徳を偲んで、四方町民が建てたもの。
境内の案内によると、諏訪の森に彼の石像があるらしい。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 6:26 PM