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2009年5月29日

金劔宮 (鶴来)

石川県の 金劔宮(鶴来) を掲載しました。



石川県白山市にある。
北陸鉄道石川線・鶴来駅の南東500m、
中鶴来駅の北東500mの鶴来日詰町にある。
両駅と当社で、ちょうど正三角形になるような位置。

45号線から南東へ延びる道の突き当りに参道入口があり、
「縣社 金劔神社」と刻まれた社号標が建っている。

参道を進み、鳥居をくぐり、階段を上ると
103号線が社前を通っており、境内左手に当社の駐車場がある。

境内入口には「金劔宮」と刻まれた社号標があり、
数段の階段を上ると広い境内。

正面に大きな拝殿があり、拝殿の後方に流造の本殿。
境内左手に境内社が並んでおり、
左手奥から、招魂社、粟島社、丈六社、
金刀比羅宮、恵比須社、乙劔宮と並んでいる。

恵比須社の前には、天之真名井。
舞殿の横には、義経腰掛石や天忍石(牛石)などがある。
昔は、義経の笈掛け松もあったらしいが、今は朽ちて存在しない。

社号の金劔宮は、境内由緒書・『石川県神社誌』には「きんけんぐう」、
『平成祭データ』には「つるぎのみや」、
『神社名鑑』には「かなつるぎのみや」、
『明治神社誌料』には金劔神社と記され
「かなつるぎのじんじゃ」と読みが付けられている。

長野から高速を走って、当社へ到着したのは朝の四時頃。
まだまだ境内は暗かったので、とりあえず参拝を済ませ、
明るくなるのを待って、撮影を始めたが
光が足りなかったため、全体にピントのボケた写真となった。

が、日の出前の青い境内は、それだけで神域にいる雰囲気で良い気持ち。
燈籠の明かりがオレンジに輝いていた。

社伝によると、
崇神天皇三年三月の創祀。

投稿者 GenSyouShi : 11:57 | こめんと (0)

岩本神社 (能美市)

石川県の 岩本神社(能美市) を掲載しました。



石川県能美市にある。
北陸鉄道石川線鶴来駅の西1Kmほどの岩本町に鎮座。
手取川にかかる天狗橋を渡り、岩本の集落の奥に境内がある。

境内入口は東向き。
階段を上ると、緑に覆われた境内。
境内中央の参道を進むと、正面に社殿がある。

とにかく、瑞々しい緑に覆われた境内で、
普通の公園よりも気持ちの良い空間。
境内右手(北側)にはブランコなどの遊具が置かれていた。

参拝は朝の五時頃。
社殿の扉の上には、まだ明かりが灯っていた。

社伝によると、
仁明天皇嘉祥元年(848)の創建。

岩根宮とも称されて、白山七社の本宮四社の一社にして、
白山第二王子であるという。

投稿者 GenSyouShi : 11:56 | こめんと (0)

笥笠中宮神社 (白山市)

石川県の 笥笠中宮神社(白山市) を掲載しました。



石川県白山市にある。
金沢駅から南へ40Kmほどの中宮に鎮座。
手取川の支流・尾添川に沿って
白山スーパー林道へ続く360号線を進み、
荒谷の交差点で左折して、尾添川を越えた場所。
新中宮温泉の東はずれに境内がある。

境内入口は南向き。
参道階段を上ると砂利の境内。
境内奥にガラスに覆われた社殿があり、
拝殿の後方に、本殿。

社号の「笥笠」は「すがさ」と読み、
当地の古名だそうだ。

社伝によると、
村上天皇の天暦十一年(957)の創建。

白山七社の一社にして、
別宮・佐羅宮とともに中宮三社と称されている。

投稿者 GenSyouShi : 11:54 | こめんと (0)

白山別宮神社 (白山市)

石川県の 白山別宮神社(白山市) を掲載しました。



石川県白山市にある。
大日川の東岸、白山市役所鳥越支所の近く、
360号線の別宮北交差点に境内がある。
360号線を西へ少し行くと「道の駅一向一揆の里」がある。
そんな場所。

境内入口は南向き。
交差点隅に「郷社 白山別宮神社」と刻まれた社号標が建っている。
境内は垣に囲まれて、南北に長く、緑に覆われており、
境内中央に、社殿へ続く参道がある。

参道正面には、ガラスに覆われた拝殿があり、後方に本殿。
社殿の屋根は直線で構成されており、どこか洋風な雰囲気。
林の中の別荘のような印象だった。

別宮は、資料によっては「べつぐう」「べつくう」とあり
地名は「べつく」と読むようだ。

社伝によると、
村上天皇応和三年(963)四月十二日、嶺上之神奉斎に始まり、
一条天皇永延二年(988)、殿宇全て整ったという。

『加賀国神階帳』に「従五位上 別宮明神」とある古社。
(写本によっては、従六位上別宮明神)

白山七社の中宮三社の一社にして、
白山記には、本地十一面観音、阿弥陀、正観音とある。

投稿者 GenSyouShi : 11:52 | こめんと (2)

2009年5月28日

佐羅早松神社 (佐羅宮)

石川県の 佐羅早松神社(佐羅宮) を掲載しました。



石川県白山市にある。
金沢駅から南へ30Kmほどの佐良に鎮座。
手取川に沿って157号線を南下。
佐良の集落に入ると、157号線の東側に参道入口があり、
参道脇には「村社佐羅早松神社」と刻まれた社号標が建っている。

当社の社号は、資料によっては
佐羅早松神社、佐良早松神社の2種類あり、
現在、正式には佐良早松神社と書くらしいが、
社号標や境内案内には、佐羅早松神社とある。

コンクリートの参道の坂道を上り、
山道のような参道を進むと、緑の境内。
鳥居をくぐり、階段を上ると、
ガラスに覆われた拝殿がある。

境内の左手に、境内社の菊理姫社がある。

社伝によると、
円融天皇天元五年五月の創立という。

白山七社の中宮三社の一社にして、
白山記には「本地不動明王天正五年造始宝殿…」
と記されているらしい。

投稿者 GenSyouShi : 04:43 | こめんと (0)

2009年5月24日

伊去波夜和氣命神社 (石巻市大宮町)

宮城県にある 伊去波夜和氣命神社(石巻市大宮町) を掲載しました。

宮城県石巻市にある。
石巻線・渡波駅の南500mほどの大宮町に鎮座。
万石浦の近く、398号線から少し南へ入った場所に
東向き(やや南向きだが)の境内がある。

境内入口に石鳥居が建ち、
右手に「村社伊去波夜和氣命神社」と刻まれた社号標。
鳥居をくぐり参道を進むと、
正面に赤い社殿が見え、境内には多くの赤い境内社や
石碑・石祠が祀られている。
とにかく石碑・石祠が多いのだが
確認できたものは、
山神・秋葉山・金毘羅大権現・足尾神・庚申・金華山・古峰山。

参拝は、八月休日の朝。
早朝は雨が降っていたが、夜明け頃から雨が上がり
午後には晴れてきたのだが、当社に参拝した頃は
まだまだ雨雲に覆われていた、そんな頃。

拝殿は赤く、屋根は瓦葺で、
後方に赤い本殿が繋がっている形式。
屋根の上の両端部分に、龍が載っているのが面白い。

創祀年代は不詳。

社伝によると、
もと字岡の地に鎮座していたが、
寛政八年(1796)現在地に遷座したという。

投稿者 GenSyouShi : 22:18 | こめんと (0)

2009年5月21日

中嶋神社 (豊岡市)

兵庫県の 中嶋神社(豊岡市) を掲載しました。

兵庫県豊岡市にある。
豊岡駅の南東4Kmほどの三宅に鎮座。
円山川にかかる円山大橋を渡り、
703号線を東へ進むと、突き当りに大きな境内があり、
朱の大鳥居が建っている。
鳥居の向き(境内の向き)は南向き。
境内は広く、綺麗に整備されており、
神社というより、史跡のような印象。
観光バス用の大きな駐車場もある。

大鳥居の右脇には「菓祖中嶋神社」刻まれた社号標。
鳥居をくぐり、石の参道を進むと、
境内入口の石鳥居。
この鳥居の右脇には「お菓子の神様 田道間守の生誕地」と刻まれた石碑。

鳥居をくぐり、池の橋を渡ると、
正面に入母屋造の立派な拝殿があり、
拝殿の後方に、垣に囲まれた朱塗の本殿がある。
この本殿は室町中期の作で、国宝に指定されたらしい。

参拝は、五月の休日。
あいにくの曇天で、写真としては暗く不出来。
晴天の明るい日に参拝しておれば、
青空と朱の鳥居のコントラストが美しい神社だったはず。

社伝によると、推古天皇の御代、
祭神・田道間守命の七世孫にあたる三宅吉士・中嶋の君が
祖神を祀ったのが、当社の創祀。

田道間守命は、天日槍命の後裔で、
当地に居を構え、安美谷を開墾した当地の開拓神。

さらに、垂仁天皇の九十年二月、命を受けて、
神仙秘境の「常世国」に「非時香菓」(ときじくのかぐのこのみ)を持ち帰った神。

ただ、戻った時には既に垂仁天皇は亡くなっており、
天皇の御陵に「非時香菓」を献じて殉死した。

景行天皇は、これを哀れみ、垂仁天皇御陵そばに池の中嶋に
田道間守命を葬られたという。
ゆえに、当社社号を「中嶋」というらしい。

投稿者 GenSyouShi : 20:51 | こめんと (3)

2009年5月19日

諸岡比古神社 (志賀町東小室)

能登の 諸岡比古神社(志賀町東小室) を掲載しました。



能登半島の志賀町にある。
日本海沿いを走る249号線から、
富来川上流へ向かって、23号線を2Kmほど東へ。
東小室の集落で、南へ入ると境内の丘がある。

丘の前に石の鳥居が建っており、
階段の横には「式内村社諸岡比古神社」と刻まれた社号標。

参拝日は、十月十日の休日で、
資料によると、秋祭(秋式)の日。

階段を上ると拝殿があるが、
拝殿の中では、氏子の方々が集まっており、
鳥居脇には、何台かの車も止まっていた。

ということで、邪魔にならないように
速やかに参拝。拍手も、音がしないように
手を軽く触れ合わせる程度。

創始年代は不詳。
古くより諸岡比古神社神社と称し、
明治の一時期「尾室神社」と称されたが、
明治三十五年、旧社名へ戻したという。

投稿者 GenSyouShi : 16:37 | こめんと (0)

2009年5月18日

新鞍神社 (おおい町)

福井県の 新鞍神社(おおい町) を掲載。

福井県のおおい町にある。
若狭本郷駅の南西11Kmほどの川上に鎮座。
佐分利川に沿って1号線を進むと、道路南側に境内が見える。

境内入口は東向き。
入口の石鳥居の左手には、夫婦杉が聳えている。
その石鳥居をくぐると、もう一つの、こちらは木製の鳥居。
その鳥居をくぐると、境内奥(西側)の石組みの上に社殿があり、
石組み手前、左手に手水舎がある。

数段の階段を上ると正面に瓦葺の拝殿。
拝殿は全面が雪囲いのためと思われる板で覆われていた。
拝殿の後方に、本殿。
本殿は覆屋、というより覆屋根が設置され、
前面の庇が長く延びており、参拝はここで行うのだろう。
その庇の屋根は、板葺の上に瓦葺の屋根が二重に設置されていて面白い。

参拝は8月の休日。
炎天下と呼べる天気の下。
京都旅行中だったが、あまりの暑さで日程を繰り上げ
早々に長野へ戻る途中に立ち寄った。

創祀年代は不詳。

『若狭国神階帳』に「正五位 賊椋明神」と記されている古社で、
大飯郡内二十ケ所中の一社である。

往古、人身を御供する社であったが、
いつの頃か、陰暦正月十三日夜半、人皆寝静まった時刻に
酒を献じて祈願するように変化したという。

投稿者 GenSyouShi : 23:40 | こめんと (0)

2009年5月13日

石田神社 (鯖江市)

福井県の神社、 石田神社(鯖江市) を掲載しました。

福井県鯖江市にある。
北鯖江駅の西3Kmほどの石田上町に鎮座。
日野川の西側、186号線の石田橋を渡って南へ入った場所に境内がある。

境内入口は南側。
参道には大きな常夜燈が建ち、
常夜燈の前に「郷社石田神社」と刻まれた社号標。

参道鳥居から、少し北へ行くと境内入口がある。
参道の鳥居の扁額には「石田神社」とあるが
境内入口の鳥居には「八幡宮」とある。
かっては「八幡宮」とも称していたのだろう。

参拝は五月、雨の早朝。
日の出直後だと思うが、雨なので日の出がわからない、
そんな頃合いだが、僕が到着した時には
すでに近所の方が、傘をさしながら参拝されていた。

鳥居をくぐり、石の参道を進むと、
正面の褐色の社殿。
大きな銅板葺拝殿の後方に、大きな本殿覆屋がある。
『福井県神社誌』によると、本殿は瓦葺・流造らしい。

ちなみに拝殿は、昭和三十八年の台風被害により再建されたもの。
それ以前は鬱蒼とした森であったらしいが、今は広々とした境内になっている。

創祀年代は不詳。

社伝によると、
神日本磐余彦命(神武天皇)の東征の折り、
石田彦という人物が、それに従った。
神日本磐余彦命が、越の国を巡幸され、当地に滞在した時、
懐中より玉串を取り出して、
「朕今汝に石田郷を与えむと思う。
汝朕の命に従い之を無窮に伝えよ」
と、石田彦に勅したという。

よって、石田彦は社殿を築き、
その玉串を奉安し、日々これを尊崇したといい、
後に、石田神社と号したという。

投稿者 GenSyouShi : 21:32 | こめんと (0)

2009年5月12日

矢田神社 (久美浜町)

京都府の 矢田神社(久美浜町) を掲載しました。

京都府京丹後市にある。
北近畿タンゴ鉄道宮津線・久美浜駅の東、直線で3Kmほどの久美浜町海士にある。
甲山駅からは南東に1.5Kmほどの場所。
川上谷川の東岸、669号線から東へ200mほど入った場所に境内がある。

参道には石鳥居が建ち、鳥居の足もとに
「村社 式内 矢田神社」と刻まれた社号標。
参道を100mほど進むと、
ゲートボール場の奥に、西向きの社殿が鎮座。
社殿は瓦葺の拝殿と、その後方に
拝殿に付属して本殿覆屋。

参拝は8月、炎天下の朝。
眩しい太陽に向かって参道を進んだことを覚えている。

社伝によると、
垂仁天皇の御代、河上摩須によって勧請された神社で、
式内社・矢田神社の論社となっている古社。

「熊野郡誌」には
「海士の地は往古神服連海部直を居住地にして、
館跡を六宮廻(ろくのまわり)といふ。
海部直は丹後國造但馬國造の祖にして、
扶桑略記にも丹波國熊野郡川上庄海部里爲二國府一とあり、
されば海部直の祖たる建田背命及其御子武諸隅命、和田津見命を
斎き祀れるも深き由緒の存ずる所」とある。

投稿者 GenSyouShi : 02:46 | こめんと (1)

2009年5月 5日

己爾乃神社  (洲本町御前社)

滋賀県の 己爾乃神社 (洲本町御前社) を掲載しました。

滋賀県守山市にある。
守山駅の北西5Kmほどの洲本町に鎮座。
477号線の列系図橋から西へ入って1Kmほどの場所にあり、
北側には「びわこ地球市民の森」がある場所。

境内入口は南西向きで、
右側に「式内己爾乃神社」と刻まれた社号標と由緒石碑が建っている。

鳥居をくぐり参道を進むと、正面に瓦葺入母屋造の拝殿があり、
拝殿の右手前に手水舎。拝殿の後方、石組の上、垣に囲まれた流造の本殿がある。

本殿の垣の左右には境内社。
左手には、通常の神社では本殿クラスの立派な境内社。
右手には稲荷社と、その横に小振りな境内社の二祠がある。

『式内社調査報告』によると、
境内社は、稲荷社・大城神社、天満宮とあり、
旧本殿に神宮を祀っていると記されているので、
たぶん、左の境内社が神宮。
右手の稲荷社の隣にあるのが大城神社と天満宮だろう。

社伝によると、文武天皇の大宝三年(703)
中臣為恵によって創祀されたという古社。

度重なる洪水の時、御前大明神が現われ
「この地は霊地なり。我を祭らば五穀豊饒にして国民安穏なるべし」
との託宣により創祀されたという。

投稿者 GenSyouShi : 14:16 | こめんと (0)

 

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