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2008年7月30日

加多志波神社 (鯖江市)

「ちりとてちん」 のDVDを見たので、
久しぶりに鯖江の神社、 加多志波神社(鯖江市) を掲載しました。

福井県の鯖江市にある。
鯖江駅の西2Kmほどの川島町に鎮座。
北陸自動車道・鯖江I.C.を越えて105号線を西へ。
川島町に入ったあたりで、南へ入ると広い境内がある。

緩い坂道を登ると、境内入口の鳥居。
鳥居の脇には「式内 加多志波神社」と刻まれた社号標がある。
鳥居をくぐると、参道は二手に分かれており、
分かれた参道を、すぐに右手(西)へ進むと観音堂へ続く下の参道。
まっすぐに進んで、右手へ曲がると当社社殿へ続く上の参道。

とりあえず、まっすぐに階段を上っていくと
突き当りに「三里山登山口」がある。
三里山は、鯖江と武生と今立の3つの里にまたがる350mほどの里山。
武生と今立は合併して、越前市になったので、今は二里山(ウソ)。

当社境内は、その三里山の北麓にある。

参道を、登山口から右手へ進むと参道の木造鳥居。
さらに参道を進むと、社殿のある境内。
神馬像には三つ巴の紋が付けられている。

社殿は、拝殿と後方に本殿。
本殿の周囲には、板の雪囲いがある。

社殿の後方へ続く道があり、
細い道を進むと塔佛堂がある。
塔佛堂から階段を下ると、立派な観音堂がある。

境内入口の鳥居をくぐって、
すぐに右に進む下の参道は、この観音堂へ続いている。

投稿者 GenSyouShi : 16:30 | こめんと (0)

2008年7月26日

須部神社 (若狭町)

「ちりとてちん」 のDVDを見たので、
久しぶりに若狭の神社、須部神社(若狭町) を掲載。

福井県の若狭町にある。
小浜線の若狭有田駅の東3Kmほどの末野に鎮座。
鳥羽川を越えて、27号線から農村総合公園方面へ400mほど北上し、
300mほど西へ入ると境内がある。

境内入口に石鳥居が建ち、参道階段を進むと朱の鳥居。
鳥居扁額には「恵比須大神」とあり、
地図にも恵比須大神社と記されていて、
当社の通称は、えべっさん。

朱の鳥居をくぐり階段を上ると割拝殿。
その奥に社殿があり、拝殿の後方に流造の大きな本殿がある。

社殿の周囲に境内社の祠が散在しており、
各祠には社名の額が掲げられている。
確認した境内社は、
八幡宮、大國主社、少彦名社、天満宮、日枝社。

境内左手に、上へ登る階段があり、
階段途中に稲荷社。階段上に皇大神宮がある。

投稿者 GenSyouShi : 21:45 | こめんと (0)

2008年7月24日

安牟加神社 (豊岡市)

兵庫県の 安牟加神社(豊岡市) を掲載しました。

兵庫県豊岡市にある。
但東総合支所の北東6Kmほどの但東町虫生に鎮座。
太田川に沿って、482号線を進み、
赤花川との合流点で2号線へ入り、さらに2Kmほど進んだ場所。
道路から少し入った場所に境内がある。

境内入口には「式内 安牟加神社」と刻まれた社号標が建ち、
階段を上ると鳥居。鳥居をくぐると境内。
境内奥(北側)に石組があり、その上に社殿。
中央に拝殿があり、拝殿の後方に
妻入の春日造のような本殿がある。

拝殿の左右に境内社が一つずつ。(稲荷神社と三柱神社)
鳥居の横、社殿の正面に歌舞伎舞台がある。

参拝は5月の連休の朝。
強烈な朝日を正面に受けながら当社へ向かったが、
あまりに眩しくて、見落としてしまい、
Uターンして戻り、ようやく到着。
Uターンせずに、もう少し進むと京都に入ってしまう場所にある。


創祀年代は不祥。

聖大明神とも称された古社で
式内社・阿牟加神社の論社。

承和十五年(848)秋八月、安牟加首虫生を出石主政に任ず。
安牟加首虫生其祖物部十千根命を虫生の丘に祀る。
これを安牟加神社という。

投稿者 GenSyouShi : 20:13 | こめんと (2)

2008年7月20日

御嶽神社 (栗原市)

宮城県にある 御嶽神社(栗原市) を掲載しました。

宮城県栗原市にある。
栗原市役所の北西10Kmほどの鶯沢字袋持添に鎮座。
42号線を進み、二迫川を越えたあたりで西へ。
1.5Kmほど進むと、道に面して当社境内がある。

境内の右手(東側)に鳥居が建ち、
鳥居の正面に黒い屋根の社殿。
後方に流造の本殿があり、本殿の左手に境内社が一つ。
拝殿の右手に、小さな石祠がある。

境内全体がアスファルトで覆われており、
駐車場のような雰囲気。
ところどころ、アスファルトの裂け目から雑草が延びていた。


社伝によると、
大同年間(806~810)坂上田村麻呂によって勧請された古社。

一説には、もと駒ケ岳中の大日岳に鎮座していた蔵王権現の分霊社を
安元二年(1176)、藤原秀衡が、
現在地に遷座したとも伝えられ、蔵王権現とも称されていた。

投稿者 GenSyouShi : 15:17 | こめんと (2)

八雲神社 (石巻市)

宮城県にある 八雲神社(石巻市) を掲載しました。

宮城県石巻市にある。
JR気仙沼線・陸前豊里駅の北東2Km、
御岳堂駅の南1Kmほどの桃生町倉埣に鎮座。

旧北上川の東岸、61号線から300mほど西へ入った場所。
道がカーブしているあたりに境内がある。

境内入口は南向き。
鳥居をくぐると正面に、茅葺の堂々とした社殿がある。

境内は広く、左手(西側)には、本社と同規模の白鳥神社がある。
本社と白鳥神社の間に境内社があり、
木造の祠と、小さな石祠、石碑が建っており
石碑には「古峯神社」と刻まれている。

白鳥神社の左手にも、いくつかの境内社が並んでいる。
左から、渡會神社・八幡神社・五十鈴神社・石上神社・愛宕神社・鳴雷神社。

残念ながら、当社八雲神社の由緒は未入手。
通称は、天王様と呼ばれているらしい。

投稿者 GenSyouShi : 15:15 | こめんと (0)

2008年7月19日

天神社 (津島福居)

岡山県の天神社(津島福居)を掲載しました。

岡山県岡山市にある。
岡山駅の北2Kmほどの津島福居に鎮座。
大学の近く、福居公会堂の横に、参道入口があり、
数十mの緩やかな参道階段を上ると、社殿の鎮座する境内。

参道には灯籠や鳥居があり、
階段上の境内入口には注連縄をはった注連柱。
注連縄をくぐって境内に入ると、正面に社殿。

拝殿の後方には、流造の本殿がある。

参拝は、天気の良い正月二日の昼近い朝。
参拝を終え、社殿から振り向くと、岡山の街が一望。

投稿者 GenSyouShi : 15:31 | こめんと (0)

2008年7月16日

日出神社 (但東町畑山)

兵庫県の 日出神社(但東町畑山) を掲載しました。

兵庫県豊岡市にある。
但東総合支所の北東4Kmほどの但東町畑山に鎮座。
太田川に沿って、482号線を進み、
赤花川との合流点手前で南へ入った場所。

道路脇に広場のような場所(境内?)があり、
その西側に社殿がある。

境内鳥居は東向き。
参拝は5月の連休。社号に合わせて、日の出の頃に到着。
昇った朝日を正面に受けて、社殿が輝いていた。

社殿といっても、拝殿も覆屋もない本殿のみ。
室町末期の建立で、国の重要文化財に指定されている、三間社流造。


創祀年代は不詳。

式内社・日出神社の論社の一つ。

祭神は、天日槍四世孫・多遅摩比多訶神。
多遅摩比泥とも、多遅摩斐泥とも書かれるらしく、
社号の日出、鎮座地が日殿は、この祭神名から取られたものだろうか。

投稿者 GenSyouShi : 20:45 | こめんと (1)

2008年7月13日

斗布神社 (越前市)

福井県の 斗布神社(越前市) を掲載しました。

福井県越前市にある。
JR王子保駅の西1.5Kmほどの白崎町に鎮座。
8号線の白崎交差点から西へ入り、集落の奥、
山の麓に境内がある。

昔の写真では、欝蒼とした森という雰囲気だが
現在は、奇麗に整備され、数本の背の高い木を残して
砂利が敷き詰められている。

白い鳥居をくぐると、その砂利の境内。
境内中央に参道が延び、正面に拝殿。
拝殿の前には、4本の木が聳えている。
残念ながら木に関してはまったくの無知なのだが、杉だろうか。

拝殿の周囲には雪囲いの補強がなされており
拝殿後方に本殿を納めた覆屋。
覆屋は、側面がガラス張りになっており
中にある流造の本殿がよく見える。

境内右手の斜面に境内社などが並んでいる。
詳細はわからないが、『平成祭データ』には
神明神社と稲荷神社の名が記されている。
斜面の最上部にあるのは観音堂。
参拝時には、この観音堂は当社境内にあると思ったが
帰宅後に地図を見ると、当社北側に金剛寺という寺が隣接しており
ひょっとすると、この観音堂は、その金剛寺のものかもしれない。

創祀年代は不詳。

近郷七ヶ村の総社として
中世には朝倉家の崇敬厚い大社であったが、
天正の兵火にかかり、
社領の没収、氏子の離散などが相次ぎ衰微したという。

投稿者 GenSyouShi : 22:28 | こめんと (0)

2008年7月 9日

ツール・ド・フランス

今週から始まった、ツール・ド・フランス。

Jスポーツで毎日見てるけど、
やっぱり今中の解説は、何が言いたいのかわからん。
栗村か別府だけで十分。でも市川も出せ。
と強く思う。

投稿者 GenSyouShi : 22:45 | こめんと (0) | 9. 雑…ふと思う

ちりとてちん

今さらだけど 「ちりとてちん」 を見た。
DVDボックスの1だけだけど。

「ちゅらさん」 と 「タイガー&ドラゴン」 を足したようなドラマだ。
面白いけど。

投稿者 GenSyouShi : 22:41 | こめんと (4) | 4. 見…映画やドラマ

2008年7月 8日

野本神社 (松崎町)

静岡県の野本神社(松崎町) を掲載しました。

静岡県の松崎町にある。
松崎町役場から、那賀川に沿って
15号線を東へ4Kmほどの峰輪に鎮座。
小学校の東側、那賀川の傍にあり、
那賀川を越えて東へ行くと、道の駅がある場所。
15号線から少し北へ入ると、鳥居と狭い境内が見える。

参拝は正月元旦。曇天だが、たまに陽が射していた日。
境内には樹木の痕跡があり、
かっては樹木鬱蒼としていたのだろうと想像させる雰囲気がある。

境内奥に、赤い屋根の社殿が一つ。
社殿の扁額には「大神宮」と記されていた。
正月だからだろうか、社殿の扉が開いていたので
内部に入って、本殿を撮影。
想像以上に立派な本殿だったので、ちょっと驚いた。


創祀年代や由緒は不祥。

『式内社調査報告』によると、
『伊豆志』に
「峯輪村ノ野本ニ神明トテ一祠ニシテ両扉
元和二年ノ棟札ニ大神宮大六天魔王野本村鎮守也トアリ
享保ノ初火災今小祠トナル舊記皆焚タリ」
とあるらしく、
式内社・箕勾神社の論社の一つとなっている。

投稿者 GenSyouShi : 20:57 | こめんと (0)

2008年7月 7日

美和神社 (長野市)

長野県にある、美和神社(長野市) を掲載しました。

長野県長野市にある。
長野電鉄・本郷駅の西に、南向きの境内。
境内に入ると、三輪鳥居。
鳥居の右手に巨木が聳え、左手に手水舎がある。

境内の中央に石の参道が延び、
正面に大きな拝殿がある。

街中にある神社だが、境内は清浄。
巨木も何本かあって、気持のよい空間。
参拝は5月の早朝。朝日の出た頃。

境内の奥(北西隅)に、石祠がズラッと並んでいる。
いわゆる「境内百末社」と言われる石祠群だが、
実際に100あるのかどうか数えていないのでわからない。
明治時代には六十末社と呼ばれていたようで
徐々に増えており、『式内社調査報告』には九十二座とあるのだが
その後、増えて100社になっている可能性もある。
時間がある方は、数えてみると面白いかも。


創祀年代は不祥。

式内社・美和神社に比定されている古社。

「三代実録」の記事に
貞観八年(866)二月七日、水内郡の三和・神部の両神が怒って
兵乱や病気を流行らせると伝えられ
朝廷では国司や講師に命じて、
金剛般若経千巻や般若心経万巻を転読させて
神の怒りを鎮めたとあり、
元慶四年(880)に従四位下を叙されている。

投稿者 GenSyouShi : 22:57 | こめんと (0)

2008年7月 6日

酒垂神社 (豊岡市)

兵庫県の 酒垂神社(豊岡市) を掲載しました。

兵庫県豊岡市にある。
豊岡駅の東5Kmほどの法花寺に鎮座。
円山川を越えて東へ進み、160号線をさらに進み
白雲山方面へ入っていくと、道がカーブしている場所、
法花寺会館広場の近くに、南向きの境内がある。

石垣に囲まれた境内入口には鳥居が建っており、
境内に入ると、参道の左右に、垣に囲まれて「甕石」がある。
左の甕石は少し丸みがあり、右の甕石は尖った形。
参拝時には、「鶴石・亀石」だと思った記憶がある。

境内は砂地で、中央に参道。
その参道の正面に、瓦葺の拝殿。
その後方に本殿覆屋があり、覆屋の中に重要文化財の本殿。
室町時代の建立だが、江戸時代の大改修によって形態が変更されていたが
昭和43年から始まった調査および解体修理で、
室町時代の容姿に復旧されたらしい。

当地周辺には、飛鳥時代から奈良時代にかけての
法花寺須恵器窯跡群があり、4か所の窯場あったらしい。
(シイダニ窯跡群、タニオカ窯跡群、コヤマ窯跡群、カマド窯跡群)

創祀年代は不詳。
境内案内によると、白鳳三年(675)の夏、
当地方を治めていた郡司・物部韓国連久々比命が
贄田の酒所を定め、酒解子神・大解子神・子解子神の酒造神を祀って
醸酒し、これを祖神に供えて五穀豊穣を祈願した。
その斎殿が、当社の発祥であるという。

投稿者 GenSyouShi : 15:50 | こめんと (2)

2008年7月 5日

鵜甘神社 (池田町水海)

福井県の 鵜甘神社(池田町水海) を掲載しました。

福井県の池田町にある。
池田町役場の西2Kmほどの水海に鎮座。
476号線を北上し、水海川に沿って南東へ1Kmほど。
集落の奥に境内がある。

参道には鳥居が立ち、参道を進むと石畳。
さらに進むと、境内入口の鳥居があり、
「式内 鵜甘神社」と刻まれた社号標。

境内中央、石垣の上に拝殿があり、
その後方、さらに石垣の上に本殿がある。

境内には、石庭のような石組がある。

『式内社調査報告』に載っている写真は
樹木鬱蒼とした感じだが、現在は奇麗に整備された神社。
社殿の周囲も、さっぱりとしている。


社伝によると、
雄略天皇七年(463)二月十五日の創祀。
継体天皇が越前に御潜龍の時
「足羽の水源神」として祀られた古社。

鎌倉時代、幕府執権の北条時頼が当地で越年の時
(1250頃)、能舞を教授されたといい
今日まで継承されている。

投稿者 GenSyouShi : 11:45 | こめんと (0)

2008年7月 4日

舟寄神社 (松崎町)

静岡県の舟寄神社(松崎町) を掲載しました。

静岡県の松崎町にある。
松崎港の近く、136号線の江奈の交差点から東へ入り
突き当りから北上した場所。
参道入口に「江奈二区公民館」がある。
その公民館に「貴善社」という額が掲げられている。

参道を歩くと石の鳥居。
赤い額縁の扁額に「舟寄神社」と記されており
両脇に提灯が立てられ、灯がともされていた。
この灯は、いつものことだろうか。
あるいは、参拝は元日の朝なので、特別なのかも。

参道をさらに進むと、手水舎があり、正面に拝殿。
瓦葺・入母屋造の拝殿は、舞台のような構造で
正面と奥には壁がなく、後方の本殿が
少し高い位置に見える。

背後の本殿も瓦葺の社殿だが、
ひょっとすると、これは覆屋で、内部に本殿があるのかもしれない。


残念ながら、当社に関する資料は未入手。

『式内社調査報告』によると
当社を式内社・伊那下神社とする説がある。

当社と同じく松崎町に伊那下神社と称する古社があり
式内社であることは、間違いないようであるが、
どの式内社であるのか、諸説あって確定していない。

それら諸説の中に、現・伊那下神社を仲大歳神社とするものがあり
その場合、自動的に当社が伊那下神社である可能性が指摘されることとなる。

投稿者 GenSyouShi : 21:35 | こめんと (0)

2008年7月 2日

鵜甘神社 (越前市片屋町)

福井県の 鵜甘神社(越前市片屋町) を掲載しました。

福井県越前市にある。
JR武生駅の北西2Kmほどの片屋町に鎮座。
片屋町集落の西端、山の麓に東向きの境内がある。

参道入口に鳥居が建ち、鳥居の足もとに社号標と灯籠がある。
鳥居をくぐり参道を進むと、垣に囲まれた境内。
境内入口に数段の階段があり、階段上に鳥居。
境内の中央部に数メートルの小山があり、その上に社殿。

瓦葺・入母屋造の拝殿の後方に、同じく瓦葺・流造の本殿がある。
拝殿は鉄パイプで補強されていた。


創祀年代は不祥。

中古は八幡神社とも称し、
式内社・鵜甘神社の論社の一つだが、
式内社・鵜甘神社は今立郡の式内社で、
当社は丹生郡にあり、論社としては確証がない。

往古は、字古宮という地にあり、
社殿壮麗にして大社だったが、柴田勝家の兵乱により衰退。

その後、府中領主本多伊豆守富正公が深く崇敬し
今の宮地を寄進し、再興した。
旧社地には礎石等が現存するらしい。

投稿者 GenSyouShi : 22:22 | こめんと (0)

2008年7月 1日

スタンプ

画像の一部に、スタンプを押してみた。

本当は、カッコ良い花押印や落款を目指したのだが
うまく作れなくて、妥協。

投稿者 GenSyouShi : 21:44 | こめんと (0) | 1. 告…お知らせ

小代神社 (香美町)

兵庫県の 小代神社(香美町) を掲載しました。

兵庫県の香美町にある。
山陰本線・香住駅から南へ30Kmほどの小代区秋岡に鎮座。
矢田川に沿って4号線を南下し、
村岡区和田付近で、矢田川に沿って482号線へ入り、
さらに10Kmほど南下。
小代区秋岡あたり、87号線との分岐を越えた付近で
橋を渡って、南の山へ登る。
ウネウネと上っていくと、突き当りが当社の境内。

山中の大きな境内だが、きれいに整備された公園のような雰囲気。
参道を歩き、鳥居をくぐって参拝開始。
鳥居からさらに参道を進むと、木立の中に社殿が見えてくる。

社殿手前には「もりあおがえる」の棲息地である池がある。

社殿は、赤い屋根の入母屋造・拝殿と
後方に、同じく赤い屋根の本殿覆屋がある。

その後方に朱の鳥居が並び、階段上に稲荷神社。
地元では有名な稲荷神社のようで、社殿も新しい。
当社鳥居からの参道には、秋岡稲荷の幟が並んでいた。

記憶がかなり曖昧なのだが、
境内から下る階段の奥に、社殿が一つあった(と思う)。
たぶん、境内社の百廿社だ(と思う)。

当社社号「小代」は、『式内社調査報告』には「オジロ」とあり
『兵庫縣神社誌』には「コシロ」。
「コシロ」の方が古い読み方らしく、
今、地元では「オジロ」と読むようだと『式内社調査報告』にある。

『平成祭データ』では「コダイ」となっているのだが
これは怪しい(と思う)。


創祀年代は不詳。

式内社・小代神社に比定されている古社。
鎮座地は、日向(ひなた)大菩薩山というらしい。

神社明細帳のよると、
江戸時代初期の元和元年、中期の享保十三年に本殿を再建。

明治までは、神明宮と称しており
祭神は天照皇大神。資料によっては豊受大神も合せ祀る。
『兵庫縣神社誌』によると、神殿は二棟あり
内宮と外宮と称すとあり、御神体は鏡。

投稿者 GenSyouShi : 21:42 | こめんと (0)

 

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