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2008年4月25日

黒龍神社 (福井市舟橋町)

福井県の 黒龍神社(福井市舟橋町) を掲載しました。



福井県福井市にある。
福井駅の北5Kmほどの舟橋町に鎮座。
九頭龍川にかかる九頭龍橋(30号線)の南詰。
河川敷を背にして境内がある。

参拝は早朝日の出の頃で、
社前の一方通行(南側)に車を止めて参拝。
参拝時には、参拝に夢中で気付かなかったのだが
後で地図を見ると、当社参道入口は西側にあるのかもしれない。
ひょっとすると、30号線側に鳥居が建っているのかも。

南側の車道脇にある鳥居をくぐると砂地の境内。
境内右手には「舟橋会館」という建物。
公民館だろうか。

境内の奥、河川敷道路を背にして社殿が建っている。
拝殿は瓦葺・入母屋造。
背後の本殿は瓦葺・流造で、側面がガラスで覆われている。


創祀年代は不詳。

黒龍川(九頭龍川)の守護と国家鎮護を祈願して創祀された古社。
当初は、現在地の上流6.5Kmほどの川の中央
高尾郷黒龍村(毛谷の杜)に鎮座していたが、
その後、舟橋へ遷座されたのが当社。

投稿者 GenSyouShi : 21:02 | こめんと (9)

2008年4月23日

横山神社 (坂井市)

福井県の 横山神社(坂井市) を掲載しました。



福井県の坂井市にある。
北陸本線・丸岡駅の北東5Kmほどの丸岡町坪江に鎮座。
竹田川の北にあり、あわら市との境界に近い場所。

集落の北端に境内があり、
神社後方の山は、あわら市にまたがって、
横山古墳群が存在する。

境内入口は南向き。
鳥居の左脇には「式内 郷社 横山神社」と刻まれた社号標。

鳥居をくぐり境内に入ると、参道右手に手水舎。
参道の正面、灯籠の奥に社殿がある。
拝殿は入母屋造で、本殿は流造。
ともに瓦葺の屋根。


創祀年代は不詳。

式内社・横山神社に比定されている神社で、
往昔より、坪江の郷三十四ケ村の総社として
崇敬されている古社。

源平の戦や一向一揆の乱において
竹田川を挟んで争点となり、
社殿も被害を受けたがその都度復旧され、
明治九年村社に列し、明治十五年に郷社になった。

当社背後の山々が、それほど高くも険しくもなく、
横長く連なっているため、横山という社号になったという。

投稿者 GenSyouShi : 22:51 | こめんと (0)

2008年4月21日

波布比咩命神社 (下田市)

静岡県の波布比咩命神社(下田市) を掲載しました。



静岡県下田市にある。
伊豆急下田駅の東、下田市役所の北に境内がある。

境内入口は南側。
街中にある神社なので、道に面した境内は生垣に囲まれ、
綺麗に整備されている。

鳥居をくぐると正面に社殿。
社殿は、拝殿と本殿覆屋。

鳥居扁額には「波布比賣命神社」と書かれていたが
正式な社号は、波布比咩命神社。

参拝は正月、曇天の早朝、夜明け直後。
ということで、境内は未だ暗く、
社殿には灯りが灯っていた。
参道には、茅の輪が残っていた。

残念ながら、当社に関する資料は未入手。

当社を式内社・波布比賣命神社の論社の一つとする説があるが
式内社・波布比賣命神社は伊豆大島鎮座の社であるとする説が有力で
当社は、その里宮的神社として分霊を祀ったものと考えられている。

投稿者 GenSyouShi : 21:25 | こめんと (0)

2008年4月20日

海神社 (豊岡市)

兵庫県の 海神社(豊岡市) を掲載しました。

兵庫県豊岡市にある。
城崎温泉駅の北2Kmほどの小島に鎮座。
円山川に沿って3号線を北上すると、
港大橋の手前、3号線の西側、道路に面して境内がある。

境内入口は少し奥まっており、注意しないと見逃してしまう。
車で訪れたが、参拝日は朝から雨が降っており、
見逃して港大橋まで行ってしまい、Uターンして戻ってきた。

境内入口から参道を進み、鳥居をくぐると境内。
境内奥、一段高い場所に社殿がある。
社殿は本殿覆屋のみで、中に春日造の本殿があるらしい。

雨の五月の朝だからだろうか、
境内は鮮やかな緑の中。
傘をさしながらの撮影が煩わしいが
気持ちの良い境内だった。

当社の社号「海」は『平成祭データ』では「かい」。
「うみ」と読む場合もあるらしく、
鎮座地の字が海ノ宮(あまのみや)なので「あま」とも読むのだろう。

創祀年代は不詳。

仁明天皇承和九年、官社に預かり(続日本後紀)
清和天皇貞観十年従五位上となった古社(三代実録)。

式内社・海神社に比定され、名神大社であったが、
中世以来荒廃。
天武天皇白鳳三年に絹巻神社の相殿となっていたが、
明治三年、別殿に仮遷座し、
翌四年、現在地に遷座された。

海の神社なので、祭神は海神・大綿津見命。
『神祇志料』では
海部直の祖・建田背命(天火明命六世孫)を祀るとある。

ところで、当社は兵庫県の北端・豊岡市の
日本海に近い円山川河口近くにあるのだが、
兵庫県の南端・神戸市垂水区にも同名社・海神社が存在し、
ともに名神大社に列していた。

試しに地図上に、当社から真っ直ぐ南へラインを描いてみると
加古川河口部付近になり、神戸の海神社から西へ2・30Kmずれていた。

投稿者 GenSyouShi : 21:09 | こめんと (0)

2008年4月18日

ついていない時期

四月になったら島に行こうと
イロイロと準備して、船や宿も手配して、
本来なら、今晩から出発していたはずなのに
直前に、中止になってしまった。

一昨日。
朝起きて、猫のトイレの掃除。
家で使っている猫砂は、トイレに流せるタイプなので
幾つかの部屋に置いているトイレを掃除して
汚れた猫砂をトイレに流す。

と、トイレが詰まって流れない。
仕方がないので、朝から汚水に手を突っ込んで
なんとか詰まりを解消。

手を洗うついでに、シャワーを浴びようと浴室へ。

が、水が出ない。

急いで服を着て、家の外の水道も確認。
でも、出ない。
隣りの家でも出ていないのを確認。
隣りの方が水道局に問い合わせ。

どこかの設備が故障したらしい。
すぐに復旧させるというので、しばらく待っていると
水が出てきた。

で、ようやくシャワーを浴びて会社へ行こうとした瞬間
携帯が鳴った。

慌てて出てみると、島の観光課の方からの電話。
今週から来週まで、島内の道路で工事があり通行止め。
その道路を通らないと、目的の神社には行けないらしい。

神社が目的なのに、神社に行けないのなら
島に行く意味がないので、急いで船や宿をキャンセル。

猫トイレの掃除開始から、ここまで約2時間。
ついていない時期なのかもしれない。

投稿者 GenSyouShi : 20:25 | こめんと (2) | 9. 雑…ふと思う

麻気神社 (越前町)

福井県の 麻気神社(越前町) を掲載しました。



福井県の越前町にある。
福井駅から西へ20Kmほどの真木に鎮座。
6号線をひたすら西へ目指して進んで18Kmほど。
そこから天谷鉱泉方面へ、184号線を南下。
真木の集落に入ると、民家の横の空き地に社殿がある。

鳥居や灯籠など、神社を示すものが無いので
ちょっと迷ったが、近くに家でお聞きしたところ
この社に間違いないようだ。

「麻気」の社号は、『平成祭データ』では「まけ」と記されているが、
『福井県神社誌』では「まき」。
鎮座地名が真木なので「まき」が正しいのだろう。

創祀年代は不詳。

越前国神階帳に「従五位 目開神」とあり
式内社・麻氣神社に比定されている古社。

社伝によると、
越知山越知神社と関連があるらしく
数百年の歴史があるという。

投稿者 GenSyouShi : 20:11 | こめんと (0)

2008年4月17日

麻気神社 (南越前町)

福井県の 麻気神社(南越前町) を掲載しました。



福井県南越前町にある。
南条駅の東2Kmほどの牧谷に鎮座。
日野川・北陸道を越え、牧谷川に沿って
203号線を東へ向かうと、道路に面した境内がある。

石垣の上に境内があり、入口は南向き。
数段の階段を登ると鳥居が建っており、
左手に「式内 麻気神社」と刻まれた社号標。

まっすぐ参道を進むと、境内奥、
石垣の上に社殿がある。

社殿は、拝殿の後方に廊下で繋がった本殿覆屋。
拝殿には雪囲いのためか、補強のためか、
木枠が取り付けられていた。
本殿覆屋は瓦葺の流造だが、
資料によると本殿は春日造。

拝殿前の鳥居の扁額に「十五社」と読める文字が刻まれていたが
読み間違いだろうか、あるいは他社から移動したものだろうか。

雑草のない綺麗な境内で、あっさりとした印象。
参拝日が、曇天だったため、そんな気分だったのだろうか。

創祀年代は不詳。

越前国神階帳に「従五位 目開神」とあり
式内社・麻氣神社に比定されている古社。

社伝によると、
往昔、当国に御潜居の男大迹王(継体天皇)が
大伴金村大連等の要請を受け入れ、天皇位に登り給うた時、
皇女・麻績娘女が病床に伏し、薬効がないのを憂いていたところ、
奇玉饒速日命に平癒を祈念された処、病が癒えたので
社殿を造営して祭祀されたという。

投稿者 GenSyouShi : 20:26 | こめんと (2)

2008年4月13日

花岡神社 (八鹿町)

兵庫県の 花岡神社(八鹿町) を掲載しました。

兵庫県養父市にある。
八鹿駅の東3Kmほどの八鹿町坂本に鎮座。
円山川を越えて、川(名前はわからない)に沿って東へ。
道がカーブしている地点に小さな境内。

石積みの上に社殿。
覆屋の中に、流造の本殿が鎮座している。

社殿の左前、階段の横に巨木の痕跡。
かつては周囲の目印になりそうなほど大きな木だったのだろうが
今は、根元のみ。
中をくり抜いて、新しい木が育っていた。


創祀年代は不詳。由緒も不詳。
祭神も不詳。
明治元年の棟札に、
「奉祭花岡一之宮 天津彦火轉瓊々杵尊 木花開耶姫命」
と書かれているが、
新に神霊を勧請したもので、本来の祭神ではないようだ。
「花岡」の社号から、木花開耶姫命を連想したのだろう。

慶応四年、本殿を改築。
明治六年十月、村社に列した。

式内社・保奈麻神社の論社の一つ。

投稿者 GenSyouShi : 15:41 | こめんと (0)

2008年4月12日

五社神社 (八鹿町)

兵庫県の 五社神社(八鹿町) を掲載しました。

兵庫県養父市にある。
八鹿駅の北東4Kmほどの八鹿町岩崎に鎮座。
円山川を越えて、川(名前はわからない)に沿って北東へ。
途中、道がカーブしている地点に小さな境内があるが
それは花岡神社。
そこからさらに1Kmほど進むと、
道の横に境内がある。

石の鳥居に「五社大明神」とあり、
石積みと草の境内には「しいの木森林公園」と案内板がある。

階段を登ると正面に社殿。本殿はその覆屋の中にある。
境内中央で、枯れ木を焼いていたので
定期的に清掃・整備されているのだろう。
覆屋の扉も開いていたので、中の祠も撮影した。

創祀年代は不詳。由緒も不詳。
祭神も不詳。

明治六年十月、村社に列したことしかわからない。

式内社・保奈麻神社の論社の一つ。

投稿者 GenSyouShi : 12:42 | こめんと (0)

2008年4月10日

大溝神社 (あわら市)

福井県の 大溝神社(あわら市) を掲載しました。



福井県あわら市(旧金津町)にある。
あわら温泉駅の西1Kmほどの馬場に鎮座。
地図で確認すると、大溝一丁目なのかもしれないが、
資料の住所では馬場。

竹田川の南にあり、
道に面して南向きに、垣に囲まれた境内。
鳥居の脇には、「村社 式内 大溝神社」と刻まれた
新しい社号標が建っている。
村社などの神社社格は、戦後廃止されたため
古い社号標の社格部分は削られたり埋められたりして、
消されていることが多いのだが、
新しい社号標で、旧社格が明記されているのは珍しい。
戦後直後のように、旧いものは全て変えるという
ヒステリックな風潮が薄れているせいかも。

とにかく鳥居をくぐると社殿のある境内。
参拝日が晴天だったためか、明るい神社という印象。
『式内社調査報告』に載っている写真では
巨木が鬱蒼と茂った杜なのだが、
現在はすっきりと整備されている。

鳥居正面、参道奥に当社の社殿。
参道左手に社務所があり、
社務所の前には、二つの祠。
祠の中には石仏が安置されており、
左の祠には立像、右の祠には座像だった。

拝殿は、瓦葺きの入母屋造。
背後の本殿は、コンクリート造で淡いパステルカラー。
ただし屋根は銅葺のようだ。

投稿者 GenSyouShi : 20:18 | こめんと (0)

2008年4月 9日

小山田神社 (越前市)

福井県の 小山田神社(越前市) を掲載しました。



福井県越前市にある。
武生前の東7Kmほどの南小山町に鎮座。
日野川を越えて東へ進み、北陸自動車道も越えて
鞍谷川を越えた地点にある南小山町集落の奥に境内がある。

境内入口は西向き。
鳥居の左脇に「式内 小山田神社」と刻まれた社号標。
鳥居をくぐり、参道を進むと、
広い境内があり、土を盛ったような場所の上に社殿。
社殿は、拝殿の後方に本殿があるだけの簡素なもの。
ただ、流造の本殿はガラスの雪囲いに覆われ
屋根には金の飾りなどが付けられて、
大事に管理されているようだ。

社殿の背後は、山というか森になっており
木々が密集していているが、
境内には、それほど樹木が見られなかった。
最近、境内の整備をしたのだろうか。

創祀年代、由緒は不詳。

社伝によると、神功皇后によって勧請された古社。
その後、仲哀天皇、継体天皇(男大迹皇子)の崇敬が篤かったという。

式内社・小山田神社に比定されている神社で
かつては勝手明神とも称していたという。

投稿者 GenSyouShi : 21:46 | こめんと (0)

2008年4月 7日

山神社 (日高町)

兵庫県の 山神社(日高町) を掲載しました。

兵庫県豊岡市にある。
江原駅の西8Kmほどの日高町山宮に鎮座。
482号線を西へ進み、大岡寺の付近で北へ入る。

簡単に書けば、こうなるのだが、少し分りにくい場所にある。
清滝トンネルへ向かう広い道の側にあるのだが
周囲の道よりも、境内が低い場所にあるので見落としがち。
道から少し東へ入ったところに、
境内入口の鳥居がひっそりと建っている。

鳥居をくぐると、参道階段を下る。
入口より境内が下にある、珍しい下り宮の形式。

階段を下りると、社頭から想像できないほどの広い境内。
古木の茂る社叢は、旧日高町の天然記念物に指定されている。

境内奥、石の垣に囲まれて社殿。
拝殿は入母屋造。
背後の本殿は、覆屋の中で、確認していないが流造らしい。

本殿の背後に、御神木の朴の木(ホオノキ)。
その葉は、殺菌作用があるようで、朴葉寿司として用いられる。
また、葉が大きく、古代では食器替わりの用いられ、
堅い木なので、下駄の歯の材料ともなるようだ。
が、当社では御神木なので、氏子の間では
朴歯下駄を用いない風習があるとか。

鎮座地が示すとおり、山宮とも称される神社で、
式内社・山神社に比定されている古社。

社伝によると、欽明天皇二年二月九日の創祀。
北山の聖岩の場所に鎮座していたが、
称徳天皇元年四月八日、現在地へ遷座したという。

投稿者 GenSyouShi : 21:30 | こめんと (0)

2008年4月 6日

戸神社 (日高町)

兵庫県の 戸神社(日高町) を掲載しました。

兵庫県豊岡市にある。
江原駅の西7Kmほどの日高町十戸に鎮座。
482号線を西へ進むと、稲葉川の側、
道路の北側に境内入口がある。

入口には「式内 戸神社」と刻まれた社号標が建っており
参道を進むと鳥居。
鳥居をくぐると、割拝殿のような建物があるが
参籠殿兼通門として使われているようだ。
その建物をくぐると、樹齢百年以上の巨木が聳える境内。
木々の側に、鳥居が建っており、
その奥は緑の絨毯のような境内。

境内奥に、社殿があり
入母屋造の木造拝殿の後方に、珍しい白い本殿覆屋。
コンクリートか漆喰なのか確認していないが、
多分、この中に、春日造の本殿があるのだろう。

境内は、道路のすぐ側にあるのだが、
鳥居、通門、さらに鳥居、巨木の間を進むたびに
徐々に、その神域としての質が変化して、
社殿の前に立つ頃には、
道路や町の喧騒などの記憶が一切消去されている。
そんな感じの神社。

当社の社号「戸」は、一般には「と」と読み
戸神社は、「とのじんじゃ」と呼ばれているが
資料によると、「へじんじゃ」「へのじんじゃ」と読んでいたらしい。

また、御神体が太刀を持っているらしく
「太刀宮」「立宮」とも、単に「神明宮」とも称されていた、
らしい。

式内社・戸神社に比定されている古社。

創祀年代は不詳だが、
仁明天皇承和九年(842)には官社に預けられ
清和天皇貞観十年(868)従五位下から従五位上に昇叙され
延喜式では、名神大社と記された大社であり、
鎌倉時代には、神田四九反三百歩を有していた。

投稿者 GenSyouShi : 12:14 | こめんと (0)

2008年4月 5日

水谷神社 (養父市)

兵庫県の 水谷神社(養父市) を掲載しました。

兵庫県養父市にある。
養父駅の北東5Kmほどの奥米地に鎮座。
円山川を越え、米地川に沿って東へ3Kmほど進むと、
道路の西側(右手)に境内がある。

数段の階段を登ると、自然石の灯籠の建つ境内。
境内には公民館らしき建物があり
昔は舞殿だったようだ。

参道を進むと鳥居があり、参道階段を登ると
社殿のある境内。

境内奥、石積の上に、社殿が並んでいる。
中央には、新しい本社社殿。
たぶん、中に本殿があるのだろう。

参拝は、天気の良い五月連休。
階段上の境内は木々が茂り、木漏れ日が眩しかった。

創祀年代は不詳。

式内社・水谷神社に比定されている古社。
三宮水谷大社とも称されていた。

投稿者 GenSyouShi : 14:53 | こめんと (0)

2008年4月 3日

楊原神社 (沼津市)

静岡県の楊原神社(沼津市) を掲載しました。



静岡県沼津市にある。
沼津駅の南東2.5Kmほどの下香貫宮脇に鎮座。
414号線を南下し、港大橋通りを過ぎたあたりで東へ入ると、
道に面して、南向きの境内がある。

境内周囲は、石の垣で囲まれ、
隣りに駐車場がある。

参拝は、年末十二月三十日の早朝。
日の出直後で、無人の境内。
空は濃い青色で、地平線近くは薄い桃色。
こういう時刻の参拝が、最近の好み。
境内の中央に座り込んで、熱い缶コーヒーを飲みながら
明るくなるのを待って参拝開始。

砂利の境内は、比較的広く
境内奥(北側)に、南向きの赤い社殿。
コンクリート造のようで、拝殿の後方に本殿が接続した形。
赤い柱と緑の屋根が美しい社殿。

本社社殿の右手には、摂社・吉田神社。
安政五年、下香貫で大流行した疫病から村民を守るため
横山続きの峯に創建されたもの。
明治二十八年、当社境内に遷された。

創祀年代は不詳。

「三代実録」によると、貞観元年に従五位上を授けられ、
「伊豆國神階帳」に「従一位やきわら明神」とある古社。

式内社・楊原神社に比定されている神社で、
田方郡唯一の名神大社。

投稿者 GenSyouShi : 21:04 | こめんと (0)

サーバー変更

4月になったので、『玄松子の記憶』のサーバーを変更した。
DNS設定反映まで、旧サーバーと新サーバーの両方で運用。

ということで、旧サーバーと新サーバーのトップページを少し変えている。
自宅や職場では、すでに新サーバーしか見られない状態になっているのだが
いまだに、旧サーバーへのアクセスもあるようで、スパムメールも旧サーバーに届いている。
旧サーバーへのスパムが無くなったら、旧サーバーは放棄する予定。

スパムメールが役に立つのは、こういう時だけかも。

投稿者 GenSyouShi : 10:59 | こめんと (3) | 9. 雑…ふと思う

2008年4月 1日

國生大野神社 (大野市)

福井県の 國生大野神社(大野市) を掲載しました。合計2218社。



福井県大野市にある。
越前大野駅の南東1Kmほどの東中に鎮座。
157号線の東中交差点から
南東の道に入り300mほど進むと
道に面して東向きに、開放的な境内がある。

境内入口には「式内 國生大野神社」と刻まれた社号標。
鳥居をくぐると、シンプルな境内。
樹木鬱蒼としているわけではないが、
背の高い木々が聳え、社殿を囲んでいる感じ。

鳥居正面に拝殿があり
拝殿の後方に、廊下で繋がれた本殿がある。

創祀年代、由緒は不詳。

以前は、白山神社と称していたが
昭和十四年四月十一日、國生大野神社と改称した。

式内社・國生大野神社の論社の一つ。

投稿者 GenSyouShi : 21:38 | こめんと (0)

山邊八代姫命神社 (久利町)

島根県の山邊八代姫命神社(久利町)を掲載しました。合計2217社。



島根県大田市にある。
山陰本線・大田市駅の南西約3Km。
道ナリに5.5Kmほどの久利町久利に鎮座。

375号線を南下し、46号線に入って南西へ3Km進む。
46号線から西へ入り、銀山川を渡ったところ。
道に面して境内入口があり、
「山邊八代姫命神社」と刻まれた社号標が建っている。

境内は生垣に囲まれていて、
入口を入り鳥居をくぐると、正面に大きな拝殿がある。
拝殿の後方、高い場所に春日造の本殿。

社殿は木造だが、屋根瓦はオレンジ色。
社殿周囲は緑に覆われて、美しい境内だった。

参拝は、よく晴れた九月の連休。


社伝によると、
延暦二年(783)、大和国宇多郡山辺笹幡宮
(宇陀郡・篠畑神社、元伊勢の一社)より勧請された古社。

式内社・山邊八代姫命神社の論社の一つ。

もとは、久利町と大屋町の堺にある
鬼村八代谷にあったと伝えられ、
宮跡(社殿跡)が現在も残っているという。

投稿者 GenSyouShi : 01:12 | こめんと (0)

 

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