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2008年3月30日
兄子神社 (越前市)
福井県の 兄子神社(越前市) を掲載しました。合計2216社。
福井県越前市にある。
武生駅から西へ15Kmほどの安戸町に鎮座。
19号線を西へ12Kmほど進み、
3号線を南下して1.5Kmほどの地点から。
西へ300mほど進むと、
道の北側、民家の間に
「式内 兄子神社」と刻まれた社号標が、
ポツンと立っている。
社号標から、緩やかな参道の階段を上ると鳥居。
鳥居からさらに参道を登ると境内がある。
雑草等が綺麗に刈り取られているせいか
あっさりとした印象の境内。
社殿もあっさりとして、
拝殿の後方に、本殿の覆屋がある。
『福井県神社誌』によると、中の本殿は切妻造らしい。
当社の社号「兄子」の読み方は
『福井県神社誌』によると「えこ」。
他の資料では「あにこ」「せこ」などの読みがある。
創祀年代は不詳。由緒も不詳。
式内社・兄子神社の論社の一つで
祭神は穴穂尊(安康天皇)。
穴穂尊を主祭神としている神社は珍しく
『平成祭データ』によると
全国に三社(千葉、福井、岡山)しか見当らない。
投稿者 GenSyouShi : 00:02 | こめんと (0)
2008年3月29日
大虫神社 (越前市)
福井県の 大虫神社(越前市) を掲載しました。合計2215社。
福井県越前市にある。
武生駅の西4Kmほどの大虫町に鎮座。
365号線から190号線へと、
とにかく西へ真っ直ぐ進むと、当社参道入口に到着。
参道入口には大鳥居が建っており
大鳥居をくぐって、参道を北上すると、もう一つの鳥居。
さらに参道を進み、大虫川にかかる神橋を渡ると
垣に囲まれた境内がある。
境内入口の鳥居の右脇には
「縣社 式内名神大社 大虫神社」と刻まれた社号標。
鳥居をくぐると正面に社殿がある。
社殿は、拝殿の後方に流造の大きな本殿。
本殿の左右に、外側から見ると白壁の塀があるのだが
その内側には四十八の扉があり、四十八社の末社が祀られている。
境内の左手に、大岩神社という境内社。
「お岩神」と呼ばれる大きな岩が祀られている。
案内によると、大岩神社は当社の奥社あたるらしい。
伝承によると、この岩は自ら動いて山を上り下りするとか。
その岩の左手には池があり、「石神の湧水」という御神水をひいている。
本殿の背後に廻ると、収蔵殿。
本殿に安置されていた御神像を納めている。
普通、収蔵庫や宝物殿は境内の横にあるものだが
御神像を納めているのなら、本殿の後が相応しい。
社伝によると、国開闢の神として
丹生嶽(鬼ケ岳533m)に鎮座せしを
崇神天皇七年に社地を定め、大蒸大神と称えた。
垂仁天皇二十六年、国中に蝗(イナゴ)が蔓延したため
この神に祈願したところ、悉く退滅し五穀豊作した。
そお神徳を尊み、今の宮地に遷して
虫除守護の神として大虫神社と称えたという。
投稿者 GenSyouShi : 03:35 | こめんと (0)
2008年3月27日
鷲頭神社 (沼津市)
静岡県の鷲頭神社(沼津市) を掲載しました。合計2214社。
静岡県沼津市にある。
沼津駅の南東5Kmほどの大平に鎮座。
狩野川の南側、大平集落にある小山(天満山)山頂に境内がある。
参拝は、年末十二月三十日の朝、日の出の頃。
参道を南に進むと、朝日を浴びた鳥居が見える。
鳥居をくぐり参道階段を上ると、平坦な境内。
公園のように整備されている。
境内奥に社殿。
拝殿は、通常の神社拝殿と雰囲気が違い
前面をトタンで覆っていて良くわからないが、
屋台のような舞殿のような、そんな感じ。
その拝殿の後方、石積みの上に木造本殿が鎮座。
屋根の形状は、流造というより
神明造の前方に庇を付けた形式。
山頂周囲は木々で囲まれているが
少し疎らになっており、
朝日が差し込んで、冬なのだが暖かく
気持ちの良い境内だった。
社伝によると
文明元年(1469)、伊予の金刀比羅神社からの勧請という。
はじめは、鷲頭山山頂に鎮座していたが
しばしば山焼き等により延焼。
明治になって、現在地(天満山)へ遷座。
その際、天満山に鎮座していた天神社や
周辺の神社を合祀した。
当社の南西にある古社地・鷲頭山頂(392m)には、
当社の奥宮が鎮座しているらしい。
登ろうかとも思ったが、沼津には神社が多いので
他の神社の参拝を選択した。
が、せっかくなので登っておけば良かったと
いまさらながら、後悔している。
投稿者 GenSyouShi : 22:07 | こめんと (0)
2008年3月24日
大朝神社 (沼津市)
静岡県の大朝神社(沼津市) を掲載しました。合計2213社。
静岡県沼津市にある。
沼津駅の南3Kmほど、下香貫に鎮座。
牛が伏せたような形の牛臥山(50m)の東麓に境内がある。
境内入口は東側。
「延喜式内 大朝神社」と刻まれた社号標があり
垣に囲まれた境内に入ると、石の鳥居が建っている。
参拝日は、年末十二月三十日の朝。
境内では、氏子の方々が年始準備の清掃中だった。
枯れ枝を集めて焼いていたが、
立ち昇る煙が朝日でオレンジ色だったのが印象的。
「大朝」の名に相応しい、などと考えながら、
邪魔になら無いように参拝。
境内奥の階段を上ると社殿。
社殿はコンクリート造で、拝殿と本殿覆屋が繋がっている形式。
多分、このコンクリートの中に、本殿があるのだろうが
確認していない。
周りで氏子の方々が清掃していたので、ちょっと遠慮。
創祀年代は不詳。
式内社・大朝神社の論社の一つ。
当社は古来、山宮と称されており、
牛臥山は山宮山とも呼ばれ、鎮座地の字名も山宮前。
投稿者 GenSyouShi : 20:27 | こめんと (0)
2008年3月23日
養父神社 (養父市)
兵庫県の 養父神社(養父市) を掲載しました。合計2212社。
兵庫県養父市にある。
養父駅の北西1.5Kmほどの養父市場に鎮座。
円山川の南側、JR線路の脇を走る狭い道に境内入口がある。
参拝当日、社前の駐車場にパトカーが停まっていた。
なにか事件でもあったのかと思ったが、
社前の狭い道が、抜け道になっているようで、
速度違反の取締りをしていたようだ。
階段を上ると鳥居。
丁度、昼時の参拝だったため、
北面する鳥居の真上に太陽が昇っており
鳥居を見上げると、ムチャクチャ眩しかった。
太陽に向かって参道の階段を登ると神門。
神門をくぐると境内。
正面に社殿があり、
拝殿の後方、垣の中に立派な入母屋造の本殿がある。
拝殿の扁額には「山野口大明神 養父大明神」の名が記されていた。
創祀年代は不詳だが、
社伝によると崇神天皇三十年の鎮座。
仁明天皇承和十二年従五位下の神階を授けられ
清和天皇貞観十一年正五位下、同十六年正五位上に叙された神社。
投稿者 GenSyouShi : 17:11 | こめんと (1)
2008年3月22日
須義神社 (出石町)
兵庫県の 須義神社(出石町) を掲載しました。合計2211社。
兵庫県豊岡市にある。
出石町から八鹿町へ向かう2号線の北側、
426号線から西へ2Kmほどの出石町荒木に鎮座。
2号線と菅川が交差する場所の近くに、
参道入口があり、社号標と大きな木が目印。
参道入口を北へ進むと、鳥居が建ち、
さらに進むと階段。
階段を登ると、社殿のある境内がある。
社殿は、拝殿と本殿覆屋。
覆屋の中には流造の本殿があるが、
覆屋の下からのぞいても良く見えなかった。
境内の左手に、少し下る階段があるが
階段の下は、何も無い空き地。
以前は、何かの建物があったような雰囲気だが
詳細は不明。
社伝によると、応神天皇四十年の創祀。
一説に、神功皇后が熊襲征討のため
出石神社に戦勝祈願をした時。
式内社・須義神社に比定されている古社で、
『三代実録』に、貞観十年十二月二十一日に
正六位上から従五位下に昇進した「菅神」が当社。
吉野朝時代、当社付近を菅庄と称し、
八幡宮領となり、八幡神を併せ祀ったという。
投稿者 GenSyouShi : 12:43 | こめんと (1)
2008年3月18日
加畑賀茂神社 (南伊豆町)
静岡県の加畑賀茂神社(南伊豆町) を掲載しました。合計2210社。
静岡県の南伊豆町にある。
南伊豆町役場の東1.6Kmほどの下賀茂に鎮座。
青野川に沿って136号線を進むと、
136号線の北側、道路に面して南向きの境内がある。
社前の136号線の向かいに、当社の御神木。
案内によると、樹齢千二百年のビャクシンという木で、
残念ながら枯れてしまっているが、
当社創建の時からあるらしい。
白い鳥居をくぐると境内。
参拝日は正月三日だが、年末の茅の輪があった。
せっかくなので、その茅の輪をくぐって参拝開始。
鳥居の正面に拝殿があり、
拝殿の後方に、赤く塗られた本殿覆屋がある。
参拝日は、天気が良く、
境内も、道路の側にあり、垣などに囲まれていないせいか
非常にオープンな雰囲気の神社だった。
創祀年代は、大同年間(806~810)と伝えられている古社。
式内社・加毛神社二座の一座に比定されている神社で
『伊豆國神階帳』には「従四位上 加茂の明神」と記されている。
当社の祭神は、
往古、三島大神が伊予から
伊豆沖合いの神津島へ渡った後、加畠之神社(当社)に上陸したと云われ
その後、三島大神を守護して、三島の地へお供した神。
投稿者 GenSyouShi : 20:01 | こめんと (0)
2008年3月16日
比波預神社 (伊東市)
静岡県の比波預神社(伊東市) を掲載しました。合計2209社。
静岡県伊東市にある。
JR伊東線・宇佐美駅の北東500mほどの宇佐美に鎮座。
宇佐美川を越えて、狭い坂道を登ると境内。
入口に社号標が建ち、鳥居が建っている。
境内入口付近には駐車場があり、
車を停めて参拝開始。
駐車場の脇には「サイの神」の石像や石が祀られている。
「サイの神」は邪霊の侵入を防ぎ、旅の安全を守り、
子供を疫病から守る神なのだが、
伊豆地方の「サイの神」は、女性が座った形の像。
参拝日は、非常に天気が良く、
木漏れ日がクッキリとして、写真の出来は良くないのが残念。
境内には、大きなホルトの木が枝を広げており、
境内の奥に、コンクリート(?)の社殿。
拝殿の賽銭投入口から覗くと
木造の本殿が鎮座していた。
創祀年代は不詳。
式内社・加理波夜須多祁比波預命神社と考えられており、
『伊豆國神階帳』には「従四位上 たまたの明神」と記されている古社。
主祭神は、加理波夜須多祁比波預命。
言い伝えによると、加理波夜須多祁比波預命は三島溝橛耳神の長子。
上代海上より上陸し、当地を開拓した神で
宇佐美の氏神として祀られた。
比波預命の孫・多祁美加々命より五代・伊波磯命は
伊豆國忌部であるという。
その後、淳和天皇の頃、始めて社殿を造営した。
また、延喜年間、菅原道真公を合祀したという。
投稿者 GenSyouShi : 11:49 | こめんと (0)
2008年3月15日
伊曾布神社 (香美町)
兵庫県の 伊曾布神社(香美町) を掲載しました。合計2208社。
兵庫県の香美町にある。
山陰本線・香住駅の南西10Kmほどの村岡区味取に鎮座。
矢田川に沿って4号線を南下すると15Kmほどの場所。
矢田川の東側、道路の側に境内入口の階段があるが
参道入口は、もう少し西側にあり、
「伊曽布神社」と刻まれた社号標が立っている。
参道を進むと、大きな木の横に鳥居。
鳥居をくぐり参道を進むと、参道を4号線が横切っている。
4号線を渡り、境内入口の階段を登ると、
樹木の茂った境内。
境内奥に、本殿を納めた覆屋が一つ。
道路の側にある境内だが、
あまり交通量が多くないようで、静かな神域。
社伝によると、貞観二年(860)九月の勧請。
当地は、射添村に属していたため、
射添庄一の宮と称されていた神社で、
式内社・伊曾布神社に比定されている古社。
米庫大明神とも称され、
元は近くにある「味取の俵石」の山に鎮座していたが
天文九年(1540)八月、
大洪水によって山が削られ、社域が崩壊。
天文十二年(1543)八月、現在地に遷座した。
投稿者 GenSyouShi : 14:04 | こめんと (1)
2008年3月13日
御井神社 (豊岡市)
兵庫県の 御井神社(豊岡市) を掲載しました。合計2207社。
兵庫県豊岡市にある。
山陰本線・国府駅と江原駅の中間あたりの日高町土居に鎮座。
蛇行する円山川の近く、312号線の北の通りに面して境内がある。
社前に小さな川があり、赤い欄干の橋を渡ると境内。
境内に入ると、左手(東)に社殿。
境内入口は北側だが、社殿は西を向いている。
本殿の左右に境内社が一つずつ。
境内の左手隅にも、2つの境内社がある。
で、境内に入って、まず目を引くのが境内右手の建物。
舞殿のような構造だが、
屋根の上には時計台のような、見晴台のようなものが載っている。
「なんだ、これ?」と思いながら
ずっと眺めていたが、小雨が降ってきて
誰にも遭わなかったので、それが何かは調べていない。
創祀年代は不詳。
式内社・御井神社に比定されている古社。
江戸時代までは天満宮と称しており
明治三年、御井神社と改称した。
投稿者 GenSyouShi : 23:16 | こめんと (0)
ちゃらさん (間違い 正しくは 「ちゅらさん」)
今月初め、ちゅらさんを入手。
シリーズ全部を見るのに50時間近く必要なので、毎日毎日、少しずつ見ています。
で、一サイクル見終わったところで、再度、初めから見直してしまいました。
もう一回見てしまうかも。
「ちゃらさん」が放送されていた頃、以前の会社を辞め
毎日毎日自由な日々を送っていました。
とくに理由も無く朝早く起き、「ちゅらさん」を見て出かけていました。
懐かしいです。
投稿者 GenSyouShi : 22:12 | こめんと (2) | 4. 見…映画やドラマ
2008年3月 4日
春來神社 (新温泉町)
兵庫県の 春來神社(新温泉町) を掲載しました。合計2206社。
兵庫県の新温泉町にある。
JR山陰本線・浜坂駅の南東15Kmほどの春来に鎮座。
岸田川に沿って47号線を南下し、
9号線(山陰道)に入って春来川に沿って南東へ。
春来トンネルの手前で9号線をはずれ、東へ進む。
春来の町にある小学校のすぐ南。
坂道の道路に面して鳥居が立っているが、
参道の灯籠は、小学校の敷地内にあるようなので、
ちょっと小学校に入って撮影。
あまりウロウロしていると、怪しい人と思われそうなので
すばやく参拝開始。
当社の正式名は「春来神社」なのだが
鳥居には「五社大明神」と書かれている。
鳥居をくぐり、参道階段を登ると、正面に境内社。
境内に入って右に進むと、当社の社殿がある。
社殿の扁額には、鳥居と同じ「五社大明神」。
道路からかなり上にあるのだが
道路に沿うように、細長い境内。
木々の多い林で、地面には苔。
細長く垣も無いので、小学生の遊び場には向かないようで
ひっそりとした雰囲気だった。
社伝によると、
天武天皇白鳳六年(677)四月二日の創祀。
式内社・春木神社に比定されている古社だが
天正十六年六月十九日、宝庫焼失により記録は残っていない。
投稿者 GenSyouShi : 00:13 | こめんと (2)
2008年3月 2日
八幡神社 (大丹生町)
福井県の 八幡神社(大丹生町) を掲載しました。合計2205社。
福井県福井市にある。
JR福井駅の西15Kmほどの大丹生町に鎮座。
日本海沿いを走る305号線から、少し東へ入る場所。
一光川の河口部の近く、日蓮宗大乗寺の近くに境内がある。
垣に囲まれた境内入口に、石の鳥居。
鳥居の右手に「指定村社 八幡神社」と刻まれた社号標。
鳥居をくぐると、境内の奥、石垣の上に社殿がある。
階段を登ると、正面に拝殿。
拝殿の後方に本殿がある。
参拝を終え振り返ると、境内の外
家々の向こうに日本海が見えた。
創祀年代は不詳。
社伝によれば、天徳元年(957)
多田(源)満仲が当地に閑居のおりに
源氏の守護神八幡大菩薩を勧請。
その後、当地の産土神として祀ったという。
社殿への階段の脇に、神馬像があるが
その胴に二羽の鳩が向かい合った形の紋が刻まれている。
鳩は八幡神の神使。
鳩を神紋としている八幡神社は多い。
投稿者 GenSyouShi : 17:03 | こめんと (0)
2008年3月 1日
WEBマガジン
リンクに、宮本裕子のWEBマガジンを追加。
本人が運営しているわけではないようだ。
ブログでもない。
でも、好きな女優なので。
そういえば、「WEBマガジン」って、良くわからない言葉だ。
そういえば、最近、「WEBマガジン」の執筆依頼が来た。
このサイトの何処を見たのだろうか。
辞退する前に聞いておけば良かった。
投稿者 GenSyouShi : 21:31 | こめんと (0) | 2. 好…はまりました
八幡神社 (片粕町)
福井県の 八幡神社(片粕町) を掲載しました。合計2204社。
福井県福井市にある。
JR福井駅の西5Kmほどの片粕町に鎮座。
日野川の西岸、川の土手の道にある
「片粕ふれあい会館」(公民館?)の横に参道入口の鳥居。
日野川に向かって鳥居が立っているので
境内入口は東向き。
早朝、日の出の頃の参拝だったので、
会館の駐車場に車を停めて参拝開始。
鳥居の左手に「八幡神社」と刻まれた社号標。
だが、鳥居の扁額には「五社宮」と書かれている。
正式な社号は八幡神社なのだが、五社神社とも称されているらしい。
階段を登ると、もう一つ鳥居があり
緑の芝の境内。
参道左手の手水鉢には菊紋が刻まれているが
鳥居横の社号標には、輪宝紋が刻まれていた。
境内の西側奥に社殿。
拝殿の後方に流造の本殿がある。
参拝を終え、振り返ると
緑の境内の向こう、日野川の対岸が見え、
日の出とともに明るくなって行く世界を実感。
社伝によると、
人皇五十六代清和天皇の貞観二庚辰年(860)三月の勧請。
永正七庚午年(1510)社殿大破により
朝倉貞景によって再建された神社。


















