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2008年2月28日
大宮神社 (伊豆市)
静岡県の大宮神社(伊豆市) を掲載しました。合計2203社。
静岡県伊豆市にある。
伊豆箱根鉄道・修善寺駅の東4Kmほどの上白岩に鎮座。
12号線を東へ進み、上白岩で北へ入ると、
畑の奥に、こんもりとした社域の森が見える。
歴史民俗資料館の駐車場のそば、コンクリートの参道が延びており
森の入口に鳥居が建っている。
鳥居をくぐり、階段を登ると境内。
参拝日は晴天で、真っ青の空の下だが
境内の中は、木々に日が遮られ、
肉眼では明るいのだが、
カメラではコントラストの強い暗い写真になってしまう。
境内中央に、当社の社殿。
入母屋造の拝殿の後方に、流造の本殿。
本殿の側面が、渋い朱で塗られている。
創祀年代は不詳。
通称は大朝神社で、式内社・大朝神社の論社の一つ。
投稿者 GenSyouShi : 20:41 | こめんと (0)
2008年2月26日
土肥神社 (伊豆市)
静岡県の土肥神社(伊豆市) を掲載しました。合計2202社。
静岡県伊豆市にある。
伊豆の西側にある土肥温泉の鎮座。
土肥山川河口部から、136号線を東へ600mほど進むと
参道入口があり、白い立派な鳥居が建っている。
参道を進むと、左手に堂々とした巨木。
根元が太く、枝が四方に延びたもの。
案内板に木の種類などが書かれていたようだが、覚えていない。
参道を進むと境内。
社前は広場になっており、祭日以外は駐車場なっている雰囲気。
その広場の奥、階段上に社殿がある。
拝殿・本殿はコンクリート造のようだ。
淡いクリーム色で、通常の神社建築と違い
少し違和感を感じながらの参拝。
拝殿の扁額には「鎮護社」と書かれている。
社殿の右手に、槙と楠の御神木がある。
槙の枝を、楠が包み込むように結びつき
二本の木の間を注連縄が張られている。
願い事を念じながら
この、鳥居状態に結びついた枝の間を通りぬけると
願いが適うらしい。
参拝は、年末大晦日の朝。
境内には、特に正月飾りなどは見当らなかったが
午後から準備されたのだろうか。
投稿者 GenSyouShi : 23:44 | こめんと (0)
2008年2月25日
與佐伎神社 (豊岡市)
兵庫県の 與佐伎神社(豊岡市) を掲載しました。合計2201社。
兵庫県豊岡市にある。
山陰本線・豊岡駅の北、直線で3Kmほどの下鶴井に鎮座。
円山川の東岸、玄武洞の1Kmほど南にあり、
下鶴井の集落の奥、山の斜面に境内がある。
民家の間の参道を進むと、石鳥居。
鳥居の脇には「下宮家屋敷跡」があり、
昔は、社家がここにあったようだ。
鳥居をくぐり参道の階段を登ると境内。
ひっそりとした境内は、綺麗に維持されており
雑草もなく清潔な空間。
拝殿の後方に流造の本殿があり
本殿の扁額には『伊與永大明神』と書かれていた。
社殿の右手、境内社との間に、石が祀られていた。
傍らの由来石碑によると、
昔、向かいの山が崩落した時、
御幣が飛来し、大きな石に明かりが灯ったという伝説があり
土地改良工事の際に掘り出されたものらしい。
ところで、この石が「光った石」だということが何故わかったのだろう。
今でも光るのだろうか。
本殿の後方に、朽ちた階段(らしきもの)があり、
上の方に、何かがある。
注意しながら登ってみると、朽ちた門だった。
門の後には、雑草や茂み、岩などがあるだけだったが、
昔は、この上に社殿があったのだろうか。
帰宅後、資料で確認すると、
明治二十三年十月六日、大洪水のため
本殿の裏手で山崩れがあり、社殿が大破したらしい。
社殿は破壊されたが、結果的に、そこで土流は止まり
集落への被害が無かったという。
門の後の岩は、その当時の土流の残骸だろう。
投稿者 GenSyouShi : 22:18 | こめんと (0)
2008年2月24日
庭田神社 (一宮町)
兵庫県の 庭田神社(一宮町) を掲載しました。合計2200社。
兵庫県宍粟市にある。
中国自動車道・山崎I.C.の近くにある宍粟市役所から
北東15Kmの一宮町能倉に鎮座。
29号線を北上し、伊和神社を通過して
東市場の交差点から8号線を東へ3Km。
8号線と染河内川の間に境内がある。
8号線から少し南(川側)へ入ると高い木々の社域。
入口前は駐車場になっており、車を停めて参拝開始。
鳥居をくぐり参道を進むと神門。
神門の奥が、社殿のある境内。
参拝は年始四日、周囲の雪は解けていたが
境内には、まだ雪が残っており、
境内中央の土俵には、ブルーシートがかけられていた。
拝殿前には門松が飾られ、
柏紋を染めた幕が張られていた。
拝殿の後方、垣の中には入母屋造の本殿。
本殿の雰囲気は伊和神社と似ている。
境内には「霊石」と呼ばれる石が祀られ、
境内隅には一宮遥拝所がある。
投稿者 GenSyouShi : 12:28 | こめんと (0)
2008年2月14日
笹御霊神社・小田巻神社
兵庫県の 笹御霊神社・小田巻神社 を掲載しました。合計2199社。
兵庫県朝来市にある。
JR播但線・青倉駅の東3Kmほどの納座に鎮座。
朝来山の南麓になるのだろうか。
伊由谷川に沿って526号線を東へ進むと、
道路に面して南向きに、境内入口の階段がある。
石垣の階段を登ると鳥居があり
参道を進むと、正面に少し土を盛ったような境内。
中央に当社社殿があり、
左右に境内社の祠がある。
鳥居の扁額には「笹御霊神社 小田巻神社」と
二社の名前が併記されている。
ということは、当社は笹御霊神社と小田巻神社を
合併させた神社ということだろうか。
あるいは、境内に「小田巻神社」があるということだろうか。
『兵庫縣神社誌』によると、
笹御霊神社は、延徳元年(1489)の創祀。
明治六年十月に村社に列している神社。
残念ながら、小田巻神社に関する記述は見当らない。
投稿者 GenSyouShi : 21:38 | こめんと (0)
2008年2月12日
鮑玉白珠比咩命神社 (沼津市)
静岡県の鮑玉白珠比咩命神社(沼津市) を掲載しました。合計2198社。
静岡県沼津市にある。
伊豆箱根鉄道・田京駅の西8Kmほどの西浦木負に鎮座。
駿河湾に突き出した赤崎の岬の高台に境内がある。
海沿いを走る17号線(沼津土肥線)から
坂道を登る参道があり、参道途中に鳥居が建っている。
坂道を登りきったあたりに北東向きに境内入口がある。
境内の鳥居をくぐり、参道を歩くと
『鮑玉白珠比咩命神社碑』という石碑に
由緒らしきものが刻まれているが、よく読めなかった。
残念。
参道を歩き、階段を登ると正面に拝殿。
拝殿の後方には、覆屋に納められた本殿がある。
早朝に沼津のホテルを出発し、幾つかの神社を参拝した後
海沿いの道をゆっくりとドライブしながらの到着。
参拝日は天気がよく、真っ青な空が美しかった。
創祀年代は不詳。
式内社・鮑玉白珠比咩命神社に比定されている神社で
『伊豆國神階帳』に「従四位上 宮玉の明神」とある古社。
赤崎の岬にあり、江戸時代より赤崎神社、赤碕明神と称した。
明治七年、上條鎮座の御嶽神社を合祀し
木負神社と改称した。
その後、明治三十五年、現社号に復した。
投稿者 GenSyouShi : 21:55 | こめんと (0)
2008年2月11日
清水神社 (千曲市)
長野県にある、清水神社(千曲市) を掲載しました。合計2197社。
長野県千曲市にある。
しなの鉄道・坂城駅の西2Kmほど、
上山田戸倉温泉街から南東に3Kmほどの力石に鎮座。
77号線(長野上田線)の力石交差点の側に、
道路に面して東向きの境内がある。
入口鳥居の右横に「式内 清水神社」と刻まれた社号標。
鳥居の左手には、「千曲市指定文化財 力石さま」と書かれた案内があり、
その前に2つの石が祀られていた。
当社は「力石さま」と呼ばれているようだが、
この石が、その由来だろうか。
参拝は二月の休日。
境内は雪で真っ白になっており、
参道には足跡も無い。
参道中央は、雪も少ないのだが
境内の隅に行くと、ズボッと足首まで埋まってしまう。
そんな日の参拝。
参道正面に拝殿があり、
拝殿の後方に、本殿を納めた覆屋がある。
残念ながら、当社の創祀や由緒に関する資料は未入手。
社号標にあるように
式内社・清水神社の論社を主張しているようだ。
だが『式内社調査報告』には、当社の名前は記されておらず、
長野市内の三社の記述のみ。
当社は、論社として有力ではないのかもしれない。
投稿者 GenSyouShi : 16:14 | こめんと (0)
2008年2月 8日
桐原神社 (和田山町)
兵庫県の 桐原神社(和田山町) を掲載しました。合計2196社。
兵庫県朝来市にある。
和田山駅の北2Kmほどの和田山室尾に鎮座。
円山川を越えて1Kmほど北上し、西へ1Km。
北へ入る小道を300mほど進むと、
道路脇にコンクリートの参道入口があり、
「式内桐原神社」と刻まれた小さな社号標が立っている。
そのコンクリートの坂道参道を登ると
ゲートのような鉄柵の門。
獣除けらしいその門を開けて、少し登ると境内の横に到着する。
鳥居をくぐった正面に社殿があるが
社殿は、拝殿を兼ねた覆屋で
内部に本殿が納められている。
境内の周囲に垣は設けられておらず、
参拝日は非常に天気が良くて
強い陽射しの中、突然境内が出現したような、
オープンな感じ。
社伝によると、大同三年(908)
男山石清水八幡宮から勧請された神社。
『但馬郷名記』では、
矢作連が、その祖神・経津主命を祀った古社に
後、八幡宮を勧請したという。
つまり、本来、桐原神社として祀られていた社に
八幡神を合わせ祀った神社。
よって、当社は式内社・桐原神社に比定されている。
明治六年十月、村社に列し、
当時は現在地の東4Kmほどの場所にあったようだ。
氏子である室尾村と岡田の間で境内をめぐって権利争いが生じ
結局、桐原神社分を室尾へ、八幡神社分を岡田へ分祀。
投稿者 GenSyouShi : 21:10 | こめんと (3)
2008年2月 7日
アメリカドラマの吹替え
昨年から、FOXで放送されている Dr.HOUSE が面白い。
暇な時は、再放送で何度でも見てしまう。
で、二月から日本語吹替え版が放送されている。
が、なんだこの声は。
クールなハウスが甘い声を出し、
穏やかなウィルソンは、若造の声。
キャメロンは、つんけんした鼻声だ。
ということで、2度と吹替えは見ないと決めていたのだが、
ストーリーの良さに、ついつい見てしまい、毎日、声に突っ込んでいる。
前にも、コールドケースの吹替えを見て、リリーの声が、
ネービーファイルのマックの声で、話し方も同じだった。
がっかり、というか怒りを感じて、以後はコールドケースの吹替えは見ていない。
アメリカのテレビドラマは、脚本も役者も厳選されているので
吹替えも、もう少しこだわって欲しい。
安易に、声優の使いまわしは止めて欲しい。
「ザ・シンプソンズ MOVIE」は問題外。
投稿者 GenSyouShi : 20:58 | こめんと (0) | 5. 嫌…とにかく
諸杉神社 (出石町)
兵庫県の 諸杉神社(出石町) を掲載しました。合計2195社。
兵庫県の出石町にある。
豊岡市役所の出石総合支所のすぐ南。
出石城跡の東側にあるのだが、
城跡と当社との間にある稲荷神社が大きくて、
当社の存在を知らずに観光していたら
見逃していたか、記憶に残らなかったかもしれない。
そんな雰囲気の神社。
川にかかる橋の側に「諸杉神社」と刻まれた社号標。
橋の参道を渡り、少し進んで右手に曲がると当社の社殿。
周囲は観光客や車の多い場所だが、
静かで、穏やかな境内。
境内奥(西側)に拝殿と本殿があり、
本殿の周りに、幾つかの境内社の祠がある。
創祀年代は不詳。
式内社・諸杉神社に比定されている古社。
祭神は天日槍命の嫡子・多遲摩母呂須玖神。
日本書紀に「但馬諸助」とある神で、
「母呂須玖」が社名の「諸杉」と転訛したようだ。
当初は小坂村水上に祀られていたが
天正二年(1574)、但馬国守護山名氏が居城を
此隅山(小盗山)から出石有子山に移すにあたり
城下である現在地に遷座したという。
投稿者 GenSyouShi : 20:53 | こめんと (0)
2008年2月 3日
守山八幡宮 (伊豆の国市)
静岡県の守山八幡宮(伊豆の国市) を掲載しました。合計2194社。
静岡県伊豆の国市にある。
伊豆箱根鉄道・韮山駅の南西1Km、
伊豆長岡駅の北西1Kmほどの寺家に鎮座。
136号線から少し西へ入った場所。
狩野川の側の守山中腹に境内がある。
境内入口は東向き。
入口の鳥居右脇には「守山八幡宮」と刻まれた社号標。
左脇には、「源頼朝挙兵之碑」が建っている。
つまり、当地は源頼朝挙兵の地。
階段を登ると、砂地の広い境内に
拝殿を兼ねた舞殿が一つ。
その後方に、上の社殿へ続く階段がある。
階段を登ると、正面に社殿。扁額には「八幡宮」。
拝殿の後方に、流造の本殿がある。
石垣に囲まれた上の境内には、幾つか変わった形の石があるが
なにか謂れがあるのだろうか。
創祀年代は不詳。
往古は、狩野川を越えた当社の西にある大男山(雄徳山)
山頂に鎮座していたという。
昔は、狩野川は守山の東を流れていたらしく、
延喜年間に豊前国宇佐から八幡神を勧請、合祀。
後、源頼信の頃(平安末期)に、寺家に遷座。
投稿者 GenSyouShi : 18:39 | こめんと (3)
満宮神社 (函南町)
今日、CSで『笑顔の法則』というドラマ(全11話)を連続でやっていた。
何の気なしに見ていたら、
神社境内で西島秀俊が竹内結子に告白しているシーン。
で、どこかで見た神社だなぁ、
ということで、これまでに参拝した神社の中に見つけた。
参拝したことがある神社が、ドラマなどに出てくると
ちょっとうれしい。
静岡県の満宮神社(函南町) を掲載しました。合計2193社。
静岡県の函南町にある。
伊豆仁田駅の西1Kmほどの塚本に鎮座。
伊豆仁田駅と狩野川の中間あたり。
森山と呼ばれる丘の南麓に境内がある。
道路に面して鳥居が建ち、
「塚本鎮座満宮神社」と刻まれた社号標。
大きな木が聳える境内は広く、
丘を背にした社殿がある。
境内右手には、境内社の王子之森稲荷神社。
社殿左前にも、幾つかの境内社がある。
社殿の左に、森山山頂続く道。
その道の入口に「森山稲荷神社」と刻まれた社号標があり
赤い鳥居が並んでいる。
案内によると、森山は海抜36mの丘。
(『式内社調査報告』では60m)
参道階段を登ると山頂部に森山稲荷神社の赤い社殿がある。
この森山は、鎌倉時代の歌学書『八雲御抄』所載の
「田方の森」と考えられている。
















