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2007年11月30日
御前神社 (あわら市)
福井県の 御前神社(あわら市) を掲載しました。合計2175社。
福井県あわら市にある。
えちぜん鉄道三国芦原線のあわら湯のまち駅から
南西に2Kmほどの宮前に鎮座。
竹田川の近く、宮前橋の南に境内がある。
参拝は五月の連休。真っ青な空の下。
道路に面して、石垣に囲まれた境内。
入口の鳥居の脇には、
「式内指定御前神社」と刻まれた社号標。
鳥居をくぐると、境内中央を参道が延びており
正面に社殿。拝殿・本殿は瓦葺。
本殿の周囲の垣は、
瑞垣ではなく、珍しい生垣だった。
本殿の左手に、石の祠のようなものがある。
正面に格子が嵌められており、
中の壁面には、
西国三十三カ所の観世音や如来、上人が刻まれている。
ここ一箇所で、西国観世音廻りが出来てしまう。
創祀年代は不詳。
式内社・御前神社に比定されている古社。
「御前」と書いて「みさき」と読むが、
「おまえ」と訓じたものもあるらしい。
これは、鎮座地・宮前(みやまえ)の発音の影響。
平安時代後半、
坂井郡内の十郷に十社の春日社が祀られており、
当社も、その一つ。
中番の春日社を父神とし、当社を母神として
十社の中核をなしていた神社。
春日社としての勧請は、寛弘八年(1011)だが
上記のように、式内社・御前神社として
それ以前から鎮座していたと考えられている。
投稿者 GenSyouShi : 23:10 | こめんと (0)
2007年11月29日
伊加麻志神社 (伊豆市)
静岡県の伊加麻志神社(伊豆市) を掲載しました。合計2174社。
静岡県伊豆市にある。
伊豆箱根鉄道・大仁駅から、西北西に直線で3Kmにある
益山の頂上にある。
大仁駅から西へ、狩野川を渡り、
山田川を遡り、小山田川を遡って、さらに西へ。
山田付近で、伊加麻洞川に沿って北上。
狭い山道を登ると、山頂に到着する。
山頂には、養伽山益山寺という寺がある。
お堂の前には、立派な大銀杏と大楓の木があり、
その前を右手に進むと、当社・伊加麻志神社境内がある。
参道を進むと、鳥居があり、
鳥居の左右には、新しい狛犬。
鳥居をくぐり、階段を登ると社殿がある。
参拝は、年末大晦日の早朝。
沼津のホテルを日の出前に出て、
益山への登り口に付いた時に、
ようやく少し明るくなって来た頃。
年末年始の神社は、
新しい注連縄や正月飾り、門松などがそえられて
どこも、晴れやかな感じがするなぁ、
と考えながら参拝した。
山頂にある、養伽山益山寺の名前は、
一説によると、当社社号の「伊加麻志」から
「伊加→養伽」、「麻志→益」となったらしい。
投稿者 GenSyouShi : 22:25 | こめんと (0)
2007年11月27日
鵜甘神社 (越前市入谷町)
福井県の 鵜甘神社(越前市入谷町) を掲載しました。合計2173社。
福井県越前市にある。
JR武生駅の東10Kmほどの入谷町に鎮座。
201号線(菅生武生線)をひたすら進むと、
日野川の支流・鞍谷川の上流、石休川の近く、
道路に面して境内がある。
境内入口は西向き。
境内は、石段の上にあり、道路より少し高い。
数段の階段を登ると鳥居がある。
鳥居の右手に「式内村社鵜甘神社」と
刻まれていた(と思う)社号標がある。
参道を進むと、境内の奥に社殿があるが
社殿の前の灯籠が一基崩壊しており、
修復を待っていた。(2006年5月初旬)
『福井県神社誌』に、本殿は流造と書かれているが、
この社殿の中にあるのだろうか。
式内社・鵜甘神社の論社。
社伝によると、
神武天皇が大和国吉野河の河尻にお入りの時
簗を作って魚を捕っていた翁がいた。
その翁が「私は国神で贄持の子であります」といい
今後、天神の御子が召し上がる御贄を奉りますといって
生き生きとした香魚(鮎)を献上すると
天皇は大いに喜び
永く膳部(かしわべ)として仕えるように命じられた。
この翁が鵜養部の始祖である。
この翁の子孫が清らかな水を求めて、
鵜養部を率いて住みついた地が入谷であるといい、
鵜養部が、祖神を祀った神社が当社である。
投稿者 GenSyouShi : 20:45 | こめんと (0)
2007年11月26日
小田井縣神社 (豊岡市)
兵庫県の 小田井縣神社(豊岡市) を掲載しました。合計2172社。
兵庫県豊岡市にある。
山陰本線・豊岡駅の北東1Kmほどの小田井町に鎮座。
豊岡駅から北東へまっすぐ、ロータリーを越えて
426号線を進み、円山川に突き当たった場所。
堀川橋の手前に境内入口がある。
参拝は、五月の休日の早朝、日の出の頃。
といっても朝霧が立ち込めて、
日が出ているのかどうかわからない。
そんな日の参拝。
境内入口に到着した時には、まだ暗かったが、
境内に入った頃から、少しずつ明るくなり始めた。
鳥居をくぐり参道を進むと神門。
神門を越えると境内があり、正面に拝殿。
拝殿の後方に、流麗な春日造本殿がある。
拝殿の柱に、猫除けの超音波装置が付いていたが
猫が住み着いているのだろうか。
センサーは賽銭箱に向けられていたが。
創祀年代は不詳。
式内社・縣神社に比定されている古社。
祭神は、当地開拓の祖神・国作大己貴命。
第十代崇神天皇の御代、
小田井縣主が、四道将軍谿羽道主命に、その偉徳を伝え
谿羽道主命、深くその功績をたたえられ、天皇に奏上。
十一年甲午春の三月十四日、勅許を得て神霊を鎮祭。
一社を創立して、大己貴命及び天火明命を祀ったという。
神功皇后新羅征伐の際、
小田井縣主が、勅を奉じて大海童神を当社・下座に配祀した。
投稿者 GenSyouShi : 21:14 | こめんと (0)
2007年11月18日
岡太神社 (越前市岡本町)
福井県の 岡太神社(越前市岡本町) を掲載しました。合計2171社。
福井県越前市にある。
武生駅の西2Kmほどの岡本町に鎮座。
道路に面して南向きに鳥居が建っており
鳥居の右手に「村社 岡太神社」と刻まれた社号標。
鳥居をくぐり、田の横の参道を進むと、
岡本山(藤内山)の麓に、垣に囲まれた境内がある。
境内入口にも鳥居が建っているが
鳥居扁額には「白山神社」とある。
境内に入ると正面に社殿。
拝殿の後方に、覆屋に納まった本殿がある。
境内の右手に、岡本山山頂へ続く階段。
階段を登ると、石祠が一つあり
その後方に観音堂。堂内には観音石仏が多く並んでいた。
観音堂の横に、さらに山道が続いている。
ゆるやかに登る山道を、しばらく歩くと山頂。
山頂には、雨夜神社の石祠がある。
石祠の背面には、
「雨夜神社 岡本山上宮 祭神 水波乃売命」
と刻まれていた。
鳥居扁額にあるように、
当社は白山神社とも称していたが、
現在は岡太神社と称し。山頂に雨夜神社を祀る。
投稿者 GenSyouShi : 10:37 | こめんと (0)
2007年11月17日
久麻神社 (豊岡市)
兵庫県の 久麻神社(豊岡市) を掲載しました。合計2170社。
兵庫県豊岡市にある。
豊岡駅の北西2Kmほどの福田に鎮座。
福田の交差点の手前で、178号線から南西へ入ると、
住宅地の奥に社域の丘が見える。
道の突き当たりの丘が境内。
参道階段を登ると鳥居が建っている。
さらに階段を登ると、もう一つの鳥居があり
木々の茂った静かな境内がある。
参拝は五月の連休の朝。
社域には、薄っすらと朝霧が残っている時刻。
境内奥に社殿があり、一番左が本社。
拝殿の後方に、本殿を納めた覆屋がある。
創祀年代は不詳。
式内社・久麻神社の有力な論社。
昔は熊野三社権現とも称し、祭神は熊野忍隅命。
投稿者 GenSyouShi : 14:28 | こめんと (0)
2007年11月14日
温泉神社 (鳴子温泉)
宮城県にある 温泉神社(鳴子温泉) を掲載しました。合計2169社。
宮城県大崎市にある。
陸羽東線・鳴子温泉駅の南400mほどの鳴子温泉街にある。
境内入口は北東向きのようだが、
北側の道から、車で境内まで入れる。
温泉ホテルらしき建物の横に、細長い境内。
境内参道には、砂利が敷詰められていて綺麗だった。
参道脇には、相撲の土俵があるが、
当社例祭には、相撲が奉納されるらしい。
この奉納相撲は、
源頼朝による平泉征討の戦勝祈願の礼として
奉納されたことに始まるもの。
砂利の参道を歩くと鳥居が建っているが、
鳥居の脇には、小さな龍神の石碑が立っている。
参道を進むと社殿。
拝殿の後方に、垣に囲まれて流麗なフォルムの本殿がある。
参拝は夏休みの一日。
蒸し暑い午後の参拝で、
どこかの湯につかって帰ろうと思っていたが
参拝後にはすっかり忘れてしまった。残念。
温泉にある神社は、冬の方が良いかもしれない。
投稿者 GenSyouShi : 20:59 | こめんと (1)
2007年11月12日
色來神社 (竹野町)
兵庫県の 色來神社(竹野町) を掲載しました。合計2168社。
兵庫県豊岡市にある。
山陰本線・竹野駅の南5Kmほどの竹野町林に鎮座。
竹野川に沿って1号線(日高竹野線)を南下し、
竹野町林の集落を西へ入ると、狭い道に境内入口がある。
鳥居の脇には「式内色来神社」と刻まれた社号標が立ち、
鳥居扁額には「色來大明神」と書かれている。
鳥居をくぐり参道の山道を少し登り、左手に曲がってさらに登る。
しばらく参道を上っていると、参道の石鳥居が見えてくる。
その鳥居をくぐって真っ直ぐ登ると、
少し開けた場所に境内社の祠が一つあるが、
当社境内へは、その鳥居をくぐらずに右手に引き返す方向へ進む。
尾根筋を歩いているような感じの参道を進むと、
社殿の建っている境内。
『式内社調査報告』には、本殿は萱葺流造と記されているが、
妻入りの社殿で流造には見えない。
参拝は五月の連休、朝の七時頃。
木々の茂った山道も綺麗に整備されていて歩きやすく
木々の間から射し込む太陽光の光の筋が美しい。
まるでハイキングをしているような参拝で、
ムチャクチャ気持ちが良かった。
創祀年代は不詳。
式内社・色来神社に比定されている古社。
当社の社号「色来」は「いろく」と読む。
一説には社地周辺が「色来谷」と呼ばれていたらしい。
投稿者 GenSyouShi : 22:24 | こめんと (2)
2007年11月11日
多爾夜神社 (西伊豆町)
静岡県の多爾夜神社(西伊豆町) を掲載しました。合計2167社。
静岡県の西伊豆町にある。
安良里港から東へ500Kmほどの場所に鎮座。
136号線がバイパスになっており、その東側。
境内の横には、「安良里コミュニティー防災センター」がある。
あまり広くない境内の入口に石鳥居が立ち、
傍らには、予科練の英霊を祀る「忘れじの塔」。
鳥居をくぐると正面にコンクリートの社殿がある。
参拝は大晦日の午後。
当社も初詣の準備を終えたようで、
社殿の扉が施錠されていなかったので、中に入って撮影。
内部の本殿の前には、立派な賽銭箱が置かれているので
年末年始だけではなく、いつも施錠されていないのかもしれない。
本殿は朱塗りの流造。
コンクリートの社殿内に、キッチリと納まっているが、
今後の修繕はどうするのだろうか、
などと考えながら参拝した。
創祀年代は不詳。
式内社・多尓夜神社に比定されている古社。
『伊豆國神階帳』に「従四位上 たにやの明神」とある神社。
「たにや」とは「谷家」の意味という。
元は、当地から東へ800mほどの山中にあり
今は山神社が祀られており、
そばには、高さ60mの瀧があるらしい。
投稿者 GenSyouShi : 21:19 | こめんと (0)
2007年11月10日
葛見神社 (伊東市)
静岡県の葛見神社(伊東市) を掲載しました。合計2166社。
静岡県伊東市にある。
伊東駅の南東1.2Km、南伊東駅の北東1,2Kmの馬場町に鎮座。
12号線(伊東修善寺線)から東へ入り、
伊東大川にかかる岡橋を越えて400mほど進むと
当社境内に突き当たる。
町名が馬場町ということは、
この、真っ直ぐな道は「馬場」だったのかもしれないなぁ、
と思いながらの参拝。
参拝日は、年末の休日の朝。
天気は良いのだが、陽射しが強く、
鳥居に向かうと、太陽が眩しかった記憶がある。
石の垣に囲まれた境内に入ると、
正面に社殿。
階段を登ると拝殿があり、その後方に本殿覆屋がある。
覆屋内の本殿は、『式内社調査報告』によると
神明造で、元禄十年の建築らしい。
境内の左手に、大きな老樟が聳えている。
樹齢千数百年ということで、天然記念物になっている。
当地は、古くより萳見・久須美、葛見などと称される地で
当社社号も、地名よりとられたものと思われる。
伊東家の支配地にあり、伊東家の崇敬篤い神社で、
式内社・久豆彌神社の論社。
投稿者 GenSyouShi : 17:52 | こめんと (0)
2007年11月 9日
神明神社 (西伊豆町仁科)
静岡県の神明神社(西伊豆町仁科) を掲載しました。合計2165社。
静岡県の西伊豆町にある。
西伊豆町役場から北東1.5Kmほどの仁科に鎮座。
136号線から仁科川に沿って、59号線を北東へ進み、
海名野橋を越えて、南東の集落へ入り、
そのまま狭い道を進むと境内に到着。
社前には小川が流れているが、
その小川に沿って道がカーブしている場所にある。
参道の階段を登ると、
印象的な枝の木が立っており、その横に鳥居。
鳥居をくぐって、参道を突き当たると社殿がある。
拝殿の後方に、一段高く本殿覆屋がある。
参拝は元旦の朝。
鳥居には注連縄に蜜柑。
拝殿内にも御神酒などが供えられていた。
鎮座地の字名は、海名野というらしく、
当社の通称も、海名野神明社。
当社に関する由緒は未入手なので、
創祀年代・由緒はわからない。
式内社・仲大歳神社の論社の一つ。
式内社であれば『伊豆国神階帳』に
「従四位上 従四位上 なかおほとしの明神」とある古社。
ただし、仲大歳神社に関しては諸説あり、定かではない。
投稿者 GenSyouShi : 22:26 | こめんと (0)
2007年11月 5日
新具蘇姫命神社 (大田市)
島根県の新具蘇姫命神社(大田市)を掲載しました。合計2164社。
島根県大田市にある。
大田市駅の南4Kmほどの川合町吉永に鎮座。
375号線を南下すると、道路の東側に境内が見える。
375号線をそのまま南下すると、石見一宮の物部神社が鎮座している。
道路に面して入口の鳥居が立っており、
鳥居の左手に「新具蘇姫命神社」と刻まれた社号標が建っている。
「新具蘇姫命神社」と書いて「にいぐそひめのみことじんじゃ」と読む。
が、通称は吉永神社。
地図にも吉永神社と記されている。
鳥居をくぐり、階段の登ると境内。
広い境内の中央に大きな社殿が建っている。
拝殿の後方、垣の中に古色の本殿がある。
『式内社調査報告』には、神明造。
『神國島根』には、明神造と記されているが、
これは、春日造じゃないだろうか。
境内の左手には、変わった形の灯籠がある。
聖武天皇天平十三年八月三日の創祀。
式内社・新具蘇姫命神社に比定されている古社。
天長二年従五位を授けられた。
往古は、背後の新山(大仙山のこと?)に鎮座していたが
文治年間に現在地に遷座。
新山は新具蘇山とも呼ばれていたらしい。
投稿者 GenSyouShi : 20:53 | こめんと (0)
2007年11月 3日
鵜森神社 (坂井市)
福井県の 鵜森神社(坂井市) を掲載しました。合計2163社。
福井県坂井市にある。
九頭龍川の河口近く、
えちぜん鉄道・三国神社駅の南2.5Kmの三国町川崎に鎮座。
103号線(福井三国線)を南下し、九頭龍川に突き当たる少し手前。
九頭龍川の側に境内がある。
境内入口は、北西向き。
参道を歩くと石の鳥居が建っており
その奥に、社域の森がある。
参道を進み、境内に入ると「鵜森神社」と刻まれた社号標。
木々の繁茂した境内の奥に社殿がある。
拝殿は瓦葺・入母屋造だと思うが、
『福井県神社誌』には「御拝流造」。
後方の本殿は銅板葺・流造。
参拝はゴールデンウィークの初日。
長野から福井へ向かう途中。
快晴で陽射しの強い休日の朝だった。
創祀年代は不詳。
伝説によると、
男大迹王(継体天皇)が、三国湊口の岩山を切り通して
当地方一帯の水を海へ流す一大事業を行うにあたり
湖上にあった森に天照大神を祀り、宮居を建てたのが当社の起源。
その後、森には樹木が繁茂し、
鵜が数千羽巣食う状態となったため、
桓武天皇の御宇、延暦年間に、鵜屎神社号が宣下され、
坂上田村麻呂によって社領が寄付された。
長年、当社から都へ、
化粧品の原料となる鵜屎が献上されていたという。
後、天正年間に焼失し社領も失って衰退し、
白山神社と称していたものを
大正二年四月十七日、現社号・鵜森神社と改称した。
投稿者 GenSyouShi : 16:51 | こめんと (1)
2007年11月 2日
村岳神社 (久美浜町)
京都府の 村岳神社(久美浜町) を掲載しました。合計2162社。
京都府京丹後市にある。
久美浜駅の南2Kmほどの奥馬地に鎮座。
久美谷川に沿って南下し、
北近畿タンゴ鉄道宮津線と交差する場所から少し東へ入った場所。
奥馬地の集落の中に境内があり、境内入口は西向き。
石積み中に砂地の境内。
数段の階段を登ると鳥居が立ち、
右手に「式内村社 村岳神社」と刻まれた社号標。
「村岳」と書いて「むらおか」と読む。
鳥居をくぐった境内の奥に、拝殿があり
拝殿の後方、少し離れて、本殿を納めた覆屋。
覆屋の中には、本殿と境内社の小祠がある。
ひょっとすると、この2つの祠は
境内社ではなく、相殿の神を祀ったものかもしれない。
参拝は、五月の連休。
兵庫県北部を旅した最終日。
兵庫から、日本海沿いに長野へ戻る途中。
朝早い参拝で、集落内はひっそりとして
少し朝靄が漂っていて、清清しい空気の中。
創祀年代は不詳。
伝説によると、村岳の神は、太刀宮の臣下。
太刀宮(現神谷神社)の社地選定を命じられたという。
ところが、村岳の神は良地を秘して
別の地(当社の元地)を上申した。
このことが露見し、怒った太刀宮の神は剣を抜いて村岳の神を追った。
石仏(イシボトケ)の大石に隠れた村岳の神を斬ろうとしたが
誤って大石を断ち割った。
怖れた村岳の神は、大根を下物として和睦の宴を開き和解した。
『平成祭データ』では、この大石は神谷神社境内に
剣岩として保存されているとあるが、
当社境内の案内板によれば、
平成六年の土地改良事業により
イシボトケから、当社境内に移されたとある。



















