鳥屋神社 (石巻市)

宮城県にある 鳥屋神社(石巻市) を掲載しました。合計1988社。

宮城県石巻市にある。
石巻駅の南500mほどの羽黒山(鰐山)の上にある。
周囲は羽黒山公園になっており、
山の南側から、神社への参道階段が続いている。

が、神社境内まで車道があるので、車で参拝。
ということで、参道を歩いていない。
ひょっとすると、麓の参道入口に鳥居が
建っているのかもしれないが、それは見ていない。
境内にある鳥居は、石の神明鳥居。
大きな社殿は南向き。
拝殿の後方に、垣に囲まれて本殿がある。

駅からも近い、市街地の公園にある神社なので、境内も綺麗。
参拝は、夏の休日。曇天の早朝。
当社に向う道では、ポツポツと雨も降っていたが、
当社に着いた時には止んでいた。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 10:17 AM

若宮八幡神社 (大崎市)

宮城県にある 若宮八幡神社(大崎市) を掲載しました。合計1987社。

宮城県大崎市にある。
古川駅の南西5Kmほどの三本木新沼に鎮座。
東北自動車道の西側、鳴瀬川の北岸に境内がある。

境内参道入口は東側。
参道を進むと、参道は右にカーブしているので
境内そのものは南向き。

参道がカーブしている場所に赤い鳥居が建ち、
境内入口にも赤い鳥居。
二つ目の鳥居は両部鳥居だが、扁額が2枚掲げられている。
右の扁額には「敷玉早御玉神社」、
左の扁額には「若宮八幡神社」と書かれている。

鳥居をくぐると正面に社殿があるが
社殿の前には白い鳥居。
拝殿の後方に神明造の本殿がある。

境内の左手に境内社が並んでいるが、
その中で一番大きな社殿が、摂社・敷玉早御玉神社。

参拝は夏の午後。
曇り、ポツポツと雨が降っていた。
雨がおさまるまで、しばらく拝殿の前で蹲っていた。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 2:42 PM

直江八幡宮 (上越市)

新潟県にある 直江八幡宮(上越市) を掲載しました。合計1986社。

新潟県の上越市にある。
信越本線・高田駅の北東1Kmほどの東本町に鎮座。
高田城の真北1Kmほど、関川の西側に南向きの境内。

参拝は、八月の早朝。
日の出の頃だが、雨が降っていて
まだまだ暗く、参道の外灯に灯り。
赤い鳥居の扁額に付けられている蛍光灯も光っていた。

暗い境内だが、写真を撮ると明るく見える。
でも、かなりぶれてしまったので使える写真は少ないのだ。

広い境内には、水は溜り、用心しながらの参拝。
こんな雨の早朝だけど、僕の参拝中に
付近の方(と思う)が朝の参拝に来られていた。
地元にとって、とても大事な神様なんだろうな、と感じた。
そんな神社。

創祀年代は不詳。

康平の頃(1058頃)、源義家が
奥州安倍貞任貞任征討の際に社屋を再建。
文治の頃(1185頃)、源義経が
奥州からの帰路に鎧を奉納、兜を境内の池に投じて
武運長久を祈願したという。

天正六年(1578)兵火に罹り焼失したが
慶長三年(1598)、上杉景勝により再建。
慶長十三年、堀秀治が社殿を修復した。

後、慶長十七年、松平忠輝が高田に築城の際、
早苗村より、現在地へ遷座してしまったもの。

つまり、もとは直江津の早苗村(上越市佐内町)に鎮座しており、
式内社・江野神社の論社と言われている古社。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 12:39 PM

片岸神社 (三国町)

福井県の 片岸神社(三国町) を掲載しました。合計1985社。

福井県の坂井市にある。
福井駅の北西18Kmほどの三国町山岸に鎮座。
九頭龍川の西岸、河口近くに南向きの境内。

九頭龍川の支流・片川の西。
156線(佐野山岸線)から少し西へ入った場所にあり、
境内には山岸区民館が建っている。

参拝は、風の強い真夏の快晴日。
空には雲ひとつ無く、気持ちの良い参拝。
鳥居の左手に、「式内 片岸神社」と刻まれた社号標。
境内は、中央の石の参道以外は草に覆われ
低木が綺麗に植えられている。

参道を進むと、瓦葺の社殿。
後方の本殿は、屋根以外のすべてを覆われている。

創祀年代は不詳。由緒も不詳。

昔は、当地にあった神明神社の境内社であったが、
明治十八年、本殿の神明神社を境内社とし、
境内社の片岸神社を本社とした。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 3:56 PM

久集比奈神社 (上品山)

宮城県にある 久集比奈神社(上品山) を掲載しました。合計1984社。

宮城県石巻市にある。
石巻駅の北東10Kmほどにある上品山(467m)の山頂に鎮座。
地図で確認すると、上品山の南(高木)付近や
上品山の北西(堀内)付近から車道があり、
近くまで車で行けそうだったので、
高木付近を目指した。

集落の奥、小川に沿って車を進めると、大きな鳥居を発見。
当社の鳥居のようなので、そのまま車を進める。
しばらく舗装された狭い道が続くが、
すぐに未舗装の砂利道。
雨による流れに道が抉られ、ボコボコの荒れた道だ。
引き返す気にならなかったので、ゆっくりと登って行くと
突然、舗装された道に出た。

どうやら山頂付近の縦断道は、綺麗に舗装されているようだ。
その舗装された道、山頂近くに鳥居と灯籠。
藪の奥に続いていたので、車を降りて歩いて進むと
草の参道が上まで続いている。
参拝した日は、歩きやすいように刈り取られていたが
いつもこのように綺麗かどうかはわからない。

草の参道を登って行くと、小さな建物がある。

建物の中には賽銭箱が置かれているので、
多分、拝殿なのだろう。
その拝殿の奥、通り抜けた場所に石祠が一つ。
これが、当社の本殿にあたり、
石の扉に「久集比奈神社」と刻まれていた。

参拝を終え、車の戻ったが、
あの荒れた砂利道を下る気になれなかったので、
山の北西に下る道を目指した。

地図には、市営牧場と記されていたが
どこが牧場なのかわからなかった。
ただ、ゴルフ場のような綺麗な緑の草原が広がり
道も綺麗に舗装されて、気持ちの良い風景だ。

そこから堀内方向へ下る道は、
ウネウネとしたカーブが続いているが
舗装されており、あっという間に麓へ到着。
こちらから上ってくれば良かったと思った。

が、もし、こちらから上っていたら、
自分の性格だと、多分、下りは高木方向を
目指していたはずで、下りであの荒れた砂利道を走るのは
上りより辛かっただろう。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 9:41 PM

大塩八幡宮 (越前市)

福井県の 大塩八幡宮(越前市) を掲載しました。合計1983社。

福井県越前市にある。
北陸本線・王子保駅の南2Kmほどの国兼町に鎮座。

参道入口に朱の鳥居が立ち、
参道を進むと、丘の前にも朱の鳥居。
境内に入り、参道階段を登ると、
もう一つの鳥居があり、神門がある。

参拝は、日の出の頃。
もちろん、他に参拝客はいない無人の境内。
参道の灯籠には明かりが灯っていた。

神門をくぐると、鎌倉時代の梵鐘(市指定文化財)。
その奥に、室町時代建立、入母屋造杮葺の
大きな拝殿(国重要文化財)があり、
拝殿の後方、一段高い位置に、社殿が並んでいる。

当社の神社配置は、他の神社と若干異なり、
他の神社で神楽殿(舞殿)のある位置に拝殿があり、
通常拝殿のある位置に、独立した幣殿。
幣殿の後方、垣の中に本殿がある。

社伝によると、寛平三年の鎮座。

第五十八代光孝天皇の御代、
仁和三年(887)八月三日、
紀中納言友仲朝臣が、当国国府の南泉島へ流罪となった。
無実の罪を嘆きながら、現在の本殿に位置に
榊を植え、石清水八幡宮の神を祀った。

宇多天皇の御代、寛平元年(889)三月
勅許により京都へ戻ることができた。
これを喜び、神勅を戴いて社殿を造営し
寛平三年(891)八月二十日、
石清水八幡宮の神霊を勧請したのが当社のはじめ。

鎮座の際、王子保一帯を神領としたことから、
大塩保八幡宮と称するようになり、
江戸の頃に、大塩八幡宮と呼ばれるようになった。



A. 掲…掲載 — gensyoushi 10:52 PM